バーチャルヒーロー
5
「これより、聖剣の勇者ランディ殿と、赤騎士団団長シオン殿の手合せを始める」
騎士団の引退者であるという、審判を務める初老の男性が声を張り上げた。
闘技場の中心で、二人は向かい合う。
シオンは先程の演習のときのまま、鎧とマントを身にまとい、剣を持っている。
対してランディは普段着と言っていい。騎士団から借りた剣を腰に提げているものの、そうでなければパンドーラ城の門前で兵に止められても文句は言えないだろう。
「あれが聖剣の勇者?」
「ただの村人じゃないのか?」
人々の囁く声に、ランディが顔を引きつらせる。プリムが笑いをこらえているのを、パメラがいさめていた。
「かまえて」
シオンは剣を両手で持ち直す。その姿は、見ている方を惚れ惚れとさせるほど、凛としていた。
だが、ランディは動かない。
審判はそんな彼に困惑しながらも「始め」と口を開こうとした。
だが、言い終わる前に風を切る音がした。続いて、剣と剣がぶつかり合う音。
ランディが、合図の前に右手で剣を抜き、シオンに切りかかり、シオンがそれを防いだのだ。
観客がざわめいた。
「まだ始まってないぞ!」
「卑怯だ!」
騎士たちが口々に叫ぶ。
だが、ランディは気に留めず、一度引くとさらに剣を振りかぶった。
シオンもすぐに驚きから脱し、応戦する。ランディの剣を弾いたあと、今度は自分から仕掛けていく。
パメラはハラハラと二人を見つめながら、汗のにじんだ手を握った。よく考えてみると、どちらの戦いもきちんと見るのは初めてなのだ。
シオンは一つ一つの動作がとても整っていて綺麗だ。踊るよう、と言ってもいい。それに比べ、ランディの剣の振るい方は滅茶苦茶に近い。シオンの剣を避けた後、無茶な体勢から斬撃を繰り出す。当然隙ができるのだが、それをシオンが狙うときにはなんとか体勢を立て直している。見ている方は怖くて仕方ない戦い方だが、なぜか渡り合っている。
周りの騎士たちがざわめき始めた。
「な、何あれ?」
思わずパメラがもらした言葉に、プリムは苦笑する。
「一応、剣術の基礎はジェマに稽古つけてもらったみたいなんだけどね。聖剣を持ったときからいきなり実戦に放り込まれたようなものだったから、ほとんど自己流で戦い方を身につけたみたいなのよ」
シオンの攻撃は型がしっかりしている分、読みやすい。ランディは次々とかわしては剣を振る。その剣先は予測が不可能だが、シオンも騎士団長の名は伊達ではなく、受けては流すことを繰り返す。実力は拮抗していると言えた。
二人の剣が派手な音を立ててぶつかり合った。
力で押し負けたランディは後ろに跳び退る。そこで、シオンが一気に距離を詰めた。
振りかぶったシオンの剣が、ランディに襲いかかる。
パメラは思わず目をつむった。
次の瞬間、ランディは近くに立っていた甲冑を蹴りあげた。二人の間を、音を立て甲冑が崩れ落ちる。
シオンは思わず剣を止めた。身体のバランスが崩れる。
ランディはそれを逃さず、甲冑を一足飛びに乗り越え、体当たりでシオンを突き飛ばした。
地面に叩きつけられたシオンの顔の横に、ランディの剣が突き刺さった。
目を見開いたシオンが、彼に馬乗りになったランディの顔を見上げる。
「……だから言ったんです。僕は、あなたの相手にふさわしくない、と」
ランディは悲しげに言った。
闘技場が水を打ったように静かになる。
審判はどうすれば良いのかわからず、おろおろとしている。
やがて、騎士の一人が大声を上げた。
「外道だ!合図を待たなかった上に、甲冑を利用して隙を作る、あまつさえ突き飛ばすなど!こんなもの、勝負とは言えないではないか!」
「そうだ!負けて自分の名声を落とすことを恐れたのか!これが勇者の戦い方なのか?」
「そうだ!卑怯だ!」
「恥を知れ!」
非難の声はどんどん大きくなり、観客たち全体が騒々しくなる。
闘技場の中の二人だけが、ぴくりとも動かない。
暴動でも起こりそうな雰囲気に、パメラが顔を真っ青にする。
そのとき、すべてを鎮めるほど澄み切った声が響き渡った。
「うるさい!!」
プリムが、拳を手が白くなるほど握り締めて立っていた。
「あんたたち、聖剣の勇者として戦うことがどういうことかわかってるの?何も知らないくせに、偉そうなこと言うんじゃないわよ!」
プリムは目をぎらぎらさせて、周囲を睨みつける。
その迫力に、それまで好き勝手に話していた観客たちが、皆プリムに目を奪われた。
「勇者に代わりはいないのよ。聖剣を扱えるのはランディだけなの。ランディが負けたら、そこですべては終わりだったわ!私たちは、絶対負けるわけにはいかなかったのよ!勝つためには何でもやったわ。やるかやられるかってときに、卑怯だなんて言ってられないのよ!そんなこともわからないで、勝手なこと言うんじゃないわよ!」
プリムの目に悔し涙が浮かぶ。
再び闘技場全体が、沈黙に包まれた。
いつのまにか、ランディが立ち上がり、そっとプリムに歩み寄った。
涙を乱暴に拭うプリムの腕を、優しく取る。
「……ありがとう、プリム」
「私が、悔しかっただけよ。何も、わかってないくせに……!」
ランディは力なく微笑むと、王のいるバルコニーを振り仰いだ。
「王様」
呆気にとられていたらしい王が、ランディの視線を捉えたのがわかった。
「これでおわかりになったでしょう。僕は、騎士には向いておりません。要請はお断りします」
ランディは深く一礼した。
闘技場に落ちた沈黙は、しばらく破られそうになかった。
2009.3.1