誓う日
「ランディ!準備できた?」
アップに結われた青い髪を揺らして、パメラが廊下の向こうから駆けてくる。
ランディは笑いかけると、うんと返事をした。
「……プリムは?」
幾分そわそわとしながら尋ねると、パメラは目を細めてにやついた。
「なあに?そわそわしちゃって」
「いや、姿が見えないからさ」
ランディが顔を赤らめながら言い訳めいて呟くと、パメラは見たことないほど楽しそうな笑みを浮かべた。
「まだ会えないわよ。バージンロードを歩いて行くまでランディには会わないって」
「ええ、なんで!」
思わず何も感情を隠さずに叫んでしまい、さらに顔を赤らめる。パメラは少し気の毒そうに、大方は実に楽しそうに言った。
「私の姿を見た瞬間の、ランディの人生で一番間抜けな顔を見たいから――ですって!」
がっくりと肩を落とすランディに耐えきれなくなったのか、パメラがけらけらと笑いだす。
「花嫁姿のプリム、本当に綺麗よ!ぎりぎりまで見れないなんてかわいそう!」
今日は聖剣の勇者と貴族の令嬢の結婚式だ。
教会に集まった人々は、思いのほか少ない。
貴族の血筋であるプリムには呼ぼうと思えば多くの参列者が呼べたが、新郎側のランディには親族がほとんどいない。それを慮って、こじんまりとした身内だけの式なった。また二人もそれで十分だと思っていた。
日の光が差し込む教会の中で、司祭が合図をすると、新郎のランディが絨毯の上を静かに歩いてくる。
育ての親のポトス村の村長と、ランディの父の親友であるジェマが温かくそれを見守る。
淡い白のタキシードで身を包んだランディは、ともすると速足になりそうなのを必死で耐えていた。プリムの姿が早く見たいのはもっともだが、ここで焦ってはあとでトリュフォーやニキータやパメラなど、参列者全員にさんざん馬鹿にされるに違いない。
ランディが司祭の前に辿りついたのを見計らって、声がかかる。
「新婦入場です」
ランディはじっと扉を見つめた。
やがて静かに扉があき、肌寒い冷気が入ってくる。
眩しい光と共に、二人の人影が目に入った。
一人はプリム、そしてプリムと腕を組んでいるのは彼女の父だ。
綺麗だ綺麗だと余りにもみんなが言うので覚悟はしていたが、やはりランディは目を見開いてしまった。
ベールが下ろされてぼんやりと見える彼女の顔は、それでも華やかな印象を隠せていない。薄い化粧だが色づいた頬と赤い唇は幸せそうに綻び、いつも宝石のように輝く紫の瞳は一掃きらめきを増している。
肩が出ているデザインのドレスは、プリム自身が選んだものだ。スタイルがまともにわかるものだが見事に着こなしている。
あまりの美しさに会場中がため息をもらした。
ランディは自分の顔がどんどんと赤みを帯びてくるのを感じた。
だめだ。僕も一応主役なのに、ドジをしてしまいそうだ。
昨日、プリムにも釘を刺されたのだ。あんたがいつもの通りにマヌケなことすると私まで恥をかくんだから気をつけてよ、と。
それだけならばいつもの通りプリムのきつい文句だと思って苦笑いをするだけなのだが、彼女が跡からぼそりと言った、明日から一人一人じゃなくて夫婦として見られるんだから、という言葉には恥ずかしさと嬉しさで胸がいっぱいになったものだ。
――そうだ。しっかりしなきゃ。
ランディの考えていることがわかったのか、目が合うとふわりとプリムが笑った。
ランディは気を引き締めると、エルマンに代わってプリムの手をとった。
二人で司祭の前に立つ。
「ランディ。汝は病めるときも健やかなるときも……」
司祭の声が聞こえる。
ランディは聞き流しながら、プリムの手を握りしめた。彼女もそっと握り返してくる。
結婚式は儀式だから、一応形式には乗っ取るが、ランディもプリムも神などいないと思っていた。
そう思わなければ、あの戦いを消化することなどできなかった。
彼らが誓うのは、お互いの存在に対して。そして、赤い髪の妖精と、金色の髪の青年にだけだ。
ポポイ。どこかで見ているんだろうか。
僕たちが恋仲になったなんてことを知ったら、まっさきにからかうんだろう。
ディラックさん。あなたの最後の言葉を忘れられない。
プリムを任せると言った、あなたの気持ちを無駄にはしない。
二人で幸せになる。
ランディはそう思うと、はっきりと「誓います」と答えた。それにプリムが続く。
指輪の交換では、ランディの指が少し震えていたが、プリムは仕方ないわね、という顔ではめおわるまでゆっくり待ってくれた。
「では、誓いのキスを」
司祭の言葉に、ランディはプリムのベールをあげる。
直接見た彼女の顔は、やはりとても美しく、ランディは思わず目をつぶって顔を近づけた。直視していることに耐えられなかったのだ。
唇の感触を感じた後、参列者から歓声が上がる。祝福の声があちこちから聞こえる。
一通りの儀式を終えて少し安心し、ランディが安堵のため息をつく。
「緊張した?」
プリムがいたずらっぽく聞く。
ランディは横目で彼女を睨んだ。
「そうだね、すごく緊張した。誰かさんがあんまり綺麗だから」
ランディの言葉に、プリムがふふふと笑う。
そのとき、オルガンの音が響き、再びドアが開いた。
いつのまにか移動した参列者が、雪景色の中に白い花を両手いっぱいに抱えて立っている。
ランディは再びプリムの手をとると「行こうか」と声をかけた。プリムがうなずく。
教会の外へ一歩踏み出すと、白い花弁が一斉に降ってきた。
「おめでとう!」
「幸せになってね!」
二人が礼を言いながら歩いていくと、いつの間にか花弁の中に降り始めた雪が混ざっていた。
まるで、戦いが終わりを告げた日のように、無数の輝きが空から落ちてくる。
「綺麗……」
プリムがぽつりと呟いた。
あの日と違うのは、隣には今や一番大切となったお互いの姿があることだ。
ランディは今度こそ彼女の顔を正面から見て言った。
「プリム、幸せになろうね」
「もちろん!」
二人の言葉に、また一斉に花弁が舞った。
2011.2.12