箱庭のころの話です。

 

傷跡

 

 

 「ジェマ!いらっしゃい!」

 ドアを開けたプリムが、嬉しそうに顔をほころばせた。

 「お邪魔するぞ。ああ、頼まれていた今週の分の食糧と薬だ」

 ジェマは玄関の内側に入った後、荷物の入った大きな袋を差し出した。

 「ランディの調子はどうだ?」

 「だいぶ快方に向かっているけど、傷の治りが良くないのよね……」

 「ずっと怪我を魔法で治してきたせいかもしれないとルカ様が言っていたよ。本来の身体の治癒能力が落ちているのだろうと。だんだんと元に戻るだろうから、心配ないそうだ」

 「うん……」

 少し落ち込んだように視線を落としたプリムの肩に、ジェマが優しく手を置く。

 「プリムも無理をするな。お前の怪我も相当なものだったんだ。自分の身体を休めることも考えろ」

 「ありがとう。私は大丈夫よ」

 そう言ったあと、プリムは足を踏み出した。

 今日は泊まっていくの?ああ、お世話になるよ、等と会話をしながら屋敷の奥へと二人は進んでいく。

 「ジェマ、もうお昼食べた?」

 「……実は食べていないんだが……」

 「ちょうど用意しているところだったから、一緒に食べましょう。もう少しかかるから、ランディの顔でも見てくるといいわ。今は寝ているけれど」

 そうするか、と言ってジェマはランディの寝室に足を向けた。プリムは台所に向かって行く。

 寝室の前に着き、ジェマは扉の向こうの気配を探った。

 ――静かだな。

 ジェマはノブを握ってドアを静かに開けた。

 こじんまりとした部屋の中には、ベッドと小さな机しかない。窓の外で静かに雪が降っているせいか、室内は薄暗かった。

 ジェマは静かにベッドに近づいていく。

 ランディを起こさないように、音を立てないように足を進める。

 ジェマは頭を傾けて、ランディの顔をのぞいた。

 ――やはり寝ているな。

 ジェマが胸中でそう呟いたとき。

 ランディの青い瞳が見開かれた。

 ジェマがはっとする暇もなく、ランディの左腕が素早く動き、壁に立てかけてあった聖剣を手に取った。

 鞘から剣を引きぬく音がした。

 ジェマが状況を把握したときには、首元に聖剣の刃が突き付けられていて、ランディが鋭い眼光でこちらを見ていた。

 ジェマが唖然としていると、ランディの瞳にジェマが映り込んだ。光が戻って来た目が瞬かれる。

 「……じぇ、ま?」

 ランディが吐息のように囁いて、慌てて手から剣を離した。剣が床に落ちる音が耳に痛いほど響き渡った。

 「ご、ごめ……」

 ランディが顔を真っ青にして言う。

 「寝ぼけてて……、モンスターかと……本当、ごめん」
 
 ジェマはようやく時間が動き出したように身体を動かした。

 ――動けなかった。

 ジェマは驚愕していた。

 ランディの素早い動きに、全く反応できなかった。寸前でランディが我に返らなければ、そのまま首を飛ばされていたかもしれない。

 ジェマを傷つけかけた自分の行動がよほどショックだったのだろう。ランディの手は細かく震えている。

 旅の間は野宿をすることも多かっただろう。自分が仲間の二人を守らねばと寝るときにはモンスターの気配に敏感になり、常に気を張っていたに違いない。

 それがまだ抜けていないのだろう。

 今は既に安全な場所にいるのにも関わらず。身体はまだ回復しきっていないのにも関わらず。

 ランディはまだ、戦いの中にいるのだろうか。

 ――本当に大きなものを背負わせてしまったな。こんな子どもに……。

 ジェマは悔恨にそっと眉をひそめた。

 そのときランディが身体をかがめた。

 「――っ!う……」

 「ランディ、見せてみろ。咄嗟に無理に動いたから、傷口が開いたのかもしれん」

 「ジェマ、ごめん……」

 痛みを堪えながら言うランディに、謝るのはこちらだと、ジェマは喚きたくなった。

  
 

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2010.4.8

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