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女の息子は、パンドーラの騎士だったらしい。

 

古代遺跡で戦っているときにモンスターに命を奪われたが、タナトスがその身体をゾンビとして甦らせた。それを倒したのがランディたちだった。

 

ゾンビが身に着けていたものから身元が判明したのだが、腐敗した遺体となって帰って来た息子の亡骸を見て、女は気がふれてしまった。

 

息子の命を直接奪ったモンスターも、その骸を利用したタナトスも、もうこの世にはいない。そのため、生きている聖剣の勇者という存在に憎悪が向かった。

 

慰霊祭に参加しているときに聖剣の勇者が来ているという噂を耳にして暴れ出したということだった。

 

 騎士たちに連行されたときには、女は人が変わったように大人しくなっていた。

 

 ランディが騒ぎを大きくしたくないと言ったこともあり、女の罪は軽く済みそうだということだ。

 

 

 

 

 

 騒ぎが無事収まった後、慰霊祭はつつがなく行われた。

 

 最初に戦いで亡くなった死者たちに黙祷が捧げられる。続いて各国代表の言葉と続く。

 

 医者に連れていかれてしまったランディが気にはなったが、プリムは自分の役目を全うした。式典が終った後も、プリムは父親について各国の首脳に挨拶をして回った。

 

 体が空いたのは日が沈んでからだった。

 

 慰霊祭のメインイベントは夜に行われる灯篭流しだ。

 

 聖剣の森の滝から流れている川のほとりに、多くの人々が並ぶ。

 

 あの戦いで大切な人を亡くした人々だ。

 

 

 彼らは、植物で作った船に蝋燭を乗せ、順に流していく。

 

 プリムは川の流れに乗って揺れて行くいくつもの蝋燭の灯を、ぼんやりと見つめていた。

 

 すると、ディラックの父母が蝋燭に火を付けているのが見えた。隣ではパメラが涙をこらえるように立っている。

 

 プリムは、戦いの後、キッポ村に赴きディラックの父母に彼らの息子の最期の様子を話したときのことを思い出す。話を聞いても、二人とも、あまり感情を揺らさなかった。

 

 ――どうしてだろうねぇ。悲しいとは思うんだけど、あまり驚きはしないんだよ。最初から、あの子はどこかにいなくなってしまうような気がしていた。おかしな話だけどね。

 

 プリムはディラックの母の言葉に頷いた。自分もそう思っていたことに気付いたからだ。

 

 ディラックが魔女討伐隊隊長に任命されて出発した、と聞いた後すぐに後を追うことを決めたのもおそらくそれ故だ。必死で追いかけないと、取り戻さないと、彼は帰ってこない気がした。

 

 ディラックはいつも優しかった。だが、今思えばいつも儚げな瞳をしていた。自分の運命を受け入れる、深い諦めにも似た色をそこに浮かべていた。

 

 ねぇ、ディラック。タナトスはあなたのことを闇の力も持つ者だと言っていた。あなたは自分が何者かを詳しく知っていたわけではないようだけど……でも、なんとなくわかっていたのかしら。自分の運命を感じていたのかしら。

 

 ディラックの父母が、蝋燭を川に流す。蝋燭の灯が遠ざかる。

 

 プリムはそれを目で追いながら、心の中で呼びかける。

 

 ――ねえ、ディラック。私、あなたと同じ瞳の色をしている人知っているわ。

 

 女と対峙した、ランディの静かな瞳が目に浮かぶ。

 

 先ほどの女の突進など、聖剣の勇者である彼には避けることは容易かったはずだ。

 

 それでも彼は避けなかった。

 

 馬鹿だわ。そうでもしないとあの女の気が済まないだろうって思ったんでしょう。あんたが傷つく必要なんてないのに。

 

行き場のなくなった憎悪を引き受けるのも、聖剣の勇者である自分の役目だって思ってるんでしょう。

 

 お父様もお母様も私のこともパメラのこともおいて、全部背負って持って行ってしまったディラックと同じ。何でも背負おうとする。

 

 ねぇ、だから、私、ランディを放っておけないのよ。

 

 プリムは返答は帰ってこないとわかっていながら、心の中でもういない恋人に呼びかける。

 

 先ほどの騒ぎでわかったのだ。

 

 ランディが、あの戦いを知らない誰かのことを好きになればいいと思っていた。あなたは悪くないんだとずっと言い続けてあげられる人が側にいてあげてほしいと思っていた。

 

 だが、ランディはあの戦いを忘れることはないだろう。

 

 そして、あの戦いでの彼を肯定することは、あの戦いを知っているプリムにしかできない。

 

 先ほどのような場面で、ランディは悪くない、と言えるのは私だけだ。

 

 ――私だって、あの女と同じ。

 

 どうしてディラックを助けてくれなかったの。そう思ってる。心のどこかでランディを責めている。

 

私が側にいれば、少なからずランディを傷つけるだろう。ただでさえあの馬鹿は、ディラックを助けられなかったことで私に対して罪悪感を持っているのだ。

 

だから、ランディのことを好きだと認めてはいけないと思っていた。

 

 でも、私は知っている。

 

 ランディは悪くないことを。誰よりも近くで見てきた私が一番知っている。

 

 側にいることで傷つけるなら、それ以上に何度も言う。ランディの隣で、あんたは悪くないって、ずっと言い続ける。誰にも負けないくらい、言い続ける。

 

 だから、そろそろ認めてもいいだろうか。

 

 

 ――私、ランディが好き。

 

 

 あなたは許してくれる、ディラック?

 

 小さくなった蝋燭の灯が、一瞬、揺れた気がした。

 

 

 

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2009.5.20

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