白雪姫


 

 幼い頃から私は内気で人見知りをする性質だった。外で誰かと遊ぶことよりも、家の中で一人で本を読むほうが好きだった。


 本を読んで、あれこれと空想を働かせるのが好きだった。


 空想の中に、内気で人見知りで友達のいない自分はいない。快活で、誰からも好かれ、友達のたくさんいる自分ばかり想像した。


 特にお気に入りになったのは、白雪姫の童話の絵本だ。


 毒林檎を食べてしまって死んだと思われた白雪姫は、王子の口付けで目覚める。


 私の空想に、いつか私の前にも素敵な王子様が現れるというものが付け加わった。


 自分だけを愛してくれる王子様がいつか現れるのだと無邪気に信じ、そのときを夢見ていた。


 


 友人のできない私を両親は心配し、同じ貴族の娘のプリムと引き合わせた。


 彼女は私の空想の中の私のようだった。快活で、誰からも好かれ、友達がたくさんいる少女だった。


 プリムは私を外に連れ出した。友達を紹介し、一緒に遊び、いろいろなことを教えてくれた。


 最初はそんな彼女に純粋に惹かれた。友達が増えたことを喜び、楽しく遊んで、素直に彼女の教えてくれたことに感心していた。


 私にとって、プリムは理想の自分だった。


 一緒に遊ぶようになった頃、白雪姫の絵本をプリムに見せた。


 私はこのお話が一番好きなの、と言って絵本を差し出す。自分の好きなものを、自分の好きな友達にも見せたかったのだ。


 プリムは私の話を聞いてくれて、ひとつひとつにうなずいてくれた。

 白雪姫はお姫様なのに、きちんと家事ができるところがいいわ。お城でもきっと、自分がお姫様だということに満足せずに、自分のことは自分でやっていたのね。


 プリムが言うことに私はびっくりした。そんなところに注目したことがなかったのだ。


 そうか、だから小人たちに助けてもらえたんだね。


 私はうなずきながらプリムはすごいなと思った。


 ただ物語を読むのではなく、いろんなことを考えているんだ。


 私はプリムの真似をして、ここはどうしてだろうとか、私はここの何がいいと思ったんだろうと考えるようになった。


 プリムを通して私は自分の外の世界に触れるようになったのだ。

 

 

 

 いつからだろうか。


 ふと、友達が遊びに誘ってくれるときには、いつもプリムが一緒だということに気が付いた。


 彼らが私だけを誘ってくれることはなかった。


 そう、私はプリムのおまけなのだ。


 それどころか、もしかしたら本当は来てほしくないけれど、プリムを誘ったらどうしても私もついてくることに我慢してくれているのかもしれない。


 気が付いてしまうと怖くなった。


 私に価値はないのだ。プリムの友達であるということに価値があるだけなのだ。


 こんな、お高い貴族の娘で、内気で人見知りで口数も少なく、面白いことも言えない、体力もない私は遊び相手には到底向かない。


 「プリム、パメラ、おはよう」


 「プリム! パメラ、遊ぼう」


 プリムのほうがいつも先に声をかけられる。そんな細かいことまで気になった。


 気が付いた当初は落ち込んだが、絶望はしなかった。


 信じていたのだ。いつか、私だけを必要として、プリムよりも君がいいと言ってくれる人が現れるに違いないと、信じていた。


 私のことをちゃんと呼んでくれる人が現れる。


 そう信じていなければ、自分を保つことなどできなかったのだ。

 

 

 どうして白雪姫は毒林檎を食べたのかな。


 ある日、プリムが言った。


 だって、その前に何度も怪しい人に殺されかけているわけじゃない。疑ってかかるのが普通じゃない。どうして結局林檎を食べてしまうのかしらね。


 何度も読み返し、いろんなことを考えた私は、当然その疑問にもぶつかり、答えを考えていた。


 うーん。人を疑うことをあまり知らないかったんじゃない?


 そう返した。


 けれど、心の中にある答えは本当は別だった。

 

 

 ディラックと出会ったのは、国の外にある親戚の家に荷物を届けに行くことになったのがきっかけだった。


 父は大変過保護で、何度もプリムと一緒に外に出たことがあるのに私一人では外に出ることを許してくれなかった。


 プリムは体術に大変優れていることはわかっていても、父までプリムよりも私を低く評価しているようで内心気に入らなかった。


 そんな反抗心もあってか、引き下がれずに絶対に自分で届けに行くと主張した。そうすると父は休暇の騎士団の将校に護衛を依頼したのだ。


 やはり私一人では行かせてくれないのかとふてくされる気持ちと、騎士団まで巻き込んだ父と自分が恥ずかしい気持ちがないまぜになったまま待ち合わせ場所に赴いたが、そこにいた彼を見て全部吹き飛んでしまった。


 自分でも面食いで嫌になるが、一目ぼれだった。


 実った小麦と同じ金色の髪、深い海の色を映したような青い瞳、端整な顔立ち。


 そして、近づいてきた私にまだ気が付いておらず遠くを見ているそのまなざしにどうしようもなく惹かれた。


 何を見ているのだろう。


 どこか影のあるその姿にすっかり引き込まれてしまったのだ。


 ああ、彼が私の王子様だったらいいのに。すぐにそう思ってしまった。


 途中でモンスターに襲われた私たちは、私を心配して追ってきたプリムに助けられた。


 プリムとディラックは協力してモンスターを倒し、笑いあう。


 ディラックと出会ったばかりだったが、私はすでに自分の恋心を自覚していた。


 そして、微笑み合うディラックとプリムを見てわかった。


 きっとふたりは恋に落ちる。

 

 

 白雪姫は王子様のことを知っていたのだ。


 毒林檎を食べて死んでしまえば、彼が助けにきてくれることをわかっていたのだ。だからだまされたふりをして毒林檎を食べたのだ。


 そう言っても、プリムは首を傾げるだろう。きっとまっすぐな彼女には理解できない。


 毒林檎を食べるとき、白雪姫は笑っているのだ。

 

 

 

 私の前に、仮面をつけた男が現れる。


 私は君の魔女だと、そう言って笑う。


 さあ、私と行けば愛しい彼は君のものだ。


 生気の抜かれたディラックはとろけるように微笑んで私を、私ではない名前で呼んだ。


 私は声をあげて笑う。


 いいわ。あなたの毒林檎、食べてあげる。


 そうして私はタナトスの手を取った。

   


 

お題

2014.3.16

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