アルカディアは遠く
6
次の日、プリムとポポイは二人で村を旅立つことにした。
サラに挨拶したほうがいいのだろうし、もう一度ランディに会っておこうかとも考えたが、自分たちの決心が鈍る気がすること、ランディの記憶を刺激するのもよくないだろうと思ったこともあり、やめた。
村の近くに広がっている大きな野原で、プリムが風の太鼓を取り出す。
大きく息を吸い、「これでいいのよね」と言う。
ポポイが笑顔で「おう!」と答える。
プリムが手を高く伸ばし、太鼓を打ち鳴らそうとした、そのとき。
「待って!二人とも!」
聞き慣れた声が届き、二人は肩をびくりと震わせた。
思った通り、ランディが息を切らして駆け寄ってきていた。
「アンちゃん、どうしたんだ?」
ポポイが目を丸くして尋ねる。
ランディは膝に手を当て、息を整えながら言った。
「宿に、行ったら、二人とももうチェックアウトした、って、聞いたから……追いかけてきたんだ」
「何?何か用でもあるの?」
プリムはわざと突き放すように言う。
――せっかく決意したのに……!こんな直前になって、迷わせないでよ!
心の中の悲痛な叫びを押しこめる。
ランディは困ったように頭をかく。
「用っていうか……あの、僕……」
そのとき、村の方から悲鳴がした。続いて、何かが割れる音や、壊れる音。
三人は反射的に振り向いた。
「な、何だ!?」
「村の方からよね?」
ランディはいち早く村へと駈け出した。プリムとポポイは慌ててそれを追いかける。
村から、よろよろと老婆が逃げてくるのが見えた。ランディは慌てて駆け寄り、身体を支える。
「どうしたの!?いったい何があったの!?」
「ああ、ディーン……モンスターが、モンスターがたくさん、襲ってきたのだよ」
「何だって!?」
三人は表情を硬くする。
「私は大丈夫だから、サラのところに行ってあげなさい」
「うん、わかった!」
ランディは老婆を木に横たえると、プリムとポポイを見た。
「二人とも、一緒に来て!」
「う、うん」
「わかった」
二人はうなずくと、再び走り始めたランディのあとに付いていった。
村の中では、あちこちから煙があがっていた。
だが、村の中心部には、モンスターの姿がほとんど見えない。村長たちが追い払ったのだろう。
「プリム!ポポイ!……ディーン!」
ジェマがこちらに気づいて声をあげた。
ランディがジェマに向かって叫ぶように尋ねた。
「ジェマ……さん!村を襲ったモンスターたちは?」
「だいたい倒した。私の手が回らなかったところでは、村の人たちがなんとか撃退したようだ」
「じゃあ、ここをお願いします。僕はサラの無事を確認しに……」
ランディの言葉が終らないうちに、咆哮が辺りに響いた。そこに村人たちの悲鳴が重なる。
更なるモンスターたちの群れが、こちらに向かってきたのだ。
ランディが、腰の聖剣に手を伸ばした。
「プリム!ポポイ!行くよ!」
「え?」
「あ、ああ!」
「まず僕が切り込むから、二人は僕が倒しきれないモンスターに適当に魔法をぶつけて!」
言うや否や、聖剣を抜き、モンスターに向かってひるがえす。モンスターの群れが、慌てて散り散りになっていく。
その動きは、常のランディの動きと寸分変わらない。
プリムとポポイは、言われた通り、魔法を唱えながらも、困惑を隠せなかった。
「なあ、記憶喪失でも、戦い方は忘れないものなのか!?」
「知らないわよ、そんなの!」
言いながらも、モンスターに向かって魔法を放つ。
ランディも順調にモンスターを蹴散らしていたが、ハチのモンスターであるボムビーだけは、空中に逃げられて、剣がうまく届かない。
「ポポイ!ボムビーは任せていい?ボムビーは火の属性だから、ウンディーネの魔法で攻撃してくれ!」
ランディの正確な指示に、プリムとポポイは目を見開いた。
そんな二人の表情に気付いたランディは、苦笑いをして、小さく言った。
「あとで、全部話すよ。だから、今は戦いに集中して」
二人は、しぶしぶうなずくと、改めてモンスターに向かいあった。
ほどなく、モンスターたちはあらかたいなくなった。三人は、その場をジェマに任せると、サラの家へと向かう。
かなり近くまで来たところで、村の子どもたちがかたまりになって必死に走ってくるのが見えた。
「みんな!」
ランディが叫ぶと、子どもたちが泣きながら駆け寄ってきた。
「ディーン兄ちゃあん!」
「兄ちゃん、サ、サラ姉ちゃんが!まだ、モンスターがいるのに!」
「先に逃げなさいって言って!どうしようどうしよう!」
子どもたちの支離滅裂な言葉を聞いて、サラが子どもたちを逃がすためにモンスターを食い止めているのを推察すると、ランディはしゃがみこみ、彼らに視線を合わせて言った。
「大丈夫。僕がなんとかするから」
「ほ、本当に?」
「サラ姉ちゃんを助けてくれる?」
「モンスターも追い払ってくれる?」
「もちろん」
「大丈夫なのかよ、ディーン兄ちゃん」
「うん、大丈夫だよ」
ランディは、とっておきの秘密を打ち明けるように言った。
「だって、僕は聖剣の勇者なんだから」
2009.2.12