君が好き

 

 2


 水の跳ねる音がする。

 プリムはゆっくりと瞼を開いた。意識が徐々に覚醒してくると、水音ははっきりと聞こえてくる。

 プリムはベッドの中で寝返りを打つと、隣にいるはずの人物がいないことに気づいた。

 「……?」

 旅をしていた頃の習慣で、寝起きは良い。野宿をしたときなどは、いつモンスターに襲われるかわからなかったからだ。

 プリムはぱっと身を起こす。やはり、隣はもぬけの殻だった。

 だが、カーテンの隙間から漏れてくる朝日の光はまだ弱い。目覚めるような時間ではないはずだ。

 「ランディ?」

 プリムの呼びかけに応えるように、水音が止まった。リビングに通じる扉から、ひょっこりとランディが顔を出す。

 「ごめん。起こした?」

 「随分早起きね」

 「目が覚めちゃって、もう一度寝ようとしたんだけど、だめで。いっそのこともう起きちゃおうかなと思って顔を洗ってたんだ」

 「そう、じゃあ私も起きるわ。荷物もまだ解いてなかったし」

 そう言うと、プリムは立ち上がってランディへと歩み寄る。

 「おはよう、ランディ」

 「……おはよう」

 自分で極上だと思っている笑顔を向けてやれば、案の定ランディは顔を真っ赤にして視線を虚空に向けた。

 「あら、それだけなの?」

 からかうように顔を近づけて言うと、ランディは軽い溜息を付く。

 「いい加減、あんまり僕で遊ばないでよ」

 「いつまで経っても慣れないあんたが悪いわ」

 くすくすと笑いながら言うプリムの肩にランディは手を置き、彼女の唇にキスを落とす。

 「……おはよう、プリム。これでいい?」

 「よくできました!」

 プリムの言葉に、再びランディは顔を赤くした。

 

 

 あの戦いから二年が経とうとしている。

 ランディは、マナの研究のために世界のあちこちを飛び回っている。また、行く先々の村や町でマナについての話をしているうちに、マナのことだけではなく、世界の国々についてなどを教える教師として各地の子どもたちに慕われるようになっていた。特に、学校のない地域では重宝されている。

 プリムは、パンドーラの大臣であるエルマンの後継者として、主に外交の仕事を任せられるようになった。彼女は先の戦いのおかげで様々な国の要人に顔が利くため、若いながらも実力を認められ始めている。仕事柄、いろいろな国を訪れる必要があるため、こちらも各地を飛び回っている。

 そのため二人は、パンドーラ、タスマニカ共和国、カッカラ王国、ノースタウンのそれぞれに家を借りていた。滞在時期が噛み合うときには同じ家に暮らすが、それ以外では離ればなれ、という生活を送っている。

 今回二人はタスマニカ共和国の家にいた。ここのところ二、三ヶ月ほどは二人の予定がうまく合わず、ひどいときには一日しか一緒にいられないというときもあったが、今回は一週間ほど共にここに滞在する予定だ。

 プリムは仕事で来たのだが、用事はすぐに済む予定なので、どちらかといえば休暇のつもりでいた。

 プリムは荷物を整理しながら、台所で早めの朝食の準備をしているランディに話かける。

 「ねえ、ランディはなんでタスマニカに来たの?私まだ理由を聞いてないわ」

 ランディがちらりとこちらを見る。

 「ジェマから連絡をもらってね。……会わせたい人がいるって」

 「会わせたい人?」

 プリムが目を瞬かせる。

 ランディは、プリムも一緒に行く?と尋ねる。

 プリムは顎に手をやって考えた後、「そうね、行くわ」と言った。

 「仕事はなんとかなるし。もしもジェマがあんたに会わせたい人っていうのがお見合い相手とか聖剣の勇者のファンとかだったら困るわ」

 「それはないと思うけど……」

 「わからないわよ。ちなみに本当にそうだった場合、まずジェマを怒ってからランディを殴るから」

 「え、僕何もしてないのに!?」

 「当然よ」

 プリムが口を尖らせる。

 「恋人が嫉妬して何が悪いわけ?」

 「……!」

 一瞬で顔を赤くしたランディに、プリムがふふん、と口を笑みの形にする。

 ランディはパンをテーブルに置きながら、目線を逸らす。

 「……だからプリム、僕をからかうのはやめてって……」

 「あら、本気で言ってるんだけど?」

 がしゃん、という音がして床にサラダがぶちまかれた。

 「……あははははっ!あんた、本当にいつまで経っても慣れないわね!」

 「し、仕方ないだろ!?プリムがこんなに素直にものを言うことなんて想像したことなかったんだから!」

 プリムは残ってる野菜でサラダ作り直してよ、僕はこれ掃除するから、と言ってランディはしゃがみ込む。

 上機嫌で台所に立つプリムに背を向けたランディは、そっと表情を歪めた。

 

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2009.7.9

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