5

 

 

 プリムは灯篭流しを見守った後、街中をランディの姿を探して歩き回った。

 

 その中で、かつての戦いで出会った人たちとも再会することができた。

 

 だが、皆ランディの姿は見ていないという。

 

 ランディに治療を施した医者のところも尋ねたが、手当てが終わると礼を言ってすぐに行ってしまったということだった。

 

 ――どこにいったのよ、あの馬鹿は。

 

 プリムは焦って早歩きをしながら青年の姿を探す。

 

 すると、横手から声がかかった。

 

 「ちょっとそこ行くお嬢さん!いい品物がありますよ!」

 

 「悪いけど、今急いでて……!」

 

 きっと睨みつけるように振り向いたプリムは、息をのんだ。

 

 「ニキータ!」

 

 「お久しぶりですにゃ、プリムさん。その思わず値下げしてしまいそうな鋭い眼光、相変わらずですにゃあ」

 

 そこに立っていたのは猫の商人、ニキータだ。トレードマークの大きな袋を背負ってニヤリと笑う。

 

 「久しぶり!って言いたいところなんだけど、本当に急いでるのよ。また今度……」

 

 「プリムさんがお探しなのは、もしかして聖剣の勇者さんですかにゃ?」

 

 「え、なんで!?」

 

 「商人の勘ですにゃ。儲け話になりそうなことには敏感なんですにゃ」

 

 「ランディの居場所、知ってるの!?」

 

 ニキータは商魂たくましく、右手を差し出した。プリムは顔をしかめた。

 

 「……お得意様特典で無料、とかないの?」

 

 「商人は何でも儲け話にできてこその商人ですにゃ」

 

 プリムは仕方なく、硬貨を渡す。ニキータはまいどありですにゃ、と言ってそれを懐に仕舞うと、口を開いた。

 

 「実は先程ランディさんに会ったですにゃ。ランディさんは買い物をして、行ってしまわれたですにゃ」

 

 「……それって、行先は知らないってこと……?」

 

 プリムが拳を握り締めようとしたとき、ニキータは慌てて首を振った。

 

 「人の話は最後まで聞くですにゃ!いいですかにゃ、ランディさんは蝋燭とマッチを購入して、パンドーラの出口に歩いていったですにゃ。ここから考えられる行先は……」

 

 そう言って、ニキータは、童話の中に出てくる猫のようににやりと笑った。

 

 

 

 

 

 明かりひとつない聖剣の森の中、プリムは月の光だけを頼りに歩く。

 

 ニキータの話から、きっとランディは一人で灯篭流しをする気なのだと推察できた。では、川沿いに進んでいけばきっといるはずだ。

 

 だが、実際ランディが聖剣の森のどのあたりにいるかはわからない。自分の勘に従って探すしかないが、プリムには絶対に見つけられる、という確信があった。

 

 草をかき分けて進んでいくと、開けた場所に出た。

 

 そこには、河原の淵で、蝋燭に火を灯そうとしていたランディがいた。

 

 「……プリム」

 

 ランディが呟く。その声には、彼もプリムが来ることをわかっていたような響きがあった。

 

 「何してるのよ、一人で」

 

 「……灯篭流し」

 

 「……それ、誰の分?」

 

 プリムがいくつか並んだ蝋燭を指差した。ランディは二つの蝋燭を前に出すと言った。

 

 「父さんと、母さん」

 

 ああ、そうか、とプリムは納得した。

 

 「二人とも、お葬式をあげるとか……できなかったから」

 

 ランディは寂しそうに言うと、植物で作った船に蝋燭を乗せる。

 

 プリムはもしかして、と呟くとランディに尋ねた。

 

 「慰霊祭を提案したのって、このため?」

 

 「……うん。父さんも母さんにも、きちんとした弔いがしたかったんだ」

 

 ランディはマッチを擦ろうとするが、包帯を巻いた左手が痛むのかうまく動かせず、火がつかない。

 

 プリムはそっか、と呟いてランディの隣にしゃがみ込む。

 

 「貸して」

 

 ランディの手からマッチを取り、擦る。二本の蝋燭に火が灯される。

 

 ランディが一本、プリムが一本持ち、川へと流す。

 

 二人は流れていく蝋燭を見送った。

 

 蝋燭が見えなくなると、二人ともつめていた息を吐いた。

 

 プリムがランディの足元に残っている蝋燭を見て言う。

 

 「まだあるけど……これは誰の分?ポポイ?」

 

 「ポポイは死んだわけじゃないから流さない。それは……」

 

 ランディは困った顔になり、少し逡巡すると言った。

 

 「皇帝と、四天王の……分」

 

 プリムがさっと顔色を変えた。

 

 「なんで……!」

 

 「プリムは怒ると思ったから、言わないで来たんだ」

 

 「怒るわよ!四天王ってことは……タナトスの分もあるんでしょ!どうして、どうしてディラックを殺したやつを、弔わないといけないのよ!」

 

 いけない、こんな話をしにきたんじゃないのに、と思いつつもプリムは憤りを止められなかった。

 

 大声を出して息を弾ませるプリムに対し、ランディは悲しみを湛えた瞳で言った。

 

 「でも、僕が殺したから」

 

 「……っ!」

 

 プリムが息をのんだ。ランディは目を逸らす。

 

 「皇帝は僕が手を下したわけじゃないけど。タナトスも、シークも、ゲシュタールも、ファウナッハも。僕が殺したから。弔いくらいはしようと思って。気分を害する人もいるだろうから、人がいるところではできないなと思ってここまで来たんだ」

 

 ランディは不器用に笑うと、手をぎこちなく動かして四苦八苦しながら蝋燭に火を点けた。五本の蝋燭を次々と流す。

 

 プリムはどうしても手を貸すことはできずに、じっとそれを見守った。

 

 蝋燭が見えなくなると、ランディは立ち上がった。

 

 「ごめんね、嫌な思いさせて。パンドーラに戻るんだろう、送るよ」

 

 そう言って笑う顔はどこか寂しげだ。

 

 ――ああ、また私はランディを傷つけた。

 

 プリムはぎり、と拳を握る。

 

 違う。こんな辛そうな顔をさせるために、来たんじゃないのに。

 

 「……あんただけじゃないわ」

 

 「え?」

 

 「殺したのは、私も一緒よ」

 

 「…………」

 

 ランディは困ったように顔をしかめた。プリムは腰に手をあてて溜息をつく。

 

 「一人で何でも背負おうとするんだから……」

 

 そしてそっとランディに近寄る。

 

 「だから、あんたには、私がいないとだめなのよ」

 

 「……?」

 

 ランディはプリムが何を言わんとしているのかわからず、戸惑った瞳で彼女を見つめる。

 

 プリムはくすりと笑うと、ランディを見上げて言った。

 

 「私、あんたが好きよ」

 

 ランディがぽかんとする。

 

 「だから、あんたの側にいることにするわ」

 

 ランディは幾度か瞬きをする。数秒かかった後、プリムの言葉を理解できたのか、赤くなっていく顔を隠すために口元を押さえて顔を逸らす。

 

 プリムは昼間の仕返しができたことに満足して胸を張る。

 

「ふふん。顔真っ赤よ、ランディ」

 

やっぱりこうでなくちゃね。主導権をランディに握られるなんて、真っ平よ。

 

プリムがそう言うと、ランディは恨めしそうにプリムを見た。

 

「……だって、こんなの、反則だよ。久しぶりに会ったばかりなのに……」

 

「会いに来なかったのはあんたじゃない」

 

プリムは口を尖らせた。ランディはバツが悪そうに言う。

 

「……忙しかったんだよ」

 

「でも、水の神殿には行ったんでしょ?」

 

「それは仕事だからいいけど……それ以外でパンドーラにプリムに会いに行って、変な噂が立ったら」

 

ランディがはっと口を噤む。プリムは憮然として言った。

 

「変な噂って?」

 

「あー、いや、何でもない」

 

「なるほどね。私とあんたがどうのこうのっていう噂が流れたら、大臣の跡取りである私の立場が危うくなる、とか考えたわけ?」

 

「…………」

 

ランディがうつむく。プリムが再び大袈裟に溜息をついて、言った。

 

「馬鹿じゃないの、あんたは!」

 

「大事なことだろう!プリムはこれからパンドーラを背負って行くんだから!」

 

「私は、私の実力で認めてもらうわ!噂の一つや二つ、吹き飛ばして見せるわよ!」

 

反論したランディを上回る勢いで、プリムが叫んだ。

 

ランディが再び口を開く前に、ぽつりと言う。

 

「……私は、会いたかったわよ」

 

ランディが息を呑んだ。

 

プリムは、そのまま黙り込んでしまう。

 

二人の間を通った風が、森の木々を揺らす。

 

風が通り過ぎると、深い静けさが夜の森を覆った。

 

「……僕だって」

 

ランディの呟きが響き、プリムは顔を上げた。

 

「僕だって、会いたかったよ」

 

顔を歪ませて言う。

 

「会いたくて会いたくて、でも会っちゃいけないって思ってた。プリムは立ち直って将来に向けて頑張ってるから、邪魔しちゃいけない、僕も負けないようにしないとって。僕にもできることを考えて、マナについて調べることにした。プリムのことを考えないように、必死に文献を調べて、あちこち点々として、いろんな人から話を聞いて。でも、やっぱり会いたくて仕方無かった。……だから」

 

ランディは苦しそうに目を閉じた。

 

「だから、慰霊祭をやろうって言ったんだ」

 

プリムはえ、と呟いた。

 

「父さんや母さんのことがあったのもあるけど……こういうイベントごとなら、僕もプリムもいてもおかしくない。偶然を装ってプリムに会えるだろうって思った。場所をパンドーラにしようって言ったのも僕なんだ。昨日、パンドーラに着いてからも、直接会いに行く勇気はないのに、たまたま会えないかなって街中をうろうろして……」

 

ランディは包帯が巻かれた左手を見る。

 

「だから、この怪我も当然の報いだよ。こんな不純な気持ちで慰霊祭をやろうだなんて……」

 

「やめてよ」

 

プリムはランディの手をそっと握った。

 

「他の人なんて知らないわ。でも私は、慰霊祭があったからもう一度あんたときちんと話せてるんだもの。それでいいわ」

 

プリムは傷に触れないように指に力を込める。

 

「そんな風に片付けないで。私の気持ちに対する答えをちゃんと言ってよ。これは、私たち二人の問題よ。周りがどう思うかなんて関係ないわ」

 

「……プリム……でも」

 

「でもも何もないわ。さ、どうなの?」

 

プリムは挑むように視線を投げかけてくる。

 

その視線を受け止めたランディは、諦めたように目を逸らした。

 

「……負けたよ」

 

苦笑すると、返事なんて決まってるじゃないか、と言った。

 

「あんたね。私がちゃんと言ったんだから、あんただって言わないと不公平じゃない」

 

 「はいはい。相変わらず高飛車だなあ。そういうところは全然変わってない」

 

 「ランディもよ。肝心なところを話そうとしない癖、直しなさいよ」

 

 頬をふくらませたプリムに、ランディは微笑むと、言った。

 

 「ああ、久しぶりだな。こういう風にプリムと話すの」

 

 「ずっと会ってなかったもの」

 

 「……そうだね」

 

ランディはプリムの指を手から外し、その手をプリムの肩に伸ばす。そして、壊れ物を扱うようにそっと引き寄せた。

 

「――ずっと会いたかった」

 

そしてランディは、プリムへの返事を口にした。

 

 

 

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2009.5.23

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