アルカディアは遠く

 

 

 

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 その日は、最初から何かがずれているような感じがあったのだ。

 

 

 始まりは、マンダ―ラ村から、闇の神殿へと辿り着くのに三日かかったことだった。マンテン山の慣れない山道とモンスターの多さが原因だった。その時点でアイテムの持ち合わせなどがずいぶん心もとなくなっていたため、三人は一度村に戻るか、このまま闇の神殿に入るか検討した。

 

 結局、山を下るのにまた時間をかけ、さらにもう一度山を登るのはごめんだ、ということになり、そのまま闇の神殿を調べる。

 

 神殿では手強い敵が多く苦戦しつつも、なんとかシェイドを仲間にしたのはよかったが、三人は疲労困憊だった。

 

 神殿から出て、今度こそ一度村に戻ろうとする。だが、その日、山を下る道で襲いかかるモンスターを蹴散らしながらも、三人が三人とも違和感があった。

 

 誰も口には出さない。口に出して自覚することが怖ろしかったのだ。

 

 

 ――呼吸が合わない。

 

 

 いつもなら、ポポイの魔法で威嚇して、モンスターが怯んだところをランディの剣が仕留めるという場面で、ランディが早く突っ込みすぎて魔法に巻き込まれそうになる。

 

 ストーンセイバーをかけて、というランディの指示を聞き違え、プリムが間違えてサンダーセイバーをかけてしまう。

 

 プリムとポポイが、一匹のモンスターに対してそれぞれバラバラにブレイズウォールとフリーズを唱え、サラマンダーの魔法とウンディーネの魔法だったがため、敵に届く前にぶつかって相殺してしまったなんてことまであった。

 

 通常であれば、絶対しないミスばかりだ。

 

 三人の強さは、個々の強さもあるが、三人が今まで育んできた連携プレーの賜物だ。

 

 それが合わない今、三人の強さは半減以上になっていると言ってもいい。

 

 ミスが重なっていくうちに、いつのまにか三人はモンスターたちに囲まれていた。

 

 しかも徐々にモンスターの数が増えていっていることに、ランディの焦燥感が増す。

 

 三人の司令塔は自分だ。だが今日はうまく指示が出せない。魔法を唱えてほしいタイミングがずれる。自分の動きもよくない。そして、ポポイとプリムの反応も微妙に早かったり遅かったりするのだ。いつもは戦いの最中、不謹慎だと思うほど三人の連携の良さに胸が躍るのに、今日は焦りばかりが募っていく。

 

 プリムとポポイも息が上がっている。

 

 ――だめだ、このままじゃ。なんとかしないと。全部倒すのは無理だ。突破口を開いて、逃げるしかない。

 

 ランディは一歩前に出た。一気に決めるつもりで、どんどんとモンスターを切り進んでいく。

 

 だが、思ったよりもモンスターの層が厚くなっていたのが誤算だった。

 

 出口は見えず、焦っているうちに、プリムとポポイとかなり引き離されてしまったことに気づく。

 

 「ランディ!」

 

 プリムの慌てた声が聞こえたが、遅かった。ランディひとりがモンスターに囲まれてしまったのだ。

 

 「……っ!」

 

 コカトリスの口ばしが襲いかかる。ランディは息を呑み、後ろに跳ぶことでそれを避けた。

 

 だが、次の瞬間にがらっという不吉な音が聞こえた。

 

浮遊感が彼を襲う。

 

地面に付いたはずの足裏に、感触がない。

 

 プリムとポポイの驚愕に目を見開いている顔が視界いっぱいに広がった。

 

 奇妙に間延びした時間のあと、二人の姿があっという間に遠ざかる。

 

 ああ、落ちたのか、と思う前に、ランディは気を失っていた。

 

 

 

 

 

 ランディが崩れた崖から落ちたあと、二人はなんとかしてマンテン山を下った。

 

 ランディの欠けた二人でとても倒せる敵の数ではないと判断し、フラミーを呼んだのだ。

 

 本来であれば、体の大きいフラミーは開けた場所でなければ降りられない。木の生い茂る山の中などもってのほかなのだが、フラミーは二人の切羽詰まった状況を理解すると、無理矢理木々の中に身体を割り込ませて、二人を飛び乗らせた。

 

 結果として、フラミーの翼はいくらか傷ついてしまった。

 

 二人がフラミーにマンダ―ラ村まで送ってもらう頃にはもう日が沈んでいた。

 

 プリムは「ごめんね、無茶させて」と言いながら翼にヒールウォーターをかけ、フラミーを見送った。

 

 とりあえず宿を取った二人だったが、疲れた体を休めることもせず、部屋のテーブルに向かい合って座っていた。

 

 「……どうしよう」

 

 プリムが常の彼女に似合わぬ頼りなげな声を出す。

 

 「まさか、こんなことになるなんて。やっぱり一度、村に戻っておけばよかったわ」

 

 「ネエちゃん、それは三人で話し合って決めたことだろ。誰が悪いわけでもない。反省するのはあとでもいい。今は、今できることを考えないと」

 

 少し強がっている様子があるものの、しっかりしたポポイの言葉に、プリムも落ち着きを取り戻していく。

 

 「……そうよね。今できることを、ね」

 

 「おう!オイラ、フラミーで飛び立つ瞬間、下の様子を見たんだけどさ。あの崖の下は大きな川が流れてた。だから、アンちゃんが助かってる可能性は十分あると思う」

 

 「そうね。じゃあ……私とポポイは、ランディが落ちたと思われるあたりを捜索しましょう。何か手掛かりがあるかもしれない。

 

私たちだけじゃ手が回らないからジェマに連絡して来てもらって……本当に川に落ちたなら、下流に流されてしまうかもしれないから、マンダ―ラの村の人に、川がどこに流れ着くか教えてもらって。ジェマにはそっちの捜索を任せましょう。

 

あと、ルカ様にも連絡するべきね。ルカ様なら水の流れがあるところなら世界中の様子がわかるから、ランディがどこにいるかわかるかもしれない。

 

二人にはこれから早速連絡!私たちも本当は今すぐ動きたいけど、今回のようなことになるといけないから、焦らず今夜はしっかり休んで、明日から動き出す。これでどう?」

 

プリムは、迷いが吹っ切れると本来の頭の回転の速さを見事に見せた。ポポイは満足そうにうなずく。

 

そして、わざと明るく言った。

 

「しっかしアンちゃん、聖剣抜いたときも滝から落ちたって言ってなかったか?」

 

「そうそう、橋でバランスを崩すなんて、本当に勇者なのかしら、まったく」

 

今回のことも、きっと笑い話にできる。

 

そう信じるため、プリムとポポイは、今は不在の聖剣の勇者の話をいつまでも交わした。

 

 

 

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ちょっと長くなるかもしれません。

 

2009.2.9

 

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