ティータイムはおしまい
「ねえねえ、聞いた?大臣の娘の……」
「プリム様の話?」
「知ってる!シオン様とお食事に行ったらしいって噂でしょ!」
「ええー、ショック!」
パンドーラの街中、女の子たちに人気の雑貨店。
食器を物色していたパメラは、聞こえてきた親友の名前に耳をそばだてた。彼女の背後では、街の少女たちが幾人かで噂話に興じているようだ。
「悔しいけど、美男美女の組み合わせよね。絵になるわ」
「私はなんかイヤ。だってあの人、ディラック様の恋人だったじゃない。ディラック様が亡くなってから半年も経ってないのに、次の人なんて」
「うーん、そうよね。所詮美人に対するひがみなのはわかってるけどさー」
パメラは交わされる会話に出てきた彼の名前に、胸を押さえた。
彼への愛しさは未だ疼いている。それに伴い唯一無二の親友に抱いた嫉妬と憎悪への後悔も。
パメラは蘇ってくる喪失の痛みと、自分がしてしまったことへの後悔と嫌悪に目を瞑る。
その間にも、会話は進んでいく。
「それに、聞いた?プリム様の他の噂!」
「え?なになに?」
「聖剣の勇者様が、けっこう頻繁に彼女に会ってるって話よ!」
パメラは話の行方が変わったことに気づき、貴族の子女としてみっともないと思いながらも、そのまま聞き続ける。
「聖剣の勇者様とプリム様は一緒に戦った仲間なんだから、当然じゃないの?」
「そうなんだけど。なーんか怪しくない?勇者様もけっこうかっこいいじゃない!」
「えー、私シオン様のほうがいいわ」
「でもわかる!勇者様も優しそうな人よね」
「どっちが本命なのかしら」
「二人とも違うタイプよね」
「まさか二股だったりしないよねー?」
声が遠ざかっていき、少女たちの集団は店から出ていった。
パメラはつめていた息を吐き出した。そして、今聞いたことを反芻すると溜息をついた。
「パメラお帰り!待たせてもらってたわ。あのね、今日ランディがパンドーラに来てるの。明日になったら時間ができるらしいから、うちで一緒にお茶しない?おいしいレアチーズケーキをいただいたところなの」
パメラが買い物から自宅に戻ると、先ほど聞いた噂の中心人物が遊びに来ていた。
勝手知ったるといった風情でパメラの自室で待っていたプリムは、紫紺の瞳をきらきらと輝かせながらパメラに話しかけてくる。
「……うん」
「あら?どうしたの、難しい顔して」
プリムはきょとんとして首を傾げる。
パメラは溜息をつくと、持ってきた二つのカップをテーブルに並べて、プリムに向かい合う。
「ねえ、プリム。シオンと食事に行ったって本当?」
パメラの言葉にプリムが露骨に顔をしかめる。
「嫌だわ、パメラまで。騎士団の騎士たちに、モンスターの弱点について講義をしてくれないかって頼まれたから了承したの。そのお礼ってだけよ。みんなして噂するんだから」
「別に二人の仲を疑ってるわけじゃないし、口を出す権利がないこともわかってるわ。ただ、プリムももう有名人なんだから、どんな風に見られるか理解しておいた方がいいわよって言いたいの」
パメラは少々きつめに言う。今日の少女たちの噂話などまだかわいいものだ。話によってはもっとひどくプリムのことを中傷するものもある。
すると、プリムがくすりと笑った。パメラは彼女がことの重大さをまだわかっていないと思って目をつり上げる。
プリムは違う違う、と手を振った。
「わかってるわよ、自分の立場は。笑ったのはね、あなたが変わったなと思ったからよ」
「え?」
「前は私のすることに文句なんて言わなかったじゃない。いつも遠慮してばかりで」
パメラははっとする。
プリムはにこやかに目を細めて言った。
「自分の意見は閉じこめて、私の言うことに頷いてばかりだったのに。なんだか嬉しいわ」
パメラは顔を真っ赤にして俯いた。プリムはそれを見てくすくすと笑う。
大人しく、引っ込み思案なパメラは幼い頃からプリム以外の友人がいなかった。快活なプリムは様々な場所にパメラを連れ出してくれた。プリムがいなければパメラの世界は広がることはなかった。
だからこそ、プリムに嫌われることが怖かった。
そして、親友のはずなのに、言いたいことも言えなくなってしまっていったのだ。
「……私は、本気で心配してるのよ」
パメラは頬を膨らませる。
「ふふ、わかってる。ありがと。でも大丈夫よ、噂なんてすぐに廃れて消えるわ」
そう言いきるプリムは、凛として本当に美しい。力のことではなく、彼女は強い。
「ねえ、本当に、シオンとは何もないの?」
「ないわよー。シオンはいかに自分が強くなるか、パンドーラを守るかってことしか考えてないわ。顔はいいけど、あれじゃあ女の子は退屈かもね。色気のある話なんてしてないわ」
それなのに、みんなして騒ぎ立てるんだから。嫌になるわ。
以前から、大臣のお転婆娘として有名だったが、それに聖剣の勇者の仲間という肩書きが加わった今では、王族並の知名度だ。それが、現王の弟とデート、となれば大衆の待ち望む一大ロマンスだ。噂になっても仕方がない。
パメラは少し考えると、さりげなさを装って言った。
「じゃあ、ランディとは?」
「え?なんであいつの名前が出てくるの?」
プリムはきょとんとしたように言うが、パメラはその返答が不自然に早口であることに気づいていた。
「よく会ってるじゃない。明日も会うんだし」
「……そんなことないわよ」
そう言って、プリムは会った回数を数え始める。
「あいつが村に戻ってからは、水の神殿で何回か、あとはパンドーラのカフェでお茶したとき、それから……」
ぶつぶつと呟くプリムの話を聞いているうちに、パメラは違和感を覚える。
「……ねえ、プリム」
「何?」
「もしかして、ランディと会うとき、必ず誰かが一緒にいる?」
プリムは少し考えたあと頷いた。
水の神殿で会ったということは、必然的にルサ・ルカもその場にいるだろう。そして、パンドーラで会うときはたいてい自分が一緒だ。明日の件にしたってそうだろう。だが何も、いつも必ずパメラを誘う必要はない。
「どうして二人きりで会わないの?たまには私抜きで話したいこともあるんじゃないの?」
二人は、パメラといるときはほとんどあの戦いの話をしない。だが、振り返りたいときもあるのではないか、とパメラは思うのだ。
「た、たまたま誰かがいるだけよ」
「そう?ランディがパンドーラに来るたび、私いつもプリムに誘われて一緒に彼に会ってる気がするんだけど」
「き……気のせいよ」
「そうかしら」
パメラは意地悪く追求する。
普段とはまるで逆のパターンだ。
プリムがたまらず俯いた。
しばらく居心地の悪い沈黙が落ちた。パメラはカップを手に取り、紅茶を口に含むとじっと次のプリムの言葉を待つ。
やがて、プリムの囁くような声が聞こえた。
「……る、のよ」
「え?なに?」
「ディラックに、悪い気が……するのよ」
パメラは驚きに目を見張る。あの戦いのあと、ディラックの名をプリムの口から聞くのは初めてだ。
「それ、どういうこと?」
「ランディと二人で会うと……なんか、そんな気がするだけ。ディラックがいなくなって間もないのに、ランディと笑い合ってるなんて……」
プリムの表情は痛々しい。
だが、パメラはそんなことにかまってられなかった。
まさか、という思いに早口で尋ねる。
「で、でもシオンと二人で食事に行くのはいいの?」
「え?だってシオンはただの知り合いだわ。そんなこと思わないわよ」
さも当然でしょ、というように胸を張るプリムに、パメラは呆れ返って言う。
「じゃあなんで?」
「え?」
「なんで、シオンはよくて、ランディとはだめなの?」
「なんでって……」
プリムは、今初めて疑問を持ったというように困惑した顔を見せた。そして真剣に考え込み始めてしまった。
パメラは大きく溜息をついた。
「……プリム。あなたいつからそんなに鈍くなったの?」
パメラの言葉に、プリムが顔をあげた。その言葉の意味を租借したあと、頬が赤く染まっていく。
「……え、違う!ちが……そんなっ、ええ!?」
プリムは狼狽しているのか脈絡のない言葉を呟き出す。
パメラは今日何度目かわからない溜息をつくと中身を飲み干したカップを片づけ始めた。
2009.6.9