灯
3
「……久しぶりだね」
そう言ってランディはにこりと笑う。
プリムは呆けたように口を開けたままランディを凝視していた。
――背が伸びたわ。
あの戦いの後半で既に、幾分か見上げないとランディの顔を見ることはできなかった。だが、見上げる首の角度がまた変わっていた。
体つきも変わった。なんて言うか……男の人っぽくなった?肩幅が広くなったかも……ううん、前が成長しきってなかっただけなのね。
プリムは返答することも忘れて、じっとランディを観察する。
ランディもプリムを見つめていたが、やがて心底感嘆したように言った。
「プリム綺麗になったなぁ」
ランディを見ることに夢中になっていたプリムは、その言葉を呑み込むまでに時間がかかった。
「……なっ!?」
プリムの頬が見る見るうちに赤く染まる。
「突然何を言ってんのよ、あんたは!」
「え?だってそう思ったから……」
きょとんとするランディに、プリムは困惑を隠せない。
前はこんなこと、さらっと言うやつじゃなかったのに!
プリムは赤い顔を見られたくなくて顔を逸らした。容姿に対する賛美など聞き慣れているはずなのに、どうしてこんなに感情が揺れるのかと自分が腹立たしかった。
ランディもプリムのそんな態度が珍しいのか首を傾げている。
プリムは誤魔化すために、慌てて話題を変えた。
「あー、ランディ、聞いたわよ!聖剣の勇者の称号を辞退したって話!」
「え?あー……あれね」
ランディが苦笑いをする。
「僕には似合わないから。ああいうの」
「まぁ、そうね」
プリムは頷いた。
広場を行く人たちがちらちらと二人に視線をやる。あれって、そうだよな、というような囁きも聞こえる。聖剣の勇者と大臣の娘だと気付かれているのだろう。だが、二人ともこの一年でそういった視線には慣れていたので無視する。
「それに」
ランディがぼそりと言う。
「あの戦いでしたことで、褒め称えられるなんて……僕には耐えられない」
――あ。
プリムは目を見開いた。
そのとき、いくつもの甲高い悲鳴が響いた。
ランディとプリムは思わずそちらを見る。
「広場に行ったぞ!」
「早く!騎士団は何をしてる!」
「逃げろ!逃げるんだ!」
怒号が飛び交っているが、何が起こっているのかが全くわからない。
ランディとプリムが顔を見合わせていると、悲鳴が近づいてきた。人々が蜘蛛の子を散らすように走って行く。だが、広場には多くの人が集まっていたため、あちこちで将棋倒しが起こる。
一目散に走って来る人々を避けていると、いつのまにかランディとプリムは離されていた。
そのとき、女の声が響いた。
「聖剣の勇者はどこ!」
混乱と悲鳴の中で、それでもその声は浮いて聞こえた。
ランディがはっとする。
人々がぎゅうぎゅうに身体を押し付け合う中、その女の周りだけが円系に境界線が描かれたように避けられていた。
女はよく見ると初老と言ってよかった。だが、その目はぎらぎらと光っていて、全身からは生気が立ち上っている。
その手には短剣が握られていた。
「隠れていないでさっさとでてきな!じゃないとこの場にいるやつをみんな刺し殺してやる!」
悲鳴が響き渡る。人々は必死に逃げようともがくが、混乱が増すばかりだ。
プリムは胸に広がる悪い予感に必死に人々をかき分けようとするが、全く動きが取れない。
「――僕はここです」
凛とした声が響いた。女の目の前に一人の青年が立ちはだかる。
ランディは静かな瞳をして女と対峙した。
「ランディ!」
「お前が……!」
プリムの呼びかけと、女の声が重なった。女が短剣を構えてランディめがけて突進していく。
ランディは咄嗟に身体をかばうように腕を突き出した。
女が短剣を振りかぶった。
「ランディ!!」
プリムの悲鳴に重なって、血が飛び散る。
「……っ!」
ランディは痛みに眉をよせながら、切り付けられた左腕を素早く動かし、女の短剣を素手でつかんだ。そのまま短剣を取り上げる。
女の凶器がなくなったことを見てとり、周りにいた人々が集団で女を押さえにかかる。女は手足を振り回して抵抗したが、やがて拘束された。
ランディは短剣から手を放すと、腕の傷口を右手で押さえる。腕と左手の手の平から、血がぼたぼたと落ちる。
「放せ!あいつを殺さないと!あいつのせいで息子は……!あいつが息子を殺したんだ!」
女が狂気をはらんだ声でわめく。今も、大の男が五人がかりでなければ押さえていられないほどに暴れていた。
「あんなに優しい子だったのに!どうして死ななければならなかったの!?聖剣の勇者が、あの子を殺したのよ!それなのに、よくものうのうと、慰霊祭に顔を出して……!」
ランディが痛ましげに顔を歪めた。
プリムはやめて、と叫んだ。だが、距離があって届かない。
先程の、聖剣の勇者の称号を辞退したことを言ったランディの顔を見て、確信した。
ランディは、あの戦いを忘れてなんていない。
今でも苦しんでいる。
プリムは、ランディに置いて行かれてみたいだと考えていた自分を殴りつけてやりたくなった。
やめて、もうやめて。これ以上ランディを苦しめないで。
プリムは必死で人の波をかき分ける。女が取り押さえられたことで、人々にも冷静さが戻って来たのか今度は楽に進めるようになった。
ランディが目を細めて女を見つめている。囁くように、だがしっかりと言った。
「――ごめんなさい」
そして頭を下げる。
女が息をのみ、急に大人しくなった。周りの人々もざわめきをひそめた。
プリムはやっとランディのところまでやってくると、彼をかばうように前に立った。
口を開こうとするが、ランディが横に立ち、静かに首を振る。
「プリム。いいよ」
「よくないわよ……!」
プリムは歯噛みしながら言った。女にも自分にも腹が立って仕方なかった。
「どうして……」
女のか細い声が聞こえた。ランディとプリムはそちらを見た。
「どうして、あの子を助けてくれなかったの……どうしてもっと早く世界を救ってくれなかったの……そうしたら、あの子は……」
辺りがしんと静まり返った中、女のすすり泣きだけが響く。
そのとき、ようやく幾人かの騎士たちが駆けつけてきた。
2009.5.19