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 「慰霊祭?」

 プリムは盆からテーブルに紅茶を置く手を止めて、問いた。

 「ああ。パンドーラとタスマニカ、ノースタウンの間で話が出てな。世界中が合同となって行う、先の戦いで犠牲になった人々の魂を祠る慰霊祭だ」

 ジェマが言葉を返す。

 パンドーラの、大臣エルマンの邸宅。すなわちプリムの自宅の居間で、二人は向かい合っていた。
 
 一目見れば高級とわかる調度品が並んでいるが、成金趣味ではない。家主のセンスの良さがうかがえるものばかりだ。今ジェマとプリムの目の前にある紅茶のカップも、細かな細工が美しい作りだった。

 

 家主のエルマンは仕事で留守、侍女も紅茶を用意した後、気を使って姿を消していた。

 「……そう」

 プリムは一言返すと、黙ってしまった。ジェマは苦笑しながら言う。

 「気が進まないか?」

 「……うーん、複雑な気持ちね」

 プリムも苦笑を返す。
 
 「あいつがね。どう思うかなって」

 「ランディか」

 即答したジェマに、プリムは顔を赤らめた。視線を口をつけていない紅茶に注ぎ、ぽつりと呟く。

 「……救えなかった命と、救えたかもしれない命を目の前にして……あいつは、また自分を責めるんじゃないかしら」

 

 プリムの言葉に、ジェマが厳しい顔でそうかもしれん、とうなずく。そしてだがな、と続けた。

 「慰霊祭を提案したのは、ランディなのだよ」

 「え?」

 プリムは驚きの声をあげた。

 「もともと、ランディの聖剣の勇者としての働きを表彰しようという動きが各国から起こったのが始まりでな」
 
 「あいつなら辞退するわね」

 一刀両断したプリムに、ジェマは苦笑する。

 「その通りだ。ランディは辞退して、その代わりに慰霊祭を提案した。自分は聖剣の勇者、という名目ではなく、一般参列者として参加すると言っていたぞ」

 「あいつらしいわね。もらえるものはもらっとけばいいのに、と思わなくもないけど」

 プリムの言葉にジェマはくすりと笑った。

 「ランディがもらえるものはもらっておくような人間だったら、君もポポイも一緒にはいなかっただろう?」

 「……確かにそうね」

 プリムもまた苦笑する。頼りなくて、危なっかしくて、放っておけない。ランディはそういう少年だった。
だからこそ、自分もポポイも一緒に戦ったのだ。

 「ていうか、あいつ今どこにいるの?一体何してるの?」

 「なんだ、お前たち会ってないのか?」

 プリムの質問に、今度はジェマが驚きの声をあげた。

 「また旅に出るっていうのは聞いたけど。それから半年くらい、顔見てないわ」

 プリムが紅茶を飲みながら言う。

 「手紙は何回か来たけど……あいつの手紙って、行った先の様子とか、前の旅のときに知り合った人がどうしてるかとかで……あいつ自身のことって書いてないのよ」

 プリムが珍しく、寂しそうな表情をのぞかせた。

 ジェマは困惑を隠せない。

 「ランディなら、マナの研究をしているぞ」

 「え?」

 「ポトス村を出て、最初にタスマニカにやってきたのだ。セリンの話を聞いたあと、私のマナの研究を手伝いたいと言ってな。マナの種族がいたとされるところを回ったり、マナにまつわる伝承を調べているようだ。あとは、マナの神殿の管理を任されたので、そちらに行っていることもある」

 そうなの、とプリムが溜息をつくように言った。


 「マナに関しての蔵書が多いので、水の神殿に顔を出すことも多い、とルカ様が言っていたぞ。ルカ様からも聞いていないのか?」

 「私、パンドーラからあんまり出てないのよ。忙しくて」

 「ああ……そうだったな」

 ジェマは納得してうなずいた。

 プリムは今、父・エルマンの仕事を手伝う傍ら、パンドーラの国立大学に通っている。

 将来的に、父の跡を継ぐためである。

 王政であり、古くからの貴族制度が残るパンドーラ王国では、貴族の家を継ぐのは普通、嫡男だ。


 プリムの家のように娘しかいない場合は、婿養子をとるのが当たり前だった。

 よって、プリムは旅が終わって落ち着いた頃から再び始まった父からのお見合い攻勢に悩まされた。

 いつものごとく、喧嘩になった親子の間に、売り言葉に買い言葉が交わされた。

 いわく、「お前が結婚しなかったら、この家はどうなる!」と言われたらしい。頭に血が昇っていたプリムは「じゃあ私が継ぐわよ!そうすれば婿をとらなくてもいいでしょ!」と返した。

 それはその場しのぎの言葉ではなく、プリムが以前から考えていたことだった。

 最初、エルマンは反対したが、仕事の飲み込みの早いプリムに、何も言えなくなったらしい。はっきり認めるとはまだ言っていないが、心の中では納得しているようだ。

 

 「仕事はどうだ?」

 

 「まだまだよ。でも、合ってはいると思う。もともと、貴族の奥様に収まって夫の留守に家を守る、なんて似合わないだろうとは思っていたし。もっと早くこうしていればよかったわ。そうすれば」

 

 すらすらと答えていたプリムが、ふと口をつぐんだ。

 

 ジェマは、心の中でその後に続くであろう言葉を付け足した。

 

 そうすれば、ディラックを魔女討伐隊として魔女の森に送るなんてことを、止めることもできたかもしれない。

 

 ジェマは紅茶を口に含んだ。

 

 ランディも、プリムも、未だあの戦いに囚われている。

 

 老兵の自分が全てを背負うことができたらよかった、と思っても、事実は変わらない。だが、考えずにはいられなかった。

 

 ジェマは話題を変えることにする。

 

 「……そういうわけでな。今回は、慰霊祭の打ち合わせのために来たのだ。慰霊祭の会場はパンドーラに決まっているのでな」

 

 「え、そうなの?ノースタウンかと思ったわ。帝国の被害を最も受けていたところだし」

 

 プリムはほっとした顔をしながら話に乗ってきた。

 

 「ノースタウンは、最近やっと復興がかたちになってきたばかりだからな。慰霊祭の運営に割けるだけの人員がいないのだよ。その点、パンドーラなら大丈夫だ。何より全ての始まりだった聖剣の森に一番近い国だから、という理由で最後まで残った」

 

 「なるほどね……」

 

 「ランディも、パンドーラに来るだろうな」

 

 ジェマの言葉に、プリムはぱっとジェマの顔を見た。プリムの表情は喜びと戸惑いの入り混じった複雑なものだったが、すぐにそんな自分に気付いたのか、慌てて目線を逸らした。

 

 「嬉しくないのか?」

  

 ジェマはからかうように言った。勢いをつけて反論してくるだろうと思われたプリムは、ジェマの予想に反してうつむいてしまった。

 

 「どうしたんだ?」

 

 「……なんか、どういう顔して会えばいいのかわかんないのよ」

 

 こんなに会わなかったこと、初めてだし。

 

 そう心細げに言ったプリムを、ジェマは珍獣でも見るような顔で見つめる。

 

 いつも強気で、意地っぱりなプリムが、常とは異なり年相応の懊悩を見せている。ジェマは微笑ましくなって、今度は本気の声色で尋ねた。

 

 「お前たち、お互いの気持ちを伝えあっていないのか?」

 

 「なっ!?」

 

 プリムの顔がみるみる朱に染まる。

 

 「ななななな、なんで、ジェマ」

 

 「おお。まさか本当にそうだとはなぁ」

 

 のんびりした口調で言うジェマに、プリムは自分が鎌をかけられたことに気付く。

 

 「だ、だましたわね!」

 

 「人聞きの悪い。私は気づいていたこを確かめるために言っただけだぞ」

 

 立ち上がって迫るプリムに対し、ジェマは実に楽しそうに言う。これでもお前たちの倍以上生きているんだからな、と笑う。

 

 プリムは全身から力を抜いて座った。

 

 「もう……!やめてよ。自分でもまだ整理ついてないんだから」

 

 「それがランディに会いたいが会いたくない、理由か」

 

 プリムは沈黙を肯定にした。

 

 ジェマは珍しく、妖精の子どもを思い出させるようないたずらっぽい顔をした。

 

 「ランディはああだからな。プリムから言わないと、お前たち、ずっとこのままかもしれんぞ」

 

 「……それでいいと思ってるわ」

 

 ジェマはおや、と眉をひそめた。そのような後ろ向きな発言は、ランディの専売特許だと思っていたが。

 

 「ランディの側にいるなら、ランディのことを肯定し続けることができる人じゃないと。私は……だめよ」

 

 「どうしてだ」

 

 「私、心のどこかでランディのこと責めてるわ」

 

 プリムが嫌悪感を滲ませて言った。それはおそらく自分自身に向けられたものだ。

 

 「普段は、自分でもわからないくらいにほんの少しだけだけど。どうして、聖剣の勇者があなただったの。どうして、ディラックのことを救ってくれなかったの。そう思ってることがあるのよ」

 

 「……プリム。それは仕方のないことだろう」

 

ジェマが痛ましげに言う。プリムが首を振る。

 

「でも、ランディにはそれがわかるわ。私たち、少し近くなりすぎた。お互いの考えていることがわかるもの。ランディの側にいるなら、あの戦いのことを知らない、ランディのことを全面的に肯定できる人じゃないと……だめだわ」

 

プリムは自分に言い聞かせるように言う。

 

「私、もうランディには幸せになってほしいのよ」

 

「それは私も同じだよ、プリム。そして、君にも幸せになってもらいたいと思ってる。お互いの気持ちを押し殺していることが、幸せにつながるとは思えない」

 

ジェマが諭すように言う。だが、プリムは俯いたまま、何の反応も返さなかった。

 

 

 

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2009.4.22

 

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