アルカディアは遠く

 

 

 

 5

 

 

 結局、これからどうするか何も決められないまま、朝を迎えてしまった。

 

 くっきりと隈を目の下に作ったプリムとポポイは、のろのろと起き出し、身仕度を整えた。

 

 昨日、ランディに「明日はお茶会をするので、よかったら二人も来てください」と言われていたのだ。

 

 正直言って、ディーンと呼ばれるランディを見ているのは辛い。だが、何もないこの村で、他にすることがないことも事実だった。

 

 「プリム!ポポイ!来てくれたんだ!」

 

 サラの家の庭で、外に置かれた大きなテーブルにテーブルクロスを広げていたランディが笑顔で二人を迎えた。

 

 プリムは「お邪魔するわ」と言って笑いかけたが、口元が少々引きつってしまった。

 

 ポポイはふと、ランディの腰に目をやる。そこには、聖剣がいつものようにくくりつけられていた。驚いて思わず尋ねる。

 

 「アンちゃん……その、剣は?」

 

 「え?ああ、うん、村の人には物騒だからそんなもの仕舞っておけって言われるんだけどね。これがないと落ち着かないっていうか、身体から離しちゃいけない気がして」

 

 プリムとポポイは顔を見合わせる。

 

 もしかすると、多少は記憶が残っているのかもしれない。

 

 だが、医師や村長の言葉を聞いたあとでは、それを素直に喜ぶことはできなかった。

 

 黙ってしまった二人に対し、ランディは口を開いた。

 

 「あの、僕……」

 

 「ディーン!」

 

 三人が一斉に顔を向けると、そこにはサラが立っていた。

 

 「あ、いらっしゃい、プリムさん、ポポイさん!ディーン、砂糖の壺が開かないのよ、お願いしていい?」

 

 「あ、うん、わかった。じゃあ、二人とも、今日は楽しんでいってね!」

 

 ランディがサラを追いかけて家の中に入っていく。

 

二人はそれを見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 

 お茶会には、ジェマも来た。村の子どもたちが、自分たちが採った木の実で作ったジャムを、我先にとパンに塗りたくっている。

 

 ランディは子どもたちに服を引っ張られたり、背中に乗られたりしながらも、スコーンを運んでいた。その隣で、サラが幸せそうに紅茶を注いでいた。その姿は、とても別人を自分の恋人だと思い込んでいる狂人だとは思えない。

 

 プリムは甘いはずの紅茶にどこか苦味を感じながら飲んでいた。ポポイはちびりちびりとスコーンを食べている。

 

 プリムは、木にもたれてじっとランディを見ているジェマに目をやり、呟いた。

 

 「ジェマもルカ様も、昨日のお医者さんや村長さんと同じ意見なのかしら」

 

 「何の行動も起こさない、ってことはそうなんだろうな」

 

 ポポイはあきらめたような口調で返した。

 

 「でも……実際、ランディなしでどうにかできると思う?」

 

 「思わないね」

 

 プリムの疑問に、ポポイはきっぱりと答えた。

 

 「それでも、もうランディを巻き込みたくない、全部忘れて平和に暮らせるならそれがいいってことだろ。ジェマやルカ様は、たぶん、アンちゃんに罪悪感があるんだと思う」

 

 「……聖剣の勇者って役割を押しつけたことに対して?」

 

 何も知らないまま聖剣を抜いてしまっただけの少年に、それしか方法がなかったとは言え、世界という重いものを背負わせ、血生臭い道を歩ませた。

 

 「うん。特にジェマなんかにしたら、自分がもっと早くポトス村に行って剣を抜いていたら、こんなことにならなかったのにって何度も思ったんじゃないのかな。そこにはたぶん、剣を先に抜いたアンちゃんに対しての複雑な気持ちがあるんじゃないかなー、って思うんだ。だから、何も言わないんだと思う」

 

 おそらくは、望まぬ運命を押しつけられた少年に対する同情と憐憫。

 

 彼を導くだけで、何もできない自分へのふがいなさ。

 

 そして、聖剣を抜いたランディに対する嫉妬、なぜ自分ではなかったのかという苛立ちもあるだろう。

 

 「最初はさ、二人とも、いらいらしてたんじゃないかな。お前が聖剣の勇者なんだって言われても、びくびくおどおどして、無理だとかできないとか言うアンちゃんにさ。そんなこと言ってもお前にしかできないんだから仕方ないだろう!って」

 

 「まあねえ。最初は、私もいらいらしたわよ。情けない奴!って」

 

 「うん。でも、それでもアンちゃんは役目を放りださなかった。一生懸命戦って、役目を果たして。本当は、聖剣の勇者なんて、そんなガラじゃないのにさ。そうしたら、だんだん、ジェマもルカ様も罪悪感が育ってきたんじゃないかな。役目を押しつけたことにも、アンちゃんにいらいらしてたことも含めて」

 

 「なるほど……そうかもね」

 

 プリムは、ランディのほうを見遣る。

 

 ランディは朗らかに笑いながら、サラと談笑していた。

 

 サラが、くすくすと笑い、ランディの顔を指差す。ランディが怪訝な顔をしているうちに、サラは指を伸ばし、ランディの口元についていたジャムをすくい取る。そして、そのまま指についたジャムをぺろりと舐めた。ランディが真っ赤に顔を染める。

 

 プリムは持っていたカップを取り落とし、ポポイはヒュー、と口笛を吹いた。

 

 「サ、サラ!」

 

 「んー?なあに?」

 

 「なあに、じゃなくて、こ、ここここんな、ひ、人前で!」

 

 ランディは、ちらちらとプリムやポポイのほうを気にしていた。

 

 村の人たちがはやし立てる。

 

 「なんだよ、ディーン兄ちゃん、人前じゃないならいいのかよ?」

 

 「ち、違う、そういう意味じゃなくて!」

 

 「さすが、お若いのお」

 

 「ち、違うんです!ちょっと、サラも笑ってばかりいないで!」

 

 ランディが村の人々に囲まれて、慌てている。

 

 そんな彼を、ポポイは眩しそうに見た。

 

 「なあ、ネエちゃんはどう思う?」

 

 「え?」

 

 「アンちゃんにとっては、どっちが幸せだと思う?」

 

 記憶を取り戻して、自分たちと一緒に聖剣の勇者として世界を救う旅を続けるのと。

 

 記憶を忘れたまま、ここで別人の代わりとして皆に慕われながら暮らしていくのと。

 

 「オイラは、正直に言えば、思い出してほしい。この旅は、悲しいことや苦しいことも多かったけど、でも、それだけじゃなかったはずだろ。少なくとも、オイラはそうだ」

 

 「……私もよ。一人じゃ、とてもここまで来れなかった」

 

 「うん。絶対、アンちゃんにとってもそうであるはずなんだ」

 

 ポポイは、力強くうなずいた。

 

だが、寂しそうに目を細めて続ける。

 

 「――でもさ。ここには、アンちゃんの望んでいたものが、全部あるんだよな」

 

 あたたかい村。

 

 同じ家に住む、家族と言える存在。

 

 ランディのことを受け入れてくれる、必要としてくれる人たち。

 

 ポトス村では、ランディがどんなに望んでも手に入れられなかったものが、ここには全部ある。

 

 ポポイは決意を秘めた瞳で言った。

 

 「オイラには、自分の目的がある。だから、旅は続けるよ。アンちゃん抜きでもね」

 

 「私も行くわ。世界を救うかどうかはとにかく、ディラックを取り戻さなくちゃ。でも、それは私の問題だわ。……ランディは無関係よ」

 

 プリムは、吹っ切れたように長い髪をかき上げる。

 

 二人は目を合わせると、一度こくりとうなずいた。

 

 

 

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2009.2.12

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