ひだまり

 

 

 「ポポイ、髪伸びたねえ」

 ランディが何気なく言った言葉に、ポポイはそう?と首を傾げる。

 午後を少し過ぎたところで、今日の目的の村に着いた三人は、宿屋で久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。

 「そうね、最初の頃に比べたら伸びたわね。邪魔じゃない?」

 「うーん?元から長いからあんまり気にしてなかったな。言われてみれば、ちょっと邪魔かな」

 ポポイは自分の髪を指先でもてあそぶ。

 ランディはそんな光景をじっと見ていたが、ふと思いついたように言った。

 「僕、切ってあげようか」

 「え?」

 二人が驚いた顔でランディを見る。

 「剣を扱ってるからってわけじゃないけど、刃物を使うのは得意だよ。村にいたときは、自分の髪は自分で切ってたし」

 「え、美容院とか行かないの?」

 プリムが返した言葉に、今度はランディとポポイの二人が首を傾げてプリムを見る。

 「美容院?何それ?」

 綺麗に重なった二人の声に、プリムはため息をついた。

 「そうよね。ポトス村みたいな田舎の村や、ましてや妖精の村にあるわけがないわよね……美容院っていうのは、人の髪をきることを商売にするお店よ」

 「ええ、それでお金をとるの?」

 「他にも、髪を洗うのをやってくれたりするのよ」

 「自分でできるじゃないか。変なの」

 ランディとポポイはそれで商売が成り立つということに納得がいかないようだ。プリムは早々に説明をあきらめた。

 「いいわ、もう。せっかくだから切ってもらったら、ポポイ。私は買い物をしてくるわ」

 プリムの言葉に、ランディは「任せてよ」と頷いた。ポポイは戸惑いながらも頷きを返した。

 


 二人は新品のはさみに、前掛け、椅子などを用意した。宿屋の庭を借りて髪を切ることにする。

 椅子にポポイを座らせて、前掛けをかけさせ、ランディは傍らに立った。どうやらどこから髪を切り始めるか思案しているらしい。

 「ねえ、アンちゃん」

 「んー、何?」

 「どうして今日、この村に着いたところで進むのをやめたんだ?まだ昼下がりだし、もう少し進めたんじゃないかな」

 ポポイは何気なさを装って尋ねる。

 ランディが自分の髪に注目していてよかった。そうでなければ、この質問はしなかっただろう。面と向かって言えば、尋ねることに緊張しているのがわかってしまったかもしれないからだ。

 ポポイはここのところ、調子がよくなかった。

 まだ軽度だが、たまに目眩や立ちくらみを感じるのだ。

 原因はわかっている。マナの減少だ。

 いよいよ妖精の身体を維持するのに支障を来たすほど、マナが失われてきているのだ。

 ――マナが消えれば、妖精も消える。

 妖精の村のじっちゃんが言った言葉を覚えている。

 ポポイは自分の体調が悪いことをランディとプリムにはひた隠しにしていた。

 余計な心配をかけたくないからだ。

 だが、今日、この村に着いたときに、今日進むのはここまでにしよう、という二人の言葉をきいて、もしや体調が悪いことがばれていて、気遣われているのではと思ったのだ。

 「いや、単にこれ以上進もうとすると今日も野宿になっちゃうからだよ。焦ってもいいことないしね」

 ランディはのんびりと答えた。

 ポポイはその口調から、ばれていないらしいと胸をなでおろす。

 「じゃあ切るよ」

 ランディがはさみを構える気配が背後でした。

 しゃきしゃきと断続的に髪を切る音が聞こえる。

 午後の日差しがゆったりと二人を照らしている。今までになく穏やかな時間だ。

 ――ああ、よかった、ばれてないんだ。

 ポポイは心の中で再び安堵のため息をつく。

 アンちゃんにもネエちゃんにも余計な心配かけたくない。これからも知られないようにしないと。

 そう考えながら、ポポイはどこかでもう一人の自分が囁くのを聞いた。

 余計な心配をかけたくない?二人に不調を隠している理由は本当にそれだけか、と。

 ざわりと胸が騒ぐ。

 「ポポイの髪って綺麗だね」

 ランディが相変わらずのんびりとした口調で言った。

 「え、そ、そう?」

 意識が別のところにいっていたため、間抜けな声で返事をしてしまった。ランディは特に気にした様子もなく続ける。

 「うん。僕なんて剛毛だからさ。切るのもすごく苦労するんだ。ポポイの髪はこんなに長いのに、まとまってうらやましいよ」

 「そうかな。気にしたことなかった」

 「綺麗だよ。それに、色も」

 そう言って作業の手を止めたランディは、ポポイの髪を太陽にかざして見ているようだ。

 髪の毛が引っ張られるのに、ポポイは抗議の声を上げようとした。

 そのとき、ランディが言った。

 「――太陽の色だね」

 ポポイははっとして口をつぐんだ。

 「いつも僕らを照らしてくれる、あたたかい、お日様の色だよ。ポポイと一緒だね」

 そう言ってランディが微笑む気配がした。

 そしてまた作業を始める。しゃきしゃきという音だけが響く。

 ポポイはぎゅっと手を握りしめた。

 ――心配をかけたくないから、だけではない。

 オイラはわかってるんだ。多分、マナの要塞は復活してしまう。

 タナトスと帝国の力は強大だ。ジェマやルカが協力してくれているとはいえ、自分たち三人の力などちっぽけなもの。既に大幅な遅れをとっているのもわかっている。

 マナの要塞はおそらく復活してしまうだろう。マナは吸い取られ、消えてしまう。

 そうなれば――自分は消える。

 そんな結末が訪れたとき、きっとランディもプリムも悲しむ。

 どこかでわかっているのだ。きっと何もかもがハッピーエンドにはならない。

 だから、今はこのままで。束の間でいい、穏やかな時間を過ごしたいのだ。

 ――アンちゃん、ごめん。

 自分を太陽に例えてくれて嬉しかった。

 でもごめん。オイラはきっと……本物の太陽にはなれない。

 沈んでもまた昇ってくる太陽のようには、なれない。

 ずっと二人の前にいることは、できない。

 そうならないために今戦っているのに。予感がするのだ、どこかで。

 はさみがリズミカルに音を刻む。

 赤い髪が、地面に落ちていく。

 ――アンちゃんが、髪を見ていて本当よかった。

 そう思ながら、ポポイはいつのまにか頬を伝っていた涙を、ランディに気づかれないようにそっと拭った。

 

 

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2010.2.7

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