バーチャルヒーロー
1
抜けるように晴れた青空に、温かい陽気が漂う昼過ぎ。
「ランディ!」
パンドーラ王国の街中に、明るい声が響いた。
喫茶店のバルコニーの席から手を振る声の主に、ランディは苦笑をする。
「ねぇ、あれって……」
「聖剣の……」
「エルマン大臣の娘じゃないか……」
本人たちはひそひそと話しているつもりなのだろうが、周囲の呟きというものは、意外と耳に入るものである。
最初は対処に困ったそんなことにも、もうすっかり慣れてしまった。
ランディは街の人々の視線に気付かないふりをしながら、バルコニーへと歩を進める。
待ちかねたような顔で出迎えたのは、輝く金色の髪に、紫の瞳が印象的なプリムであった。この王国内では、聖剣の勇者と共に世界を救った者としても有名であるものの、エルマン大臣の令嬢のおてんば娘としてのほうが、通りが良い。
その隣には、ゆったりとした青い髪を肩までおろしたプリムの親友、パメラも座っていた。
「ランディ、おっそーい!」
「ごめんごめん。今回は手こずったよ」
ランディは自分も席につきながら、プリムへ弁解の言葉を向ける。それからウエイトレスに向かって紅茶を注文すると、プリムがすかさず「あと、アップルパイを二つ!」と割り込んだ。
そして、遅れてきたんだから、これくらいはしてもらわないとね、とにやりと笑う。
ランディが溜息をつきながら、「二つも食べるの?」と言う。
プリムは口を尖らせて、バシッとランディの肩を叩いた。
「いったぁ!プリム、少し加減ってものを……」
「いやね!もうひとつはパメラの分に決まってるでしょ!」
「ええ、私?」
それまで二人のやり取りを微笑ましく見ていたパメラは、突然出てきた自分の名前に困った顔をした。
「私は別に大丈夫よ。さっき頼んだ紅茶もまだあるし……」
「いや、遅れてきたのは本当だし。それくらいさせて」
ランディはそう言ってパメラに向き直った。
「お久しぶり、パメラさん。元気だった?」
「パメラでかまわないわ、ランディ。ええ、とても元気だったんだけれど、ずっと行方不明だったでしょう。家の者が心配して、なかなか外に出してくれなくて……最近、やっと許しが出て、久しぶりにでかけることができるようになって。嬉しくてしょうがないの」
パメラが笑って言うが、その瞳には少し陰があった。
それは、対するランディやプリムも同じだ。
あの戦いから、四ヶ月が経っていた。
すべてが終ったあとも、世界中の混乱はしばらく続いている。
パンドーラは比較的早く復興を遂げたほうで、帝国などは支配系統が丸ごと瓦解したため、統制がとれない状態のようだ。クリスたちが、人々を指揮して奮闘しているという噂が聞こえてくる。
ランディは聖剣を戻した後、ポトス村に留まっている。村の畑仕事を手伝ったり、村の子どもたちに世界の各地の話を聞かせたりしているという。
プリムはパンドーラ王国の実家に戻り、今のところおとなしく暮らしている。父親との関係も、プリムが大人になったこともあるが、何よりプリムがいない間に父・エルマンが娘への接し方を反省したこともあり、うまくいっているという。相変わらず喧嘩は絶えないらしいが、以前のようなお互いを否定するようなものではなく、コミュニケーションの一種の手段のようだ。
家人に遠慮して外出できないパメラのために、プリムはよく彼女の家を訪れて、いろいろなことを話してくれた。そのため、パメラはプリムのことだけではなく、プリムを通してランディがどうしているかも詳しく聞いている。だが、二人が直接会うのはあの戦い以来のことであった。
少し重たい沈黙が流れた。三人とも、あの戦いで負った傷は大きい。これからどうすれば良いのかまだ考えることができず、ただ漫然と日々を過ごしていると言えた。
パメラは空気を変えるように口を開いた。
「プリムとランディは、よく会ってるの?」
「そうね、ランディがこっちに出てきたときには」
「何かパンドーラに用事があるの?」
何気なくランディに聞いたパメラの一言に、ランディの顔が歪んだ。
顔をかきながら、疲れたように言う。
「実は……ちょっと困ったことになってて」
2009.2.23