バーチャルヒーロー

 

 

 

 6

 

 

 パンドーラの城門で、シオンと、ランディ、プリム、パメラが向き合っていた。

 

 「ありがとうございました」

 

 シオンが頭を下げた。ランディは慌ててぶんぶんと手を振る。

 

 「いえ、お礼を言われるようなことは何も……卑怯だったのは本当だし……」

 

 「いいえ。だからこそ僕はあなたと手合せがしたかったのです」

 

 シオンの言葉に、三人は「え?」と返す。

 

 「古代遺跡で、モンスター討伐を行っていたとき……僕は、あなたやプリムさんが戦っているところを見たことがあるんです。騎士団の任務は生気を抜かれた人々の救出のほうにありましたから、ちらりとですけど」

 

 ランディとプリムは顔を見合わせた。

 

 「騎士団では、型通りの訓練ばかりです。そのため、型通りの攻撃をする人しかいない。僕は、それ以外の人と戦ってみたかったんです」

 

 シオンはにこにこと続ける。

 

 「もちろん、型も大切なのですが……騎士団の中にはそれだけを大切にすればよい、という輩も多い。先の戦いで、僕はそのような心持ちが実戦においていかに役に立たないか痛感しました。本当にこの国を守る気があるのなら、型以外にも目を向けるべきだ。そういう、実戦に際しての心構えを、もっと騎士たちにわかってもらいたかったんです。そういった点では、大成功でした」

 

 ランディは眉をひそめて脱力する。

 

 「シオンさん、あなた……僕を利用したんですか?」

 

 「何をおっしゃいますか。勝負をしたかったのは本当です。それに加えて、得られるメリットも大きい。そう判断しただけのことです」

 

 ランディ様も、騎士団長の話を断れたんですから良かったじゃありませんか、とシオンはいけしゃあしゃあと言う。自分もシオンとの勝負を利用して王に断りを入れたのだと思ったランディは、押し黙った。

 

 しかし、どうもシオンは自分が思っていたよりもさらに計算高くしたたかな人物のようだ、と認識を改める。

 

 すっとシオンが姿勢を正した。にこやかな笑みは崩さず、しかし瞳には真剣さを乗せて言う。

 

 「ランディ様。いつかまた、手合せをしていただけますか」

 

 ランディは、少し考えたものの、ゆっくりと首を振った。

 

 「……いいえ。僕はもう」

 

 「今度は、ランディ様に左手で剣を持たせてみせますので」

 

 ランディは目を見開いた。シオンは優雅に微笑む。

 

「では、これで。失礼します。プリムさん、パメラも、また」

 

 シオンはランディの反論を許さず、そう告げると踵を返し、さっさと城の中へと入っていってしまった。

 

 「あーあ。ばれてたわね、ランディ」

 

 「……正直、ちょっと舐めてた。あれは将来大物になるだろうなぁ」

 

 くすくす笑うプリムと、どこか悔しそうな様子のランディに、パメラは小首を傾げる。確かにさっきの勝負のとき、ランディは右手で剣を持っていたが、それがどうかしたのだろうか。

 

 「……?どういうこと?」

 

 「本当は僕、左利きなんだ」

 

 ランディはひらひらと左の掌を振って見せた。

 

 「ええ!?」

 

 パメラは口元に手をあてて驚く。

 

 「手合せだってわかってても、戦闘が始まれば身体は勝手に動くから、僕には殺さないように戦うなんて器用なことできないんだ。戦いの中では敵は絶対倒さなくちゃいけなかったから、手加減なんてし慣れてないし……まかり間違って殺したり、大怪我させたりしたら大変だから、右手で剣を持ってたんだよ」

 

 両手で剣を持つことも多いから、ばれないと思ったんだけど、とランディはがしがしと頭をかく。

 

 「ランディ、シオンってけっこうしつこそうよ。あんたが本気出すまでつきまといそう」

 

 「僕もそんな気がする。弱ったなぁ」

 

 そう言いながらも、ランディは少し楽しそうだった。

 

 そのとき、プリムの名を呼ぶ声がした。城の窓からエルマンがプリムに手招きしているのが見える。エルマンもランディとシオンの勝負を見ていたようだった。その後すぐに、仕事に戻っていったが。

 

 「プリム、呼ばれてるよ?」

 

 「どうせ、ついでに王様に挨拶していけとでも言うんでしょ。仕方ない、行ってくるわ」

 

 プリムがぱっと走って行く。

 

 二人きりになったランディとパメラの頬を、風が撫でた。

 

 すると、ランディがぽつりと洩らした。

 

 「やっぱり、似てた」

 

 「え?」

 

 問い返すパメラにランディは笑わないでね、と言った。

 

 「シオンさんと……ディラックさん」

 

 パメラははっとした。そう言われてみれば、という顔をする。

 

 「初めて会ったとき、思ったんだ、似てるって。髪の色や、瞳の色もそうだけど、それ以上に守りたいもののために戦っているところとか。自分の信念をしっかり持ってるところとか」

 

 プリムは、全然違う、ディラックの方がかっこいいって言って怒るに決まってるから、秘密ね、とパメラに言う。パメラはくすくす笑ってそうね、と返した。

 

 「僕、もしシオンさんじゃなかったら、脅されていても手合せなんて断っていたと思う。シオンさんだったから……シオンさんがディラックさんに似てたから勝負を受けたんだ」

 

 パメラは、じっとランディの横顔を見た。おそらく、今、とても大切なことを聞いているのだ、という気がした。

 

 「僕は、本当は、ディラックさんと勝負がしたかったんだと思う。ディラックさんに勝ちたかった。ディラックさんを超えたかった。それができないから、シオンさんを代わりにした。僕こそシオンさんを利用したんだ」

 

 ランディの声が風に流れていく。

 

 「馬鹿だよね。そんなことしても何もならないのに……まだまだだな」

 

 そう言って宙を睨みつけるランディに、パメラは揺れる髪を抑えながら言った。

 

 「ねえ、ランディ」

 

 「うん?」

 

 「ディラックに勝ちたい、ディラックを超えたいって思うのは……どうして?」

 

 ランディはパメラと視線を絡める。

 

 お互い、瞳を逸らさない。

 

 やがて、根負けしたのかランディが口を開いた。

 

 「……パメラ」

 

 「なあに?」

 

 「答えをわかっていることを聞くのは……趣味が悪いんじゃない?」

 

 仏頂面をするランディを見て、パメラは声をあげて笑った。

 

 

 

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これでも最後はランプリのつもり(笑)

「バーチャルヒーロー」=「虚像の英雄」のような意味でつけました。

 

2009.3.1

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