一人称





 「アンちゃんってさー、なんで『僕』って言うんだ?」

 宿屋での寛いだ時間の中、突然ポポイがそんな質問をした。

 「え?」

 ランディはぽかん、とする。

 「いや、だってさー。今まで回った町や村では、アンちゃんくらいの男の子だと自分のこと『俺』って言うだろ?小さい男の子だと『僕』って言っても不思議はないけど。なんでだろうって思って」

 「確かにね。私の周りでも男の子は『俺』が多かったわね」

 思いだすように首を上に向けたプリムもそう返す。

 ランディはあれ?と声をあげた。

 「ディラックさんも『俺』ではなかった気がするけど……」

 「ディラックは表向きには『私』とか『僕』とか使っていたわね。目上の人に対するときなんかは『私』で、友達とか、同年代には『僕』って。でもね、私の前でだけは『俺』って言うの!」

 そういうのって本当の自分を私だけに見せてくれてるって感じられて嬉しいのよ、とプリムは瞳をきらきらさせて言う。

 「ディッラックが『俺は』って言うの……すっごくかっこいいのよねー」

 ほう、とため息をつくプリムに、完全にあてられたランディとポポイは食傷気味だ。ランディは口元をひきつらせ、ポポイは「ギャップ萌えってやつか……」と呟いている。

 「まあ、普段のディラックもプライベートのディラックもどっちもかっこいいんだけどね!」

 「で、アンちゃんはどうして『僕』なんだ?」

 ポポイがプリムの言葉を無理矢理遮って尋ねる。

 「あー、いやー、どうしてって言われても。特に理由なんかないよ。確かに周りの男の子は『俺』って言ってたけど……」

 ボブやネスを思い浮かべてそこまで言ってから、ランディに一つの考えが浮かんだ。

 ディッラックが表向きには『私』や『僕』を使っていたというプリムの言葉と合わせて考えれば、自分の場合も答えが見えてくる。

 僕は結局、ポトス村では表向きの言葉しか発せていなかったのかもしれないな。

 ランディは心の中で呟く。

 村の中では、村人たちの怒りに触れないようにと息をひそめて生活していた。いつも緊張していた。

 『僕』という一人称はその結果なのかもしれない。

 ただ、『僕』という呼び方はひどく自分になじんでしまっているので、村を出た今となっても一人称を変えることなどないが。

 「ポポイこそどうなんだんだよ。妖精はみんな『オイラ』って自分のこと呼ぶの?」

 「まっさかー。これはドワーフの村の人たちの一人称。記憶喪失になった後だったし、いつのまにか真似してたんだよ」

 すっかりなじんじゃったから、今さら変える気はないけどな!

 ポポイがにかっと笑う。

 プリムがふと思いついたように言った。

 「あら、でもそれじゃあ面白くないじゃない。ちょっと一人称を取り替えてみましょうよ」

 ポポイがそれいい!と賛同する。いつものことながら、嫌そうな顔をしたランディのことは二人とも無視である。

 「ね、ポポイ。俺って言ってみてよ」

 「よーし!」

 ポポイがなぜか腕まくりをして、こほん、と咳払いをする。

 「オイラは……じゃなかった、俺は、腹が減ったぞー!」

 うーん、とプリムは唸った。

 「なんか……いつもの『オイラ』に感じる無邪気さがなくなって、なんとなくむかつくわね」

 「えー、ひどいよネエちゃん!」

 じゃれあう二人をぼうっと見ていたランディだが、次にプリムが自分を見たことにぎくりとした。

 「な……なに?」

 「次はあんたの番よ。さ、『俺』って言ってみて」

 「え、お、俺は……?」

 「ちょっと、主語だけ言っても臨場感が出ないじゃない。文章で言ってよ」

 「文章って……何を言えばいいのさ」

 「それくらい自分で考えなさいよ!」

 理不尽だ、とランディは頭を抱えた。プリムの我儘にはいつもついていけない。

 仕方なくランディは、頭に浮かんだプリムへの不満の言葉をかたちにして言うことにした。

 すう、と息を整えて、口を開く。

 「……俺の言うこと、きけよ」

 一人称が変わったせいか、語尾までいつもとは違う調子になってしまった。

 ランディは一気に顔が羞恥で赤くなるのを感じた。思わず俯く。

 だが、二人が何も言わないのをいぶかしんで顔をあげる。

 そこには、ランディに負けず劣らず顔を赤くしたプリムがいた。

 「え?」

 「――……っ!い、今のなし!」

 プリムはそう大声で叫ぶと、おやすみ!と言って布団をかぶって寝る体制に入ってしまった。

 ポポイがにやにやと「なるほど、これがギャップ萌え……そしてネエちゃんはツンデレ……」と呟いている言葉の意味もわからず、ランディは首を傾げるしかなかった。

 

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2009.11.20

 

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