アルカディアは遠く
7
「記憶喪失なんかじゃなかったぁ!?」
プリムが素っ頓狂な声を出した。それでも、走る足は止めない。
「どういうことだよ、アンちゃん」
「一時的には本当に記憶喪失だったんだ。落ちてから二日後には意識を取り戻したんだけど、最初は自分がどこの誰なのか、本当にわからなかった。でも、頭の中が真っ白、っていうよりは霧がかかったようにはっきりしないって感じで」
三人は子どもたちに村の中心部に戻るように指示した後、サラの家に向かっていた。
ランディが息継ぎをしながら続ける。
「村の人たちからはディーンって名前だ、この村の住人だ、サラの恋人だっていろいろ聞かされたんだけど、なんだかしっくり来なくて。プリムとポポイの顔とか、今まで行った場所の風景とか、断片的なものがだんだん浮かんできて、日が経つごとに頭の中の霧が晴れていって……五日か六日目にはもうだいたいのことは全部思い出してた」
「じゃあ、どうしてすぐ戻ってこなかったのよ!」
「できなかったんだ。サラのことが気になって」
ランディは肩をすくめた。
「僕をディーンって呼ぶサラを見てたら、僕はディーンじゃない、なんて言えなかった。一度帰ってきたと思った恋人が、またすぐ消えたとなったら、今度こそサラは絶望しちゃうんじゃないかって思ったら、どうしたらいいかわからなくて。できれば、なんとか自然に僕がディーンじゃないかって気づいてくれないだろうかって思ってるうちに、ジェマがやって来て……思わず何もわからないふりしちゃったんだ」
「人騒がせなことするなぁ」
ポポイが呆れた顔をした。だが、その表情は憂いが取り除かれて晴れやかだ。
「そうよ!どうしてルカ様にテレパシーのひとつでも入れないわけ!?」
プリムも緩む顔を隠すためにわざと声を張り上げる。
「サラが、僕がどこかに行っちゃうんじゃないかって、ずっと監視してるからなかなか抜け出せなかったんだよ」
ランディは申し訳なさそうに小さくなる。
「今日だって、やっと抜け出してきたんだ。早く二人に事情を説明しないとと思って。そしたら、二人とももう発ったって言われて……」
そのとき、何かが倒れる音がした。
道の向こうに、サラが転んで倒れていた。その背後から、モンスターたちの群れが迫っている。
「サラ!」
ランディが加速する。コカトリスがくちばしを光らせ向かってきたのを、剣で弾き返す。
「ポポイ!エアブラスト!とにかくサラからモンスターを遠ざけて!」
「オッケー!」
ポポイが魔法を唱え始める。プリムはポポイとモンスターの間に身体を割り込ませ、自慢の拳でダメージを与えていく。
ランディはその間に、サラの腕をつかみ、立ちあがらせた。
「サラ、怪我はない?」
「ええ、ありがとう。子どもたちは……?」
「さっき、道で会ったよ。大丈夫、みんな無事だよ」
サラはほっとした表情をする。ランディは彼女の腕から手を放した。
「ここを動かないで。大丈夫、僕たちがなんとかするから」
そう言って、サラから離れようとすると、慌ててサラはランディの手をつかんだ。
「だ、だめ!」
そう言って必死な目でランディを引き留めようとする。
「大丈夫だ、心配ない、って、同じことを言って……ディーンは帰ってこなかったわ!」
ランディは面食らったようにサラを見る。
そして、口の中で呟く。
「サラ、君、やっぱり……」
「え?」
「……ううん、なんでもない。それより、大丈夫だよ」
サラの指をゆっくりと手から外しながら、ランディはにこりと笑った。
「今まで黙ってたけど。僕、ディーンじゃないんだ」
サラははっとしてランディを見上げる。ランディは優しくサラを見つめた。
「はじめまして。僕の本当の名前はランディ。一応、聖剣の勇者」
「せい、けん……?勇者?あの、おとぎ話の?」
「うん。だから、大丈夫。僕は、世界を救うんだから。このくらいのモンスターの数、何ともないよ」
ランディはそう言うと、背をひるがえし、プリムとポポイのほうへと駆け寄った。
「ランディー!あんた遅いわよっ」
「オイラたちにばっかり戦わせて!」
「ごめんごめん!よし、行くよ、二人とも!」
ランディは剣を構えなおし、モンスターと向き合った。
モンスターたちは、マンテン山で戦ったコカトリス、ブラッドパンジー、ボムビーばかりだ。もう十分に弱点は知り尽くしているので、あとは三人の呼吸を合わせて戦うのみだ。
「プリム!僕たち全員にクイックかけて!」
「オッケー!」
「ポポイ!ボムビーの群れにフリーズ!」
「はいよ!」
ランディの指示に、二人が戦いながら魔法を唱える。
クイックの魔法で動きの速さが増した三人は、モンスターの攻撃をよけ、隙をついて武器を、魔法を叩きこむ。
ポポイのフリーズが降り注ぎ、ボムビーが次々と消滅する。
倒しきれなかったものたちは、ランディの剣が一閃する。
ランディがふう、と一呼吸ついていると、背中をプリムに蹴り倒された。
「な、何するんだよー!」
「あら、後でパンジーが眠り粉かけようとしていたから、危ないと思っただけよ」
「だからって!もっと他にいい方法あるんじゃないの!?」
騒ぎながらも、手と足は動かして、モンスターたちを一掃していく。
まもなく、ある者は倒され、ある者は追い払われ、すべてのモンスターの姿は村から消えた。
戦闘シーンは難しい……。
2009.2.13