嫉妬
タスマニカの王が、世界を救う戦いに貢献したものたちを集めて、ささやかだが労いのパーティーを開きたい、という知らせを伝えてきた。
ランディもプリムも固辞しようとしたが、よく考えてみれば、戦いの功労者は自分たちだけではない。クリスやマクリト、ニキータなど、多くの人の協力によってなされたものだ。であれば、自分たちの気持ちだけで断ってしまっていいものででもないだろう。
自分たちは欠席し、他の者たちだけが参加すればよいとも思ったが、二人がいないことを気にする人もいるかもしれない。二人は結局、参加することにした。戦いの中で出会った人々と再会するいい機会でもあるだろう。
「わあ!すごーい!」
プリムがはしゃいだ声を出した。
パーティーの会場は見事に飾り付けられ、宝石のように輝く食べ物や飲み物が用意されている。
貴族の娘である彼女が感嘆するほどだから、よほどすごいのだろう、とそういったことには疎いランディは判断する。
「パンドーラのお城のパーティなんて敵わないくらい豪華だわ!ねえ、ランディ」
「う、うん、そうだね」
ランディの返事はどこか心ここにあらずといった感じだ。
それというのも、プリムの服装が気になって仕方ないのだ。
一緒に旅をしていた頃に見慣れていたのはパンツ姿ばかりだったのだが、今日のプリムは薄いピンクのドレスに身を包んでいる。そのスカートの丈からは、すらりとした白い足が綺麗に伸びていた。
「あ、あの人、パンドーラの貴族の方だわ。私、ちょっと挨拶してくるね」
「うん」
そう言ってプリムは駈け出して行く。その行く先にいる人物を見てはっとした。あれは、プリムに想いを寄せているとパンドーラの城下町でも専らの噂になっている、貴族の将校だ。
「ランディ、久しぶりね!」
明るいクリスの声がかかる。ランディは慌てて振り向いた。
「ひ、久しぶり、クリス。ノースタウンのほうはどう?」
「復興は順調よ。レジスタンスのみんなや街の人たちが頑張ってくれているおかげ」
そう言って、二人はお互いの近況を報告し合う。
だが、その間にも気を抜けばランディはすぐ背後のプリムに意識がいってしまう。
クリスの言葉にも、生返事を返してしまっていた。
やがてクリスがくすくす笑い出した。さすがにランディもクリスに意識を向けた。
「どうしたの?」
「だってランディってば、落ち着きがなさすぎるんだもの。プリムさんが気になるんでしょう?」
名探偵のように人差し指を立てていったクリスの言葉に、ランディは絶句する。
「あの男の人、けっこうかっこいいじゃない。しかも、プリムさんと楽しそうにしゃべってるわよ。いいの?ランディ」
「い、いいのって言われても……」
「心ここにあらずでおしゃべりしてもつまらないわ。気になるなら、プリムさんをさっさと奪い返してきたらいいじゃない。俺の女に手を出すなー、とか言って」
「そ、そんなこと言えるわけないよ!」
ランディはゆで上がったように顔を真っ赤にして反論する。
確かに、プリムと青年将校の様子は気になる。だからと言って自分の感情から来るわがままでそこに割り込んでしまえば、プリムのパンドーラでの立場が危うくなるかもしれない。迂闊には入っていけないのだ。
とういうようなことを、ランディはどもりながたもクリスに伝えるが、クリスは「そんな立場なんて気にしないで割って入っちゃうのが男よ!」という。
すっかりランディが困ってしまったときに、甲高い悲鳴があたりに響いた。
はっとして、ランディとクリスが悲鳴が響いたほうを見ると、ナイフを持った男が立っていた。
その男が向かっていく先にいるのは――タスマニカの王だ。
ランディは慌てて王のほうに走るが、到底間に合いそうにない。位置的にはプリムのほうが近い、と思った時には、もうプリムは動いていた。
さっと王と男の間に体を滑り込ませると、足を振り上げた。
スカートの裾がふわりと揺れたかと思うと、堅い音を立ててナイフが床に落ちた。
そのまま、拳をまっすぐに突き出して、男の腹にたたきこんだ。
「ランディ!」
ようやっと追い付いたランディは、ぐらりと揺れた男の身体に背後からのしかかり、押さえつける。
タスマニカの騎士たちが慌てて駆け寄ってきて後を引き受けた。
王は「驚いた」と言いつつも、安堵のため息をついた。
「世界が平和になり、各国の勢力が安定しないうちに国家転覆を狙う者もいるだろう。そんな刺客の一人かもしれんな」
「全く……どうして刺客をパーティ会場に入れた!タスマニカの騎士団の名折れだ!」
王の呟きに、ジェマが騎士団の者たちを叱る声がかぶる。
プリムはふう、と息を吐くと、こちらをじっと見ているランディに目をやった。
「どうしたの、ランディ」
「怪我してる」
その言葉にプリムが自分の足を見やると、蹴りを繰り出したときにナイフで抉られたのか、血が流れていた。
「あ、本当だ。夢中で気がつかなかったわ」
「医者に診てもらったほうがいいよ」
「平気よ、これくらい」
そう言ってプリムは歩みだそうとするが、力を入れると痛むのだろう、顔をしかめた。
「プリム」
ランディが低く彼女の名前を呼んだ。
プリムはめったに聞くことのないランディの声色に、思わず硬直する。
そこで初めて、プリムはランディが不機嫌であることに気付いた。
ランディは無言で自分の服の袖を引き裂いた。それをしゃがみこんでプリムの傷口にあてがう。
「応急処置にすぎないから、城の医務室に行こう」
「い、いいわよ、そこまでしなくても……」
プリムがそう言った途端、ランディはプリムの足の膝裏と背中に両腕を回して持ちあげた。プリムが「きゃあ!」と悲鳴をあげ、パーティー会場の皆がそちらを見た。
「ラ、ランディ!!何するのよ!!自分で歩けるわよ!やめてよー!」
恥ずかしさのあまり、プリムはランディの腕の中でわめく。プリムの顔は真っ赤だ。
セルゲイが口笛を吹き、ニキータが「ランディさん、やりますにゃー!」と歓声をあげる。
やめておろして、と叫ぶプリムに向かって、ようやくランディは彼女に目線を合わせていった。
「うるせえ!じっとしてろ!」
そのとき、会場中の人々が動きを止めた。
みんなが、今のは本当にランディが発した言葉なのか見極めようとするように彼を凝視した。
あのマクリトまでもがあんぐりと口を開いている。
プリムは顔を真っ赤にしたまま何も言えず、なすがままに運ばれていく。
先程のパンドーラの将校が、ランディに代わってプリムを運ぼうとでも思ったのか、近づこうとしたが、ランディのひとにらみですごすごと退散した。
様子を見守っていたクリスが、「嫉妬したのに加えて、怪我されて怒りが臨界点超えたのね」と呟き、そのことをあとでプリムに言ってあげたらどんな顔をするかしら、とくすくすと笑った。
2010.1.20