アルカディアは遠く

 

 

 

  2

 

 

 捜索は難航を極め、あっという間に十日が経ってしまった。

 

 プリムとポポイは、ランディが落ちたと思われるあたりを捜索したが、まずあのとき自分たちが山のどこにいたかも曖昧で、十分な探索はできなかった。

 

 ジェマは連絡をした次の日にすぐに駆けつけてくれた。しかも、タスマニカ共和国の自分の部下たちを幾人も引き連れて、である。

 

 だが、マンテン山に流れる川は、いくつも枝分かれしていて分岐点が多過ぎた。手分けして捜索しているが、こちらもやはり手がかりは見つかっていない。

 

 ルサ・ルカも、同じ理由でランディの気配を追うことは難しいらしい。手は尽くしてくれているのだろうが、「すまない,何もつかめないのだ」という憔悴をにじませた声が、テレパシーに乗って届いた。

 

 遺体が見つかっていないことだけが、希望だった。

 

 

 

 

 

 十日目の夜、さすがに口数の少なくなった二人がマンドーラの宿で夕食を取っていると、ルカからテレパシーが届いた。

 

 それは「ランディが見つかった」というものだった。

 

 プリムとポポイは勢い込んで「本当!?」と叫んだ。テレパシーの聞こえない他の宿泊客が、うさんくさそうな目で二人を見るが、気にしていられなかった。

 

 ――ああ、本当だ。

 

 「それで、大丈夫なのよね!?い、生きてるってことよね!?」

 

 ――うむ。もちろんだ。

 

 「どこにいるんだ!?」

 

 ――川の上流にある、小さな村で発見されて手当てを受けていたようじゃ。下流に流されたとばかり思っていたが、ランディは流される前に助けられたのじゃな。村の人がランディを見つけたのは、彼が川に落ちたその日のうちのことだったようだから。ジェマが、もしやと思って村に行ってみると、当たりだったというわけじゃ。

 

「怪我とかしてないの?」

 

――ジェマが行ったときには、普通に歩いて動いていたということじゃ。

 

「よかった、無事なのね!」

 

 「なんだよ、アンちゃんのやつ!ルカ様にテレパシーでも何でも使って、連絡してくればいいのによ!」

 

 はしゃぐ二人だが、ルカは言葉を返さない。

 

 そこで二人は初めて、ルカの声がそれほど喜びに満ちていないことにようやく気付いた。

 

 「どうしたの、ルカ様」

 

 「何か問題でもあるのか?」

 

 ――……行けばわかる。

 

 ルカの声色は、二人にそれ以上の追及を拒ませるほど、硬かった。

 

 

 

 

 

その村は、裕福とは言えない小さな村だった。貴族の娘として相応の教育を受けたプリムは、世界の地理にも詳しかったが、その村の名を耳にしたことはないらしい。

 

 こじんまりした家々が並び、人々がつつましやかに暮らしているのがわかる。食べ物はほとんど自給自足なのだろう、それぞれの家の畑では様々な作物が育てられ、牛や馬が家畜として飼われている。

 

 時間がゆっくりと流れる、外部とあまり接触のない、小さな村。

 

 ――ポトス村に似てるわ。

 

 プリムは、そう考えて、なんとなく嫌な感じがした。

 

 「あ、ジェマ!」

 

 ポポイが声を上げた。プリムは我に返り、ポポイがぶんぶんと手を振るほうを向くと、ジェマが歩いてきていた。

 

 「二人とも早かったな」

 

 「フラミーに乗ってきたからな」

 

 「ランディはどこ?」

 

 急かす二人に、ジェマは付いてくるように言う。その足取りは、心なしか重い。

 

 「ジェマは今どこに泊まってるの?」

 

 「この村に宿は一軒しかなくてな。そこにいる。お前たちも泊まるといい」

 

 「え?でも、ランディの怪我がひどくないなら、すぐ出発しないと。十日もタイムロスしちゃったし、早くジャッハ様のところにいかないと」

 

 「うん。そもそもオイラたち、急いでたんだ。それで失敗しちゃったんだけど。帝国の動きも気になるし」

 

 「……それは、ランディに会ったら考え直すことになると思うぞ」

 

 ジェマの声もルカと同様、硬い。

 

 二人は顔を見合わせて首を傾げるが、ジェマは黙りこくってしまった。

 

 そのとき、二人は妙に視線を感じることに気付いた。村の人々がこちらを観察しているのだ。

 

 しかもそのまなざしは、あまり良い種類のようではないように二人には思えた。

 

 「……なに?」

 

 「旅人が珍しいんじゃないのか?」

 

 ルカとジェマの不審な様子、そして村人たちの視線。

 

 不可解なことばかりだが、とにかくランディに会ってみないことには何もわからないだろう、と二人は開き直ることにした。

 

 

 

 

 

 ジェマは村の外れの一際小さな家に、二人を連れてきた。

 

 その家の軒先では、プリムと同じくらいの年頃の少女が、洗濯物を干していた。

 

 「サラさん」

 

 ジェマの声に、少女が振り向く。長い髪をひとつに束ねた、瓜実顔の美人だった。

 

 「ああ、ジェマさん。ディーンなら、今村の子どもたちと木の実を採りに行ってますけど……あら、そちらの方たちは?」

 

 「プリムとポポイといってな。二人も私と同じく、マンダ―ラでのディーンの知り合いだ」

 

 「まあ、そうなんですか」

 

 プリムとポポイは驚いてジェマを見る。勝手に話を進められて、訳がわからなかった。しかも、ディーンという知らない名前まで出てきた。

 

 どういうこと、という疑問を視線に込め、プリムはジェマを睨む。

 

 すると、ジェマも睨みを返してくる。とりあえず話を合わせろ、という意味がそこに読み取れた。

 

 「もう、出かけてから随分経ったから、そのうち戻ってくるんじゃないかしら。――……あ、ほら」

 

 サラが細く長い指をすっとあげた。

 

 プリムとポポイは思わず振り向く。

 

 栗色の髪。

 

 優しげに細められた碧い瞳。

 

 少し日に焼けた肌。

 

 いつも付けているバンダナはなく、シンプルな麻の服を着ているが、歩いてくるのは紛れもなく、聖剣の勇者だった。

 

 彼の周りには、ポポイほどの身長の子どもたちがまとわりついている。

 

 ランディはにこにことして、子どもたちに話しかけている。

 

「結局一番木の実を採れたのは誰だった?」

 

 「ぼくだよ!」

 

 「ちがうよ、わたしわたし!」

 

 「それより、一番採れなかった人のほうがはっきりしてるぞ!」

 

 「うん、ディーン兄ちゃんだよ!」

 

 「ええ、僕?」

 

 ランディが不服そうに言う。

 

 「僕はみんなが見つけた高いところにある実を採るのに忙しかったんだよ」

 

 「負けおしみはみっともないぞ、ディーン兄ちゃん!」

 

 ディーン、とはランディのことなのだろうか。

 

 プリムとポポイは困惑するが、目配せを交わすことくらいしかできない。

 

 ランディがこちらに気付いた。手を振って叫ぶ。

 

 「ただいま!」

 

 ランディがこちらに向かって駆け出し、そして、プリムとポポイの間をすり抜けた。

 

 二人には少しも目を見やらず。

 

 プリムとポポイはあまりのことに背筋が凍りつくのを感じた。

 

 ランディは二人のそんな様子にも気付かず、サラに駆け寄り、持っていたカゴを差し出す。

 

 「おかえり」

 

 「見て、みんなが手伝ってくれたからこんなに採れたんだ」

 

 「これだけあればたくさんジャムが作れるわ。そうしたら、お茶会をしましょうね」

 

 サラの言葉に子どもたちの歓声があがる。

 

 「そうそう、その前に。ディーン、あなたにお客さんよ」

 

 「え?あ、ジェマさん。どうしたんですか?そっちの二人は?」

 

 プリムとポポイは窺うようにランディを見る。

 

 よく知っている顔のはずなのに、確かにランディなのに、何かがおかしかった。

 

 ポポイは思い至る。

 

 ――そうだ。アンちゃんは、いつでもどこか寂しそうに笑うんだ。でも今は……。

 

 晴れ晴れとした、無邪気な笑顔。それは、ランディを、常とは違って、年相応の少年に見せていた。

 

 「こちらは、君の知り合いだよ。プリムとポポイという」

 

 「そうなんですか?」

 

 ジェマの言葉に、ランディは、プリムとポポイをじっと見た。

 

 そして、申し訳なさそうな顔をすると、はきはきと言った。

 

 「うーん、思い出せない。ごめんなさい、僕、記憶を失くして自分が誰なのかも君たちが誰なのかもわからないんだ」

 

 

 

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まさかの記憶喪失ネタ。

 

2009.2.10

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