遠雷
 
 
 
 2
 
 
 翌日、エリニース城を出発した一行は、目的地である水の神殿に向かった。ガイア平地を抜け、パンドーラ王国を通り過ぎ、平原をさらに進む。
 
しかし、パンドーラ王国を出てしばらくしたところで雲行きが怪しくなってきた。急ぎ進むが、幾許もしないうちに雨が降ってきた。
 
 腕を顔の上にかざし、ポポイが顔をしかめる。
 
「たぶん、嵐が来るよ」
 
 ポポイは妖精故か、大気の変化に敏感だ。ポポイが言うなら本当だろうと、ランディとプリムは顔を見合わせた。
 
 「……どうする?」
 
 「今から水の神殿に行くのも、パンドーラに戻るのも同じくらいの距離よね」
 
 そう言っている間にも、辺りは暗くなり、雨脚が強くなってきた。相談している間さえ惜しい。
 
 「でも今から戻って、せっかく進んだ距離を無駄にするのも……」
 
 うーん、と顎に手をやって考え込むランディの隣で、ポポイが言った。
 
 「ここら辺に村か町ってないのか?」
 
 一瞬、ランディがびくりと肩を震わせるが、二人とも気付かなかった。
 
 「ああ、そうね。そこで泊まれば進んだ距離を無駄にせずに済むわよね」
 
 プリムが視線を上にして、何かを思い出そうとする仕草を見せた。
 
 「……確か小さな村があったはずよ」
 
 「お!そこに行けばいいんじゃないか?」
 
 「名前はポトス村……だったかしら。行ったことはないけれど、森の開けた道沿いに行けばすぐ着くって聞いたことがあるわ」
 
 ランディは先程から押し黙っている。だが、ランディが自分の意見をあまり言わないことは常のことなので、二人とも違和感を覚えなかった。
 
 ポトス村に向かおう、ということでプリムとポポイの意見が一致しかけたときに、ランディがおずおずと口を開いた。
 
 「あ、あのさ。やっぱり、水の神殿に向かった方がいいんじゃないかな?ルカ様、急いで来てくれって言ってたし」
 
 「でも……」
 
 プリムの逆説の言葉に反応するように、雷の音が轟いた。
 
 「ポポイは嵐が来るって言ってたし、やっぱり大事を取るべきだと思うわ」
 
 「じゃ、じゃあ、パンドーラに戻ろうよ」
 
 「パンドーラに行くよりも、その村に行く方が早いと思うぞ」
 
 「そ、そうなんだけど、あの……ほら……」
 
 そのまま言葉に詰まり、うつむいてしまうランディに、プリムとポポイは訝しげな瞳を向けた。
 
 「どうしたっていうのよ、ランディ。ポトス村に行きたくない理由でもあるの?」
 
 プリムの言葉にも、ランディは反応しない。前髪に隠れて表情も見えず、二人は困惑するばかりだ。
 
 また雷が鳴った。ポポイは雨が強くなる予感に、眉をひそめた。
 
 「アンちゃん、早くしないと、ここで足止めだよ?雨が本格的に来たら野宿もできないし、急いでポトス村に行くのが合理的だと思うけど」
 
 ポポイの言葉にやっとランディがのろのろと顔を上げた。普段は空色の瞳が暗い。その様子にプリムとポポイが思わず心配そうに見つめると、ランディは口を開いて何かを言いかけた。
 
 そのとき、背後から鋭い声がかかった。
 
 「ランディ!?」
 
 ランディの身体がびくりとすくめられた。三人がそちらを振り向くと、大きな荷物を背負った若い男がいた。
 
 プリムはさっと男の服装を確認する。パンドーラの住民にしては着ているものが粗末である。近くの村の住人で、パンドーラで買出しをした帰りってところかしら、と推測する。
 
 「――さん」
 
 ランディがその人物の名を呼んだようだったが、プリムとポポイには聞き取れないほど小声だった。
 
 男はずんずんこちらに近づいてくると、プリムとポポイを無視してランディの目の前に立った。
 
 「お前、こんなところで何してるんだ?村の近くをうろつくなんて、何を考えている!?」
 
 大きな声で怒鳴られ、ランディが身を小さくした。
 
 プリムとポポイは顔を見合わせて、首を傾げる。状況はよくわからないが、とにかくランディが責められているのはわかる。気の短いプリムは男に噛みつくように怒鳴り返した。
 
 「あんたこそ何よ!いきなりやって来て、失礼じゃない!」
 
 「お前たちは誰だ?こんなやつと一緒にいていいのか?」
 
 「はぁ?」
 
 プリムがどうしてそんなことを言われるのかわけがわからないといった声を出した。
 
 「こいつは、俺たちの村に災厄をもたらした厄病神だ!育ててもらった恩を仇で返しやがって。あのときモンスターが開けた穴のおかげで今年の収穫は減るわ、その後も村人がモンスターに襲われるわ……!」
 
 ランディはうなだれて顔をあげない。ポポイはランディと男を見比べて困惑している。
 
 「二度と村には帰ってくるな、と言ったはずだ。今、ポトス村に行くとか何とか話していたようだが、絶対に許さん。もう、お前の帰る場所など無いぞ。いや、元からお前なんていなかったと考えているんだからな、俺たちは」
 
 「…………」
 
 ランディは何の反応も示さない。雨粒がランディと男を叩く。
 
 「わかったら、さっさと行け。この辺りをうろついていることも不愉快だ。ほら、行け!」
 
 本降りになってきた雨がランディたちを追いたてるように注ぐ。
 
 遠くでもう一度、雷が落ちる音が聞こえた。
 
 
 
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本当は、妖魔の森からすぐに水の神殿までワープできるルートがあるんですけどね(笑)
このランディたちはそっちを通らないで戻ってきた、ということで。
 
2009.4.18
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