月が綺麗ですね
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早朝の聖剣の森で、改めてプリムに告白した日から数週間経っていた。
ランディは事情はちゃんと説明するから、と言ってプリムをなだめ、プロポーズの準備をした。
そして昨日、レストランで自分の身体のことを説明したうえで、プロポーズしたのだ。
「どうしてそこで即答しなかったのよ!」
パメラの怒声が響く。
ここはランディが滞在している宿屋の食堂だ。本来であれば貴族の令嬢で、箱入り娘であるパメラの来るところではない。だが今日は、ランディのプロポーズの行方が気になって仕方なかったのだろう、プリムのところで彼女に話を聞いた後、すぐにやってきたようだ。
プリムは寂しそうな笑顔でパメラを迎え、「昨日ランディからプロポーズされたんだけど」と話し始めたという。
「『私より先に死なないで』って頼んだけど、何も答えてくれなかったって言ってたわよ。本当なの?」
「うん……」
パメラの真っ直ぐな瞳にランディは顔を俯かせた。
「守れるかどうか、わからないから、約束できなかった」
「じゃあなんでプロポーズしたのよ!」
パメラは激高して言う。周りの客が何事かとこちらを見た。
少し間を置いて、ランディが顔を上げる。怒りで顔を真っ赤にしていたパメラだが、その瞳に息をつめ、押し黙った。
気弱な印象があるランディにしては珍しく、力強く見つめられたからだ。
ランディはすっと息を整えると、はっきりと言った。
「プリムのことが好きだから。もう手放すことなんて考えられない」
パメラはその言葉に面食らう。
「プリムは、大切な人を失うことを何より恐れている。それがわかっているのに、僕は、それでもプリムを手放せなかった。僕は彼女を置いていくかもしれない。きっと彼女を泣かせる。それでも一緒にいたい」
ランディの真摯な言葉に、パメラを浮かせていた腰を椅子に下ろした。
そしてぽつりと言った。
「守れるか、守れないかなんて関係ないのよ」
ランディがパメラを見る。
「プリムは安心したかっただけなの。生きていれば、大切な人を失うかもしれないことはもう痛いほどわかってるわよ。空約束でもいいから、あなたの口で約束してもらいたかっただけよ」
「……そうなのかな」
「きっと、そうよ」
パメラは優しく微笑んだ。
「……行ってくる」
ランディが静かに立ち上がる。パメラは眩しそうにそれを見送った。
「プリム」
かけられた声に、座り込んで川の流れを見ていたプリムは振り向いた。
二人で灯篭流し、ランディが再びプリムに告白した場所でもある岸辺で、二人は向き合う。
「ランディ、あんた……こんな森の中まで歩いてきたの?身体は?大丈夫なの?」
「森の中のほうがマナがあるから、平気だよ」
ランディは微笑むと、しゃがみ込んでプリムに目線を合わせた。
「……よくここにいるってわかったわね」
「プリムの家に行ったら出かけたって言われたから」
「……そう」
それっきり、会話が続かなくなる。
お互いに言葉を探す気配はあるが、どちらも口を開かない。
ランディはためらったあと、手を伸ばしてプリムの頬に触れた。
「昨日は、ごめん」
「……なんで謝るの?」
「約束、できなかったから」
プリムの紫紺の瞳が揺れるのがわかった。
「僕は、あきらめていない。今まで漠然とマナの研究をしてきたけど、これからも続けていこうと思っている。ルカ様やジェマも協力してくれている。マナの種族の身体をこの世界に適合せる方法を見つけてみせるよ……だから」
ランディの手は、そのまま降りてプリムの手を握った。
「昨日の約束に、今、答えさせてほしい」
決意を込めたランディの言葉に、しかし、プリムは首を振った。
「いいの、もう」
「いいって……どうして」
「昨日はついあんなこと言っちゃって……謝るのは私のほう」
プリムは緩く、ランディの手を握り返す。
「あれから考えたの。私の言った約束を本当にあんたが叶えてくれたとしたら」
私より先に死なないで。
その言葉通り、ランディが、プリムの死を先に見送ったら。
「……そうしたら、私はいいかもしれないけど。あんたは、一人で残されるのよね」
そんなこと、昨日は考えもしなかったのよ。
プリムは少し目線を逸らしながら言う。
「大切な人を失ったのは、私だけじゃないのに。ランディも同じなのに。あんたも、これ以上誰かを失うことを恐れているのに……考えなしなことを言ったわ。ごめん」
「そんな……」
今度はランディが首を振る。そんな風に謝らなくてもいい、と伝えたかった。
「だから、改めて、ひとつ。約束をしてほしいの」
「何?」
プリムはきゅっと握った手に力を込めると、言った。
「……二人で、生きていこうって」
どちらが先に死ぬか、なんて、考えるのはやめて。二人で一緒に。
ランディは微笑んだ。
「うん。二人で、一緒に。生きていこう。約束する」
そう言って、プリムの腕を引っ張る。
二人は立ち上がって、微笑みあう。
「ということは、僕のプロポーズは受け入れてもらえたってことで、いいのかな」
「そうね。尻にひくから覚悟しなさい」
「え」
「あと、パパに二、三発殴られると思うから頑張ってね」
「フォローしてくれないの!?」
「それくらいしないと納得しないわよ、うちの親父は」
「……そうだね」
はあ、と溜息をつくランディを面白そうに見た後、プリムは言った。
「今度、聖剣のある場所と……それから、マナの聖地に、報告に行きましょう」
ランディがはっとする。プリムの嬉しそうな表情に、ランディも微笑みを返した。
「……そうだね」
二人は笑い合うと、出口に向かって足を踏み出した。
2009.9.20