灯
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「最初にパンドーラ国王の挨拶、次にタスマニカ国王の挨拶、最後がクリス……」
プリムはぶつぶつと呟いて確認する。
慰霊祭当日。
パンドーラ王国の広場には、常になく多くの人々が集まっていた。
皆一様に黒の服を身にまとっている。警備に当たるパンドーラの騎士団も、銀色に光る甲冑の上には黒のマントを羽織っている。
プリムも同様に、黒いシンプルなデザインのワンピースに身を包み、長い髪もアップにしている。
正午になれば、慰霊祭の開会式が始まる。プリムはその司会という大役を任されていた。今は広場に用意された舞台の袖で、控えているところである。
プリム個人の感情としては、慰霊祭に対していまだ割り切れない感情があった。慰霊祭とは、死者を死者として認める行事のように感じられるのだ。
いつまで経っても割り切ることなんてできないわ、きっと。
プリムは思った。ディッラックが死んだことを、頭ではわかっていても納得なんてすることができない。
もうあの戦いから一年以上という月日が経つ。立ち直らなければ、と思って必死にもがいてきた。実際、周りはプリムが立ち直ったと思っているだろう。
だが、プリム自身にも自分が本当に立ち直っているのかはよくわからなかった。目先の仕事に我武者羅になることで、紛らわしているだけなのではないかと思う。
ランディはどうなんだろう。どうして、慰霊祭なんて提案したのかしら。
そのことが不思議だった。
プリムはどうして慰霊祭なんてやるのかしら、とぽつりと父にもらしてしまったことがある。
父・エルマンは、あの戦いを、帝国とタナトスが犯した過ちを、亡くなった人々を、忘れないために、思い出すために行うのだ、と言った。
プリムはその言葉に納得したふりをしながらも、釈然としなかった。
だって、わざわざ思い出す必要なんてない。忘れることなんかないもの。ずっと覚えている。
ランディもそうだと思っていた。
もしかして彼はもう、あの戦いのことは忘れているのだろうか。思い出す必要があるから、慰霊祭を提案したのだろうか。
そうだとしたらランディにとっては良いことだ。先日ジェマに言った通り、彼には幸せになってもらいたいと思っている。
だが、ランディに置いて行かれたような気持ちがあることも確かだった。
とは言え、開催国の大臣の跡取りとしては文句を言ってもいられなかった。運営の一端を任されているのだから、しっかりしなければならない。また、各国の重鎮に自分の顔を売っておくいい機会でもある。
プリムは気を引き締め直すために背筋を伸ばした。
「プリム」
そのとき、背後から声がかかった。
プリムが振り向くと、そこに立っていたのはクリスだった。戦いの中で出会ったときには少年のように爽やかな印象を受けた彼女だが、今日は薄い化粧と、細身の黒い服のせいもあってか、随分大人っぽく感じられた。
「クリス!久しぶりね!元気だった?」
「ええ。プリムも元気そうでよかったわ。今日はよろしくね」
「クリスはノースタウンの代表として挨拶するんだものね。こちらこそよろしく」
「言葉を噛まないように気をつけるわ」
クリスが笑いながら言う。だが、その姿には既に貫禄が窺える。プリムは眩しい気持ちでそれを見た。
すると、クリスが思い出したようにプリムに言った。
「そうそう、さっきランディに会ったわ」
「え?」
「クリスの勇姿を見守ってるって言われたわ。ドジなところ見せられないわ、頑張らなくちゃ」
「そう……」
やっぱり来ているのか、とプリムは複雑な気持ちになる。
クリスはプリムの様子に不思議そうな顔をする。だが、それを深く掘り下げる前に、クリスを呼ぶ声がした。
「やだ、打ち合わせがあるんだったわ。二、三日パンドーラにいる予定だから、またゆっくり話しましょう」
「ええ、またね」
プリムは駆けて行くクリスを見送って、溜息をついた。
彼女はどんどん未来に向かって進んでいるようだ。あの戦いに囚われている自分が情けなく思えてくる。
ふとプリムは時間を確認した。まだ開会式まで余裕がある。
少し広場を歩いてみようか、と思う。
クリスだけではなく、あの戦いに関わった人々のほとんどは今日ここに集まっているはずだ。ぶらぶらと歩いていれば誰かに会えるだろう。
パメラも来ているはずだけど今日はまだ会っていないし。ジェマ、ワッツ、トリュフォー、それからマクリト、セルゲイ……。
人がごった返する広場の中心地へと歩き出す。見知った人の顔を探す。彼らはいずれも個性的な人種であるので、少しでも見かければすぐわかるだろう。道行く人に聞き込みをし てみるのもいいかもしれない。そう考えながら進んでいく。
でも、ランディに会ったら……。
プリムは思わず足を止めた。
やっぱり引き返そう。万が一司会が遅刻したら目も当てられない。舞台の近くに待機しているのがいいわ。
自分に言い訳するように頭の中で理由を並びたてながら、踵を返した。
だが、人ごみの中で急に方向転換したのが悪かったのか、どん、と人にぶつかってしまった。
「す、すいません」
プリムは慌てて謝り、頭を下げる。男ものの靴が見えた。
「いえ、僕も前を見ていなかったので……」
その声にはっとしてプリムは顔を上げた。すらりとした青年が立っている。
青年の顔がみるみるうちに驚きに染まる。
「……プリム……!」
「ランディ……」
そこには、久方ぶりに見るランディの姿があった。
2009.5.16