バーチャルヒーロー

 

 2

 

 

 「パンドーラの騎士に!?」

 

 パメラは思わず大声をあげた。

 

 フォークに刺したアップルパイの一片が、ぼとりと皿に落ちる。

 

 ただでさえこちらに注目していた周囲の人たちが、何事かと聞き耳を立てる気配があった。

 

 パメラは申し訳なさそうに体を小さくすると、声をひそめた。

 

 「……騎士になるように、国王から直々に要請があったって……本当なの?」

 

 「うん」

 

 ランディが苦笑しながらうなずく。パメラは目を丸くした。

 

 「それって……かなり異例のことよね、プリム」

 

 「そうね。騎士になるのは基本的に希望者だものね。それも、厳しい審査を通らないといけないし」

 

 プリムはアップルパイを口に運びながら言う。

 

 「ランディが騎士になるってことは……青騎士団に入れってこと?」

 

 「それが違うのよ。赤、緑、青をまとめる騎士団長になれっていうんだから、めちゃくちゃよ」

 

 パメラはもう一度叫ぶかと思ったが、ぐっと堪えた。

 

 パンドーラの騎士団は、城の警備や王の警護、パンドーラの領内に現れたモンスターの討伐などを請け負う。騎士団の組織は、その出自によって三つに分かれている。

 

 パンドーラの貴族である場合は、赤騎士団。

 

 パンドーラ国内の平民である場合は、緑騎士団。

 

 パンドーラ国外の出身である場合は、青騎士団である。

 

 ちなみに、ディラックはキッポ村の出身であるため、青騎士団であった。

 

 魔女討伐隊は非常事態に伴い特別に組織されたものであり、そのメンバーのほとんどが、緑と青の騎士団から出されていたという。赤騎士団の騎士の肉親が、金を積んだ結果である。

 

 プリムはよく「騎士団の分け方がもう差別よね、時代遅れよ!」と言っている。

 

それはこの国が王制を取っていて、まだ貴族など血統を重んじる風潮がある故だろう。

 

 赤、緑、青のそれぞれに騎士団長がいるが、それを束ねるすべての騎士団長、というのは今まで存在しなかった。それをランディに、というのだから驚く話ではあった。

 

 だが、同時に、普通に考えればとても名誉な話でもある。

 

 「ランディは、あんまり乗り気じゃないの?」

 

 パメラは心配そうに聞いた。浮かない顔をしているランディが気になったのだ。

 

 「そりゃそうよ!こいつに騎士なんて似合わないわ。王様も何考えてるんだか」

 

 ランディの代わりに、行儀悪くテーブルに肘をついて頬杖をついたプリムが言った。

 

 ランディはそんなプリムを見て笑っているだけだった。肯定ということだろう。

 

 「じゃあ、今日はその要請を断りに?」

 

 「うん。もう三回目なんだけどね。なかなかあきらめてくれなくて、今日も長くかかっちゃった」

 

 溜息をついて紅茶に口をつけるランディに、プリムが横目を向ける。

 

 「そういえば、あんた、タスマニカのほうは断れたの?」

 

 「うん。あっちはジェマからだからね、話もすぐ済んだよ」

 

 話がつかめずきょとんとするパメラを見て、ランディが説明を加える。

 

 「タスマニカの騎士にならないかって話もあったんだ」

 

 「ええ!?」

 

 今度こそまた大声を出してしまったパメラは、口を押さえて顔を赤くする。

 

 タスマニカの騎士団は世界一と言われる実力を持っている。入団の条件はパンドーラの騎士団よりも遥かに厳しく、合格するのはほんの一握りだという。だが、実力さえあれば誰でも受け入れるというところでは門戸は広く開けていると言えるが。

 

 「断っちゃったの?もったいない!」

 

 パメラが思わず本音を漏らし、ランディもプリムも笑った。

 

 「確かにね。でもたぶん、ジェマも一応言ってみただけじゃないかな。僕にその気がないってわかったら、すぐ引き下がってくれたし」

 

 「ジェマは、ランディのこと心配してるのよ。タスマニカの騎士になったら、一生安泰でしょ。それに、タスマニカの国から今回世界を救ったことに対して名誉勲章とか報奨金を出すこともできる。たぶん、ランディに何かしてあげたかったんだと思うわ」

 

 「……そうかもね」

 

 ランディが寂しそうに言った

 

 ジェマの気持ちはとても嬉しいし、有難いと思う。だが、今回のことで名誉や地位や金を与えられるなど、自分には耐えられない、とランディは思う。

 

 自分は、何も、救えなかったのだから。

 

 「ま、パンドーラの王様は他に思惑もあると思うけどねー。聖剣の勇者が騎士団にいるとなると、他の国に対する影響力も増すし?」

 

 「プリム、声が大きいわよ」

 

 不敬なことを声高に言うプリムを必死にパメラが止める。ランディは苦笑するしかない。

 

 「で、今回こそ、王様にきっぱり断ったんでしょうね?」

 

 「いや、それが……」

 

 「はあ!?あんたまた優柔不断なこと言ったんでしょう!だから私が一緒に行くって言ってるのに」

 

 旅の最中、プリムははっきりとものを断れないランディにいらいらすることがよくあった。町で物売りや客引きに声をかけられ、なかなかノーと言えず、変なものを売りつけられることなどしょっちゅうだったのだ。

 

 プリムが憤慨して言うのに、ランディは顔を引きつらせる。歯に衣着せぬ物言いをするプリムは、自国の王に対しても容赦ない。連れて行ったりしたら何を言うかわかったものではなかった。

 

 「い、いや、本当にきちんと断ったんだよ!でも、ポトス村の村長に話をしなければならないね、って言われて……。もう少し考えるから、村長に言うのは待ってほしい、としか言えなくて」

 

 だんだん声が小さくなっていく。プリムは腕組をして上体を椅子にあずけた。

 

 「卑怯ねー、王様も!あんたの一番弱いところよくわかってるじゃない。でも、あんたも悪いわよ、そこでさらに強く出ないと!」

 

 「そうなんだけど、ね。村長に迷惑はかけられないし……」

 

 恐縮して言うランディに、パメラはランディの境遇を思い出した。ランディは村長に育ててもらったという恩義があるため、そこを突かれると弱いのだろう。

 

 パメラはでもプリム、と口を開いた。

 

 「村長さんは、領主である王様に逆らえないわ。村の立場を悪くしてしまうもの。もし王様が村長さんに話をしたら、村長さんはランディに王様の要請通り騎士になってくれるように頼むでしょうね」

 

 パメラの言葉に、ランディはそうなんだよね、と弱ったように言う。

 

 「そうなったら、また村を出るしかないかな」

 

 ランディが空を仰いだ。

 

プリムは、そんなランディを彼に気づかれないように不安そうに見ていた。

 

「でも、今出て行くとなぁ。僕がいなくなったのが村長の責任だってことになったりしたら余計迷惑がかかるし。だからと言ってこのままだと、八方塞がりで騎士になるしか道はなくなるし……」

 

「ジェマに王様を説得してもらったら?」

 

「いくらジェマでも王様に盾突いたりしたらまずいよ。立場としてはタスマニカの騎士なんだし、外交問題にでもなったら……」

 

プリムの提案も打ち消すしかなく、ランディは心底困ったといった顔だ。

 

 パメラは恐る恐る聞く。

 

 「ねえ、どうしてそんなに騎士になるのが嫌なの?」

 

彼女からしてみれば、騎士という職業は多少の危険があるものの、平和になった今ではそこまででもないと言えた。名誉で給与も良く、魅力的に思える。ランディの剣の腕ならば先の戦いの証明済みだし、十分やっていけるだろう。年をとり、剣を振るうことが難しくなっても、後進の指導に就けばいい。名誉職と称して何もせず給与のみを与えられている輩もいるほどだ。そこまでして拒否することのほうが不思議であった。

 

 沈黙が落ちた。

 

 ランディが無表情になる。プリムは紅茶に手を伸ばし、無言でもうほとんど中身のないそれをすすった。

 

 パメラは聞いてはいけないことだったか、と身を固くした。

 

 ランディはすぐ、パメラの様子に気づき、安心させるように笑ってみせた。

 

 「そうだね、嫌というか。僕には合わないと思うし。それに、決めてるんだ」

 

 その言葉を言うときだけ、ランディの顔が無表情に戻った。

 

 

 

 「僕は、二度と、剣は持たない」

 

 

 

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騎士団の設定とか、ポトス村がパンドーラ国の領地だとかは、全部ねつ造です。

あと、騎士団の名前は光の三原色から来ています。

 

2009.2.23

 

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