父を継ぐ

 

 2

 

 「――……信じられん」

 

 すべての話を聞き終わったあと、開口一番ジェマはそう呟いた。

 

 「ランディが、セリンの息子……まさか、そんな……」

 

 思わずジェマは頭を抱え込んだ。

 

 「やっぱりジェマ、セリンさんのこと知っていたのね。ランディのお母さんがセリンさんはタスマニカの騎士だって言ってたから、もしかしたらって思ったけど」

 

 「知っているも何も……立場としては部下だったが、共和国の中で唯一私と渡り合った好敵手だった。そして、最も信頼していた仲間だった」

 

 ジェマは深く息を吐くように言葉を紡ぐ。

 

 「だが、十五年前の戦いで行方不明に……そうか、聖剣を取りに行って……そうか……」

 

 そして、気持ちの整理をつけるように首を振った。

 

 「すまない。ずっと行方不明だったので、セリンのことはほとんどあきらめていたのだが……改めて死んだことを知ると、やはり衝撃があるものだな」

 

 プリムとポポイは気の毒そうにしながらも、ジェマに尋ねる。

 

 「じゃあ、ランディのお母さんのことも知ってるの?」

 

 「いや……知らない。そもそも、妻がいたことも初耳だ。彼がマナの種族だということも知らなかった。これは私の推測だが、おそらくマナの種族は帝国に狙われていたのではないかと思うのだ」

 

 「狙われてた?」

 

 「ああ、帝国の障害となるのはマナの種族だ、と言ってもいい。聖剣を扱える者が、マナの樹となる者がいなくなれば、帝国の目的を食い止める手段を持つ者はいなくなるのだからな。だから、自分がマナの種族だということも、マナの種族の所在も、知られるわけにはいかなかった」

 

 「ランディのお母さんやランディを守るために、誰にもその存在を言わなかったのね」

 

 「ああ。どこから何が漏れるかわからないからな」

 

 ジェマは、この十五年間、帝国に派手な動きがなかったのは、マナの種族の殲滅のほうに力を入れていたからではないか、ということを思い当たる。

 

 世界中を回ってマナの調査をしていると、不可解な死に方をした人の噂を聞くことがあった。それが妙に引っかかっていたのである。

 

 さすがに、自分でもマナの種族だという自覚のなかったランディの存在までは帝国も見つけられず、狙われずに済んだのだろうが。

 

 「しかし……ランディがセリンの息子とはな。運命を感じずにはいられないな」

 

 ジェマは感慨深げに言った。途端に、プリムが興味津々といった感じで身を乗り出してくる。

 

 「ねえねえ、セリンさんってどんな人?ランディに似てた?」

 

 場の空気がやわらかいものに変わった。ポポイも目を輝かせてジェマを見る。ジェマは腕組みをして唸った。

 

 「うーむ……正直言って、十五年も前に別れたきりだからな。顔といってもそんなに鮮明には覚えておらん。なので、容姿が似ているか、と聞かれると困るな。だが、初めて会ったときからこれまで、全く気付かなかったことを考えると……あまり似ていないと言えるのかもな」

 

 「性格は?」

 

 「似てないな」

 

 即答したジェマに、思わず二人は笑い出した。

 

 「ずいぶんはっきり言うわね」

 

 「うむ、例え顔は忘れていてもこれだけははっきり言えるな。セリンは常に自信満々というか……」

 

 ジェマは当時を思い出しながら、言葉を選びつつ言う。

 

 「謙遜とは無縁だったから、ときにはそれが高慢と受け取られることもあった。セリンは自分の力量をしっかりと把握していただけなのだが。できることはできると言うし、できないことは例え命令でも無理だと言って、もっと良い方法を提示した。上からはかなり睨まれていたが、同僚や部下からはとても慕われていた。絶対に自分の意見を変えたりせず、言っていることにもやっていることにも筋が通っていたからな」

 

 「ふーん。確かにランディとは違うかも」

 

 「アンちゃん、上司に逆らうとかできなさそうだよな」

 

 ジェマは苦笑いした。いつも気弱でおろおろしているランディと、上司である自分にも、平気で意見してきたセリンは確かに結びつかない。

 

 「アンちゃんの性格は環境のせいってことか」

 

 ポポイの言葉に、ジェマはふと想像する。もしも、世界が平和だったら。セリンとその妻が何の心配もなく、タスマニカで一緒に暮らし、そこでランディも育っていたら。

 

 きっとランディは父の背中を見て育つのだろう。今のように他人の顔色を窺うのではなく、自分の意見を積極的に言うような子になっていただろうか。

 

 セリンのことだ、自分の妻は美人だとか息子が可愛くて仕方ないとか、聞いてもいないのにしゃべるのだろう。無理矢理自分を家に招いてどうだ言った通りだろう、と胸を張りそうだ。

 

 私は苦笑しながら、家に招かれるたび、ランディに剣の稽古をつけてやるのかもしれない。

 

 ジェマは溜息をついた。すべて、仮定でしかない話だ。

 

 「……二人も、疲れただろう。話をさせてすまなかった。もう休むといい」

 

 ジェマが言うと、ポポイが大あくびをしてじゃあそうさせてもらおうか、と言う。

 

 プリムも立ち上がったが、あ、ジェマ、と思い出したように声をかける。

 

 「ランディが起きたら、少しでいいから今みたいなセリンさんの話、してあげてよ。ランディ、一応気持ちの整理はついたみたいだけど……。いきなりご両親のことがわかって、すぐに二人の死に直面して……本当はまだ混乱してると思うの。お父さんのことを具体的に知ったら、いくらか慰められるんじゃないかしら」

 

 

 

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2009.3.4

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