君が好き

 

 5


 「船長ー。お客さんですよ」

 タスマニカの港にある事務所の一室で、手紙を睨みつけていたセルゲイは、「あん?」と入口を振り返った。

 そこには見慣れた部下の顔と、対照的に久しぶりに見る、聖剣の勇者の顔があった。

 「ランディ!」

 「お久しぶりです、セルゲイさん」

 セルゲイは勢いよく椅子から立ち上がり、満面の笑顔で入口に立っている青年の頭をがしがしと撫でた。

 「痛い、セ、セルゲイ、さん、ちょっと」

 「今ちょうど、タスマニカからの通知を見たところだったんだ!ようやっとお前を俺の船に乗せられるわけだ!よく来てくれた、歓迎するぜ!」

 ランディの抗議も空しく、セルゲイはわっはっはと笑い声をあげながら撫でる手の動きは止めない。

 ランディは諦めてされるがままになりながら笑顔で答えた。

 「僕もセルゲイさんの船に乗れるのを楽しみにしてました。よろしくお願いします」

 セルゲイは、戦いの最中、タスマニカ共和国の持ち物であるサンドシップで出会った男性だ。プリムとポポイと引き離されて困っていたランディを助けてくれたのである。

 彼は海賊で、海を船で渡り歩いていたらしいが、マナの変化で海が荒れるようになったため船を下りた。少しでも船に乗っている気分を味わおうとサンドシップに乗っていたという。

 その後、戦いのあとは海の荒れも元に戻って、船を使うことが可能になった。セルゲイはそのまま共和国に雇われて、貨物船の船長をやっているらしい。

 今回、ランディが行きたい場所があるので、タスマニカの船を使わせてくれないかとタスマニカ王に頼んだところ、セルゲイに話がいったのだった。

 「出発は明日だな。今晩は一緒に飯を食って飲もう!積もる話もあることだし。面倒な手紙の整理をしちまうから、ちょっと待っててくれ」

 そう言ってセルゲイはようやっとランディの頭から手を外した。

 ランディははい、というと部屋から出て行った。

 ランディが出て行ったことを確認すると、セルゲイはじっと自分の机の上に積み重なっている手紙を見つめた。

 

 

 「で、お前さんどこに行きたいんだ?行先までは通知に書いてなかったが」

 軽く酒も入った夕食の後、テーブルに航海図を広げて、セルゲイがランディに尋ねた。

 「……マナの聖地に」

 ランディが言った言葉に、セルゲイが目を丸くする。

 「だってお前、あそこは雲に覆われてて誰も入れないだろう?」

 「それは以前の話です。戦いの最中にマナが少なくなってからは、覆っていた雲が晴れて、入れるようになりました。その後、マナは増えていないのでそのままになっているはずです」

 セルゲイは腕組みをして、うーん、と唸った。

 「マナの聖地か……あの場所は神聖なものとして、地図には載ってないんだよ。あのフラミーっていう白竜なら上空から発見できるだろうが、船でなぁ。……俺でも辿り着けるかどうか」

 「だいたいの方位で良ければ、以前フラミーで行ったときに記録しておいたものがあります。お願いします」

 いつになく必死なランディの様子に、セルゲイは鋭い目線を向ける。

 「……ランディ。お前、あんなところに何をしにいくんだ?」

 「あの場所には、僕の母が眠っているんです」

 ランディは淀みなく答えた。マナの力を巡る戦いについて、詳しくは知らないセルゲイは初めて聞いた事実に驚き、そうなのか、と答えた。

 「はい。もう一度、母に会いに行きたくて」

 「そうか……しかし、前に行ったときはフラミーに乗せてもらったんだろう?どうして今回はそうしない?」

 ランディは困ったように顔をしかめた。

 「……フラミーには、あの戦いのときに十分力になってもらったし……今更、僕の我儘で煩わせるのもどうかな、と思って」

 「ふーん。そうか」

 セルゲイは髭の伸びた顎を撫でながら考え込む。ランディが心配そうにその顔を覗き込んだ。

 「……無理ですか?」

 「いや。難しいだろうが、やってやれねえことはない。だが……お前、どのくらい聖地に滞在するんだ?」

 「え?」

 「帰りはどうするんだよ」

 きょとんとしたランディにセルゲイは呆れたように言う。

 「滞在期間によっては、俺も聖地で一緒に待っていたほうがいいのか、それとも一度港に戻ってからお前を迎えに来た方がいいのか、変わってくるだろう?」

 「あ。そうですよね。えっと……ちょっといろいろ調べたいことがあるので、後から迎えに来てもらったほうがいい、かな……」

 しどろもどろに答えるランディに、セルゲイは溜息をついた。

 「……悪いが、ランディ。お前を俺の船に乗せるわけにはいかないようだ」

 「え?」

 がらりと変わったセルゲイの声色とその言葉の内容に、ランディは面食らった。

 「海賊をしていた頃にな。港でどうしても船に乗せてくれと言ってきた女がいてな」

 「…………」

 「その女は、格式ばった家の出で、小さい頃から旅に出るのが夢だったって言うんだ。金はあるというから船に乗せた。これでようやく自由になれたって言ってな、何もかもから解放されたような、晴れ晴れした笑顔で笑うんだ。俺はあの笑顔を忘れられない」

 ランディはセルゲイが何を言わんとしているのかわからず、ただじっと話に耳を傾ける。

 「次の日、その女は船から身を投げた」

 ランディが息を呑む。セルゲイは変わらず淡々と続けた。

 「気付いたときにはもう女の姿はなくてな。女に貸してた部屋から金と遺書だけが見つかった。どうもその女が語った話は全部嘘で……家族を全部亡くした直後だったらしい。周りの人間が、みんな自分が後を追うのを止めようとするのが煩わしくて仕方なかった、これでやっと楽になれるってな、書いてあった」

 俺の海賊時代の最大の汚点だ、とセルゲイは自嘲気味に呟いた。その後、すっとランディと視線を合わせた。

 「ランディ。今日、最初に見たお前の顔、そのときの女と同じだったよ。もうこれでやっと終われるって言うような顔だった」

 セルゲイはきつい眼光でランディを睨んだ。

 「俺を甘く見るなよ、ランディ」

 一瞬、ランディは気圧されて息を呑む。

 「お前の話は穴だらけだ。お前、本当は帰ってくることなんて考えてなかったんだろう?何をするつもりか知らないが、聖地に行ってもう二度と帰ってこないつもりだったんじゃないのか」

 「…………」
 
 「大方、最初はフラミーで行こうとしたが、獣は気配には敏感だからな。お前が帰ってこないつもりでいることを察知して嫌がったんじゃないのか。だから俺を頼ったんじゃないのか」

 何も答えられず、ランディはとうとう俯いた。セルゲイは俺もなめられたもんだ、と吐き捨てた。

 セルゲイは懐を探り、一通の手紙をランディに差し出す。

 「俺だけじゃない。お前のことなんて、プリムはお見通しみたいだぞ」

 はっとランディが顔を上げた。見覚えのある便せんと筆跡が目の前にあった。

 「ランディが訪ねてきたら知らせてくれって書いてある。この分じゃ世界中のお前が行きそうな人のところに同じ手紙が行ってるんじゃないか」

 ランディはためらったあと、手紙をそっと掴んだ。その指が細かく震えている。

 「……もう、どうしたらいいのか……わからなくて」

 ランディが絞り出すように言葉を紡ぐ。

 「プリムに幸せになってほしいって……そう思ってました。彼女は大切な人を目の前で亡くして、辛い思いをいっぱいしてきたから。だから、僕が彼女を幸せにしようって決めました。でも……もう無理なんです」

 「詳しいことは俺にはわからねえよ」

 セルゲイがきっぱりと言い放った。

 「お前がなんで姿を消したがってるのかも、なんで聖地に行きたいのかも、わからねえ。そんなことは関係ないんだよ。お前はプリムに幸せになってほしいって言うが……お前がどうにかしなくたって、あの嬢ちゃんはきっとは幸せになるだろうよ」

 ランディがのろのろと顔を上げる。

 「プリムは強い女だし、周囲にも支えてくれる人がいる。他に思いを寄せてくれる男もいるだろう。自力で幸せを掴むさ。だから、大事なのは、プリムのことじゃない。お前がどうしたいかだ」

 「僕が……」

 「お前はプリムから離れて平気なのか?プリムが他の男のものになっていいのか?どうなんだよ」

 大事なのは、それだろ。

 セルゲイの言葉に、やはりランディは答える言葉を持たなかった。

 

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次回から、謎解きです。

2009.7.22

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