月が綺麗ですね
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「指輪よ!とにかく指輪は必要よ!……え?まだ買ってない?もう、何やってるの!すぐに買いに行きなさい!――あ、だめだめ、ランディのセンスは信用できないわ。私が一緒に行って選ぶ!任せなさい、プリムの趣味なら百も承知よ。いい、渡すときはストレートにね。シャンパンのグラスの中に入れるとか、最後のデザートの中に入れるとか、そういう凝った演出をすると絶対あなたは失敗しそうだから!」
「うーん、やっぱりムードが大事だと思うわ。一生の思い出になるわけだし。夜景の見える高級レストランかしら。プリムさんはそういうところ行き慣れていそうだけど、基本を押さえておいて間違いはないと思うのよね。ランディは行き慣れていなさそうだから、一度下見に行ったほうがいいと思うわよ。え?パメラさんにも同じことを言われた?あははは、やっぱりね!」
「そうだな……花をプレゼントするのはどうだ?装飾品には個人の好みの違いがあるから、迂闊にはプレゼントできないかもしれないが、花なら大丈夫だろう。花言葉にだけは気をつけたほうがいいと思うがな。プリムは教養もあるし、そういうことには詳しいだろう。ん?私にも花を贈られるような経験があるのかって?……忘れたな」
「そういうことを私に聞かれても困ってしまうな。あまり参考にはならないとは思うが……言葉が大事だと思うぞ。『僕の朝食を毎日作ってください』とか……おい、なんで笑うんだランディ!聞いてきたのはお前だろう!」
「……どういうことなの、これは」
パンドーラの高級レストランにある特等席で、プリムは渡された指輪の入った箱と、大きな薔薇の花束を抱えて、脈絡もなく「僕と結婚してください」と言ったランディに憮然と言い放った。
「いや、プロポーズには何が必要だと思うっていろんな人に聞いて、全部の意見を参考にしてみたんだけど……気にいらなかった?」
きょとんとしてランディが言う。
「いろんな人って?」
「パメラとクリス、それからルカ様。ジェマの意見は参考にならなかったけど」
へぇ、とプリムは言って、改めて自分が座っているレストランの席や、指輪のデザイン、薔薇の花弁しげしげと眺めた。
ポポイに尋ねたら何て言ったかな。
ランディはプリムの様子を見ながら、そんなことを考える。
おそらく自分は返事をもらうことに緊張しているのだろう。別のことを考えていないと心臓が飛び出しそうだった。
ムードを大事にするために高級レストランに行くなら、食事も大事だぜ、アンちゃん!ネエちゃんの好物を出すところにしろよ!
うん、ポポイなら食べ物のことを言うだろうな。
そっか、考えてなかったな。断られたらこのレストランの食事がプリムの口に合わなかったってことにしよう。僕は緊張しすぎて味なんて何も覚えてないけど。
益体もないことを考えていると、プリムがこちらを見る気配がした。そして口を開く。
「いいわよ」
「――え!?」
あまりのあっさりとした言い方に一瞬聞き逃しかけたランディは、言葉の意味を理解した途端勢い込んで立ち上がった。テーブルの上でグラスの中のシャンパンが揺れた。
「結婚してもいいわよ。ゆくゆくはそういうつもりでいたし」
「え、でも、プリム……その、僕……」
ランディは口ごもる。
マナの種族のこと、それに関わる自分の体調のこと。
もっといろいろ尋ねられるかと思っていたランディは、逆に戸惑ってしまった。
プリムはそんな彼の様子にひたりと目線を合わせる。
「でもひとつ条件があるわ」
「条……件?」
おうむ返しに言ったランディの言葉に、プリムはこくりと頷いた。そして真剣な顔をして言った。
「私より先に死なないで」
二人の間を痛いほどの沈黙が流れる。
ランディは息を呑む。
結局、それきり黙ってしまったランディは返答できなかった。
2009.9.13