君が好き

 

 3

 

 「ジェマとの待ち合わせ場所って、ここなの?」

 プリムが半ばうんざりした様子で言った。

 タスマニカ共和国の広場に二人はいた。

 周りには出店も並び、人々でごった返している。まるで祭りでもあるのかという様相だ。

 この広場は、普段はいくつかテーブルや椅子が並んでいるのみで、憩いの場所として活用されているだけの場所だ。散歩の人が立ち寄ったり、少女たちがおしゃべりに使ったりといったところで、しっかり立っていないと人並みにのまれてしまうほど、人が集まっているのは初めてだった。

 「どうしてこんなに人が多いのかしら」

 「僕にもよく……ジェマにはこの時間にここに来てくれってことしか聞いてなくて」

 ランディも首をひねる。

 プリムは聞いたほうが早いわね、と言って近くにいた女性に声をかけた。

 「すいません、これから何かあるんですか?」

 「あら、知らないの?」

 女性は驚いたように言った。

 「何でも、旅芸人の方たちが来るらしいの。それ自体は珍しいことではないんだけど……今日来る人たちの中に、とても素晴らしい歌声の持ち主がいるんですって」

 地方を旅しながら歌を披露しているうちに、それが評判となったらしい。しばらく前から噂が届いており、タスマニカの人たちは皆楽しみにしていたそうだ。

 「それで、こんなに人が集まってるのね」

 「これじゃ、ジェマがどこにいるか探すのは大変だね」

 そう言っているうちに、人々の歓声と拍手が沸き上がるのが聞こえた。

 二人がそちらへ顔を向けると、きらびやかな服装をした人々が歩いてくるところだった。

 太鼓を持っている者、笛を持っているもの、様々だったが、一人だけ楽器を持っていない者がいる。

 中央にいる、翡翠色の髪をゆったりとおろしている女性だ。

 彼女は広場に用意されたステージに上がり、すっと目を閉じた。

 背が高く、すらりとした彼女はとても舞台に映えていた。人々は思わず息をのむ。

 静かになった広場に、楽器の旋律が響き始める。

 どこか切ないような、悲しいような、だが決してそれだけではない、優しいメロディーが流れていく。

 舞台の上の彼女が、息を吸い、歌い始めた。

 透き通った歌声が広場を包む。

 彼女が紡ぐ歌の言葉は、耳慣れないものだった。そのため、歌詞の意味はわからない。

 ――でも、どうしてだろう。とても、懐かしさを感じる。

 プリムはぎゅっと胸に持ってきた拳を握った。

 周りの人々も、我を忘れて歌声に聴き入っている。

 ――ああ、この感覚、覚えてるわ。まだ魔法を使えたとき、マナを感じられたとき、常に感じてた。世界から祝福されている、世界に愛されていると思えた感覚。母親の腕の中にいるような、恐れも不安もすべてなくなるような……。

 歌はクライマックスに入る。ステージの上の彼女は、全身全霊をかけて国中に届くのではないかというほどの声を響かせる。

 その歌声が収束した後、楽器が鳴り止まぬうちに、わあっと歓声と拍手が巻き起こった。

 歌い手の女性は一つため息をついたあと、にっこりと笑ってステージから降りた。

 続いて、小柄な少年少女たちが幾人かステージに上がり、ジャグリングを始めた。奏でられる音楽も陽気で軽快なものに変わる。

 プリムは詰めていた息を吐き出した。

 「……ふう。すごかったわね、ランディ!」

 そう言って傍らの恋人を見上げる。すると、ランディは思いの外堅い表情をしていた。

 「……ランディ?」

 「おお、二人とも!」

 訝しげにつぶやいたプリムの声は、唐突に割り込んできた声にかき消された。

 そこには、共和国の騎士、ジェマが立っていた。

 「すまない、すぐに見つけられなくて……彼女の歌は聴いたか?」

 ランディは挨拶も抜きに、勢い込んでジェマに尋ねる。

 「ジェマ……あの人、もしかして」

 「初めまして、聖剣の勇者」

 ランディの言葉を、落ち着きのある声が遮った。

 三人が振り向くと、そこには先ほどまでステージで歌っていた女性が立っていた。

 舞台用の化粧を施しているが、それを抜きにしてもくっきりとした目鼻立ちをした美しい女性だ。ステージから降りたあとでも、強烈な存在感を放っている。

 「ジェマも、久しぶりね」

 女性は気軽にジェマに話しかける。共和国の騎士であるジェマに敬語抜きで話せるということは、かなり親しい間柄のようだ。

 「ああ。出番はもう終わりか?」

 「今はね。夜にはまた何曲か歌う予定だけれど、時間はあるわ」

 「そうか。実は今日は、君をこの二人に紹介しようと思ってな」

 そう言って、ジェマは二人を前に押し出す。

 「聖剣の勇者としてこの世界を救ったランディ。その仲間だったプリムだ。ランディ、プリム、こちらはヴィヴィアン。私がマナの研究をしている過程で出会った女性だ。素晴らしい歌声だったろう?」

 ジェマの言葉に、プリムは興奮したように頷いた。

 「ええ、とても……!うまく言葉にできないのだけど……私は母を知らないのだけれど、それでも母を感じられるような……。そう、先の戦いでマナの樹の声を聴いたんだけれど、全てを包み込むような温かさだった。そのときのことを思い出したわ」

 「まあ、最高の賛辞だわ」

 ヴィヴィアンはとても嬉しそうな顔をした。

 「あの歌は、マナのための歌なのよ」

 「え……」

 驚くプリムに対し、ランディはやっぱり、と口の中で呟いた。

 「マナの種族の唯一の生き残りであるあなたには、わかったようね?」

 ヴィヴィアンが視線をランディに向ける。戦いの深い関係者でなければしらないはずの「マナの種族」という言葉に、ランディがぴくりと肩を震わせる。

 ジェマが慌てたように、間に入った。

 「すまない、ランディ。私が話したんだ。勝手に悪かった。ヴィヴィアンはマナの種族に近いところにいた人々の子孫なのだよ」

 二人は驚いてヴィヴィアンを見る。ヴィヴィアンはゆるく微笑んだ。

 「と言っても、ずいぶん昔の話よ。それに、近くにいただけであって、マナの種族との血のつながりは無いわ。時代が進み、マナの種族が狙われるようになって姿を消してからは接触はなかったそうだし。

 ただ、この歌だけは、私たちに受け継がれてきたの。

 でも、帝国の魔の手が私たちにまで伸びてきて……帝国の目をくらますために、旅芸人として歌を歌いながら各地を逃げ回っていたわ。マナの歌はずっと歌うことができなかった。少しでもマナの種族との関係を帝国に疑われてしまえばお終いだったから。

 あなたのおかげで平和になって、やっとこの歌を歌うことができたわ」

 ヴィヴィアンが優しくランディを見る。ランディは固くしていた身体から力を抜いた。

 「そうですか……ヴィヴィアンさんは、僕の父親や母親のことは知ってるんですか?」

 「いいえ、残念ながら……でも、マナの種族に関するいくつかの言い伝えなら、教えることができるわ」

 ランディは少し考えるように顎に手をあてた。そして、プリムとジェマに向きなおると静かに言った。

 「ジェマ、紹介してくれてありがとう。……プリムとジェマには悪いんだけど、ヴィヴィアンさんと二人で話がしたいんだ。いいかな?」

 「ああ。元よりそのつもりで紹介したからな。今後の研究に役立つこともあるだろう。いろいろ話を聞くといい」

 ジェマが頷いたのに続き、プリムが口を開いた。

 「じゃあ、私はその間に仕事を片付けようかしら」

 「私も城に戻るが、一緒に行くか?」

 「ええ、そうするわ。あ、ランディ、夕方には帰るから、夕食用意しておいてね!」

 「尻にひいてるな、プリム……」

 「何か言ったジェマ?」

 言葉を交わしながら離れて行く二人を見送ったあと、ランディはヴィヴィアンに向き合った。

 ヴィヴィアンの顔から、先程まであった笑顔が消えていた。

 ランディも覚悟を瞳に秘め、言った。

 「ヴィヴィアンさん……お聞きしたいことがあるんです」

 

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ヴィヴィアンさんが歌ったのは、LOMの歌、「Song of MANA」です。
2009.7.10

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