バーチャルヒーロー

 

 

 

 3

 

 

 プリムとパメラと別れ、ランディはポトス村への帰路についていた。太陽は西へと向かい始めている。

 

 しかし、本当に参った。どうすればことを荒立てず断れるのだろうか。

 

 ランディは歩きながら考える。うーんと腕組をしながら空を見上げてみるが、それで良い案が浮かぶわけでもない。

 

 最初から、ポトス村にずっと留まるつもりではなかった。

 

 聖剣を返すためにはポトス村を通らなければならなかった。緊張しながら帰ったランディを、村長や村の人々が出迎えてくれた。

 

 彼らは自分に謝罪してくれた。「聖剣を抜けば災いが起きる」という言い伝えの根拠は、「マナに異変が起こり、世界に災いが降りかかるときに、聖剣が抜かれる」からであり、ランディに落ち度があるわけではないと、ジェマが説明してくれたらしい。

 

 村長はまた村に住むよう言ってくれた。だが、起こったことはなかったことにはできない。いくら和解したと言っても、村の人々も、村長でさえ、わだかまりやよそよそしさは残っている。お互い、とても暮らしやすい環境とは言えなかった。

 

 落ち着くまでは村長の好意に甘えよう、と思っているうちにしばらく経ってしまい、そして、厄介な事態を招いてしまった。

 

 「こんなことなら、さっさと出て行くんだったなぁ……」

 

 だからと言って、これからどうするという宛てもない。

 

 「弱った……」

 

 思わず足を止め、深く溜息をついたそのとき。

 

 「ランディ様」

 

 涼やかな声に自分の名前を呼びかけられ、ランディは振り向いた。

 

 そこには、彼と同年代の青年が立っていた。

 

 パンドーラ地方出身者の特徴である白磁の肌に、西日に映えて実った稲の穂のように輝く金色の髪。海と同じ色をした蒼い瞳がにこやかに細められている。

 

 恐ろしく整った、しかし、覚えのない顔だ。

 

 ランディは困惑しなかった。最近では、聖剣の勇者の肩書故に、見知らぬ人に声をかけられることは珍しくない。さすがに様付にはいささか顔が引きつるが。

 

 「突然のご無礼をお許しください。僕は、パンドーラ王国の赤騎士団団長、シオンと申します」

 

 そう言ってシオンは一礼した。その口調にも、動作にも、どことなく気品が漂っている。加えて、赤騎士団団長という肩書。

 

 おそらくは、パンドーラの貴族なのだろう。しかも、おそらくは、かなり高い身分の。

 

 「聖剣の勇者、ランディ様とお見受けします。実は、折り入ってご相談がございまして」

 

 「……はぁ。確かに僕はランディですが、もう聖剣は手放した身です。何のご用でしょうか」

 

 ランディはなんとなく嫌な予感を胸に抱きながら苦い口調で言った。

 

 シオンはそれに気付いているのかいないのか、全く意に介さず明るく言った。

 

 「はい。僕と、勝負をしていただけないかと」

 

 「……勝負」

 

 「はい。手合せを願いたい、ということです」

 

 ランディはあからさまに顔をしかめるが、シオンは依然にこにことしている。

 

 鈍感なんだろうか、とランディの疲れが増した。

 

 こういったことは、ポトス村に戻ってから二、三度あった。「聖剣の勇者」を倒せば名を上げられると考えるのだろう。

 

 だが、ランディはそれらの類の申し出はすべて断っていた。

 

 「申し訳ないのですが、僕は二度と剣は持ちません。他を当たっていただけますか」

 

 ランディはきっぱりと言った。先程プリムに言われた通り、生来優柔不断な彼だが、最近では曖昧な返事をすれば付け込まれるということを学んだのだ。

 

 「しかし、現在この世界で最も強いと言えるのはあなたでしょう。そうでなければ意味がありません」

 

 シオンは引き下がらない。自分の希望が通らないことなど考えもしない態度だ。

 

 彼は熱のこもった様子で話し始めた。

 

 「僕は、パンドーラ王国を愛しています。この国を守るために強くなりたい。そのために、今の自分を試したいのです。あなたを倒して名を上げようなどと考えていません。

 

 先の戦いでは、多くの国の周辺に現れた、あるいは古代遺跡に残っていたモンスターを倒しました。ですが、帝国の実力者と戦うことなど、一介の騎士にはできませんでした。

 

 なので、自分の実力がどこまで通用するのかがわかりません」

 

 ランディが口を挟めないほど、シオンは必死に訴える。

 

「今は平和ですが、この先もずっと平和とは限らない。第二、第三の皇帝や、タナトスが出てくるかもしれない。そのときに備えておきたいのです」

 

 熱心に語るその口調。迷いなど見えない瞳。揺るぎない意志。

 

 「……似てる」

 

 「え?」

 

 「いえ、何でもありません」

 

 ランディはかぶりを振った。

 

 「あなたの熱意はわかりました。とても立派な心構えだと思います。ですが、僕は……あなたの相手にふさわしくない」

 

 「どういう意味ですか」

 

 シオンはランディを真っ直ぐに見つめて尋ねてくる。そのあまりの純粋さに、ランディはたまらず目を逸らした。

 

 「僕の意思は変わりません。手合せをする気はありません。お引き取りください」

 

 ランディは頭を下げた。こういう相手には、余計なことは付け足さず、はっきりと言うしかない。

 

 しばらく沈黙が流れた。

 

 あまりにシオンが何も言わないので、怒らせてしまったかとランディは顔を上げた。

 

 そこには、先程のようににこにこと微笑むシオンがいた。

 

 ランディはその笑顔に、さらなる悪い予感を感じる。

 

 「あの……?」

 

 「では、条件をつけましょう」

 

 シオンはまるで役者が台詞を言うように朗々と述べた。

 

 「ランディ様は、王から騎士団長になるように言われてお困りなのでしょう?

 

 僕と勝負して、僕が勝ったなら、聖剣の勇者よりも強い者が騎士団の中にいるのだから、わざわざランディ様を騎士団に迎える必要はない、ということになる。

 

 逆に、僕が負けたなら、ランディ様への騎士要請を取り下げるよう、王を説得してみせます。どちらにしろ、ランディ様は騎士団長から逃れることができる」

 

 「……説得なんて、できるんですか?」

 

 ランディは疑わしげに尋ねる。赤騎士団の団長ともなれば、かなりの地位になる。しかし、だからといって王が一介の騎士の言うことに耳を貸すとは到底思えなかった。

 

 だが、シオンはランディよりも上手だった。

 

 「もちろんです。僕は、現王の弟ですから」

 

 「――ええええ!?」

 

 ランディは思わず大声をあげ、慌てて姿勢を正した。

 

身分が高いだろうとは思ったが、まさか王族とは予想外であった。

 

「畏まるのは止してください。僕は妾腹の子、加えて現王には息子もいます。王位継承権には元より程遠いところにいましたし、それも騎士になるときに放棄しました。ただの、一人の王国の騎士に過ぎませんよ」

 

ですが、とシオンはいたずらっぽい顔で続ける。

 

「王は年の離れた弟である僕のことをずいぶんと可愛がってくれています。僕の言うことであれば、耳を傾けてくれるでしょう。どうです、悪い条件ではないと思いますが」

 

ランディはやられた、と額に手を置いて宙を仰ぎたい気分だった。

 

おそらくシオンは、最初からこれを狙っていたのだ。ここまでされれば、ランディに逃げ道はない。にこやかに笑っているシオンを、自分の希望はすべて叶うと思っているただの能天気な貴族のお坊ちゃんと思ったのが間違いだった。

 

ランディは駆け引きに負けた自分を胸中で罵りながら、苦々しくシオンに承諾の返事を告げた。

 

 

 

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2009.2.24

 

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