遠雷 

 

 

 1

 

 

「うまーい!!」

 

ポポイが歓声をあげ、それにプリムがうなずく。

 

「ホント、おいしいわ!ありがとう、泊めてもらう上にこんなおいしい食事まで」

 

「これ位させておくれ。迷惑をかけたのは私だからね」

 

そう言って申し訳なさそうな顔をするのは、魔女エリニースだ。

 

ランディは地底神殿に入るのに必要な魔法の助けをエリニースに求めるため、プリムは恋人ディラックを救い出すため、ポポイは無くした記憶を取り戻すため。

 

三者三様の理由ながら、行動を共にすることにした三人は、エリニース城へやってきた。

 

結果として、エリニースの魔力は帝国のタナトスという者に操られていた故だったらしく、そこから解き放たれた今、彼女に地底神殿に入るための助力は望めなくなってしまった。また、ディラックも、操られたエリニースによってパンドーラの古代遺跡に送られてしまい、その安否はわからない。いずれの目的も果たせずに終わってしまったのである。

 

呪縛から覚めたエリニースは、柔和な表情の老婆だった。マナの異変の影響で取れなくなった薬草を餌にされ、タナトスに操られてしまったらしい。三人に謝罪をしたのち、もう遅いので泊まっていくといいと言ってくれた。エリニースの足元には、魔力を受けてタイガーキメラとして三人に襲いかかってきたネコがまとわりついている。

 

エリニースは魔女として薬の調合をするためか、とても料理が上手かった。食卓を埋めている料理はどれも絶品である。

 

ランディは自分も食事を楽しみながら、ほっとしていた。ディラックのことでプリムがショックを受けているのでは、またはディッラックを転送したエリニースを恨んでいるのではと思っていたのだ。

 

だが、様子を見ている限り、大丈夫そうだ。プリムは強引で我儘だと思っていたが、操られていたエリニースに苛立ちをぶつけるようなことはなかった。悪いのはタナトスだと割り切り、エリニースに対しては含むところなく接している。彼女は真っ直ぐな気性の持ち主のようだ。まだ一緒に旅を始めたばかりで、知らないことも多い。ランディは心の中でプリムのイメージを修正する。

 

デザートを用意するよ、たくさん食べておくれと言ってエリニースが部屋を後にする。ポポイが言われなくても、といった勢いでスープをごくごくと飲む。

 

プリムがふと顔をあげた。そして、「そうだ」と口にした。

 

「ねえ私、まだポポイがどうしてランディと一緒に旅してるのか、詳しく聞いてないんだけど」

 

「あれ?そうだっけ?」

 

ランディとポポイは顔を見合わせた。そういえば、妖魔の森でプリムの危機を助け、共に行くことを決め、そのままエリニース城に向かったので、説明する暇もなかった。

 

じゃあ、とポポイが説明しようとするのを、プリムが手を前に出して遮った。

 

「待って。人に聞くならまず自分からきちんと説明しないとね。良い機会だわ、改めて自己紹介しましょう」

 

そう言って立ちあがり、すっとお辞儀をする。その見事な所作にランディとポポイは目を奪われる。

 

「私はプリム。パンドーラ王国の大臣、エルマンの娘よ。18歳になるわ。まぁ、いわゆる貴族のお嬢様ね。パンドーラで生まれて、パンドーラで育ったわ」

 

やっぱり年上だったのか、とランディは密かに思う。

 

「恋人のディラックが魔女討伐隊隊長に任命されて……これは、私とディラックの仲を裂きたいパパの差し金だったんだけれどね。私は家出して、自力でディラックを助け出すって決めたわ!そして一緒に、パンドーラに帰るの!」

 

プリムは演説するように拳を握った。

 

「……でも、一人で行動してみて、私一人の力じゃ無理があるって、よくわかったわ。三人で助け合って頑張りましょう。これからよろしくね」

 

プリムはにっこり笑って手を差し出した。ランディ、ポポイの順に握手する。

 

プリムが椅子に腰かけたのと入れ替わりに、ポポイがぴょこんと立ち上がった。

 

「オイラは妖精の子ども、ポポイ!でも、この名前はアンちゃんに付けてもらったものなんだ。オイラは自分が誰なのかわからない、何も覚えてないんだ」

 

プリムがびっくりした顔をする。

 

「気がついたらドワーフの村にいたんだ。妖精の里で、洪水が起こって流されてきたんだろうって、聞いた。オイラは記憶を取り戻して、仲間のところに帰るのが目標だ!よろしくな!」

 

ポポイが歯を出して笑った。プリムは慈しむような表情を浮かべた。

 

「そうだったの……ポポイも大変ね」

 

「でも、アンちゃんもネエちゃんもいるから大丈夫だぞ!」

 

プリムがポポイの頭を撫で、ポポイは満更でもない顔をする。仲良くなったらしい二人の様子に、ランディは再度ほっとする。

 

二人がくるりとランディを見る。ランディはきょとんとした。

 

「何してんのよ」

 

「次はアンちゃんの番だぞ」

 

「え、え?僕もやるの?」

 

当然!という顔をする二人の迫力に、ランディはおずおずと立ちあがった。

 

「え、ええと……ランディ、です。一応、聖剣の勇者です」

 

そう言ってすぐに黙ってしまったランディに、プリムとポポイが口を尖らせる。

 

「何かもう少しあるでしょ!なんで聖剣を持ってるのかとか!」

 

「オイラたち、アンちゃんから何も聞いてないぞー」

 

「え、ええ?ええと……」

 

ランディは心底困った、という顔をして考え込んだ。

 

「その……聖剣を抜いたのは、本当偶然で。聖剣は抜いた人にしか扱えないから、成り行きで聖剣の勇者になることになっちゃったんだ。各地の神殿で、マナの種子と聖剣を共鳴させて、聖剣を蘇らせるのが僕の使命です。僕に世界がかかってるなんて、今でも信じられないけど、頑張るよ。……頼りないだろうけど、よろしく」

 

ぺこりと頭を下げる。

 

プリムとポポイは顔を見合わせる。ランディが話をぼかしているのがわかったが、あまり追及しない方がいいだろう、と目配せを交わす。

 

「……ま、いいわ。ホントあんたって頼りないけど、よろしく」

 

「その分オイラがしっかりするぞ!子分の面倒をみるのは親分の役目だからな!」

 

「ははは……」

 

ひどい二人の言い分に、ランディは乾いた笑いを洩らす。

 

だが心の中では、聖剣の勇者になった経緯を深く尋ねられなかったことにほっとしていた。聖剣の勇者になったことを詳しく説明しようとすると、ポトス村のことを話さなければいけない。

 

ランディの中で、ポトス村での出来事は、まだ人に話せるほど整理が付いていなかった。

 

 

 

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2009.4.15

 

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