赤い運命

 

 

 

 7

 

 

 「ふざけんじゃないわよ!どうして開かないのよ!」

 

 プリムはそう罵り、ドレスであることも忘れて扉をハイヒールで蹴った。

 

 王の姿をしたスパイが指を鳴らした次の瞬間、会場にいたランディ以外の全員が、タスマニカ共和国の入口に立っていた。

 

 本物の王の捜索を、と騒然とする人々を置き去りにし、プリムとポポイ、そしてジェマとその幾人の部下たちはパーティー会場に急いで戻ってきた。

 

 だが、扉はぴくりとも動かない。手分けしていくつかある扉の全てを試したが、結果は同じだった。プリムとポポイは扉の前でなす術なく立ち尽くす。

 

 「だいたい、どうしてアンちゃんだけが狙われるんだ!」

 

 今、ランディは聖剣を持っていない。魔法を使えない彼は苦戦しているに違いない。ポポイは焦りを隠せず怒鳴る。

 

 ポポイの言葉に、ジェマはまさか、と呟いた。

 

 「何!?なんか知ってるの、ジェマ!?」

 

 「い、いや……」

 

 「何でもいいから教えてくれよ、ジェマ!」

 

 ランディに二人には言わないでくれ、と言われたことは覚えていたが、ジェマは緊急事態だと判断した。

 

 「王が……いや、王に化けたスパイだったわけだが……謁見のときに、聖剣の勇者とはランディ一人のことなのか三人のことなのか、と聞いてな。ランディは自分一人だと答えた。おそらく奴は、帝国に仕事を任されたプロのスパイだ。詳しいことは知らなかったので確認したのだろう」

 

 「それでアンちゃん一人を始末すればいいって判断したのか」

 

 「ランディ!あいつは……!また一人で何でも背負おうとしてるわね!」

 

 ポポイが苦い顔で呟き、プリムは怒りに今度は拳で扉を叩いた。

 

 その衝撃に、扉があっけなく開いた。プリムは予期せぬ結果にバランスを崩してたたらを踏んだ。

 

 「え?開いた?」

 

 「ランディが敵を倒したのかもしれん。おそらくは空間を切り離したか何かしていたのだろうが……それが解けたのだろう」

 

 ジェマの言葉を半分も聞かず、プリムとポポイは転がるように会場の中に入った。

 

 会場の中はめちゃくちゃだった。あちこちでテーブルが倒れ、料理や飲み物が散乱している。床には穴が空き、柱には傷がついている。

 

 プリムとポポイは焦って視線を巡らす。

 

 すると、会場の隅で、ランディがぼんやりと立っているのがわかった。

 

 「ランディ!」

 

 「アンちゃん!」

 

 二人は慌ててランディに駆け寄った。

 

 「ランディ、だいじょう――」

 

 声をかけようとしたプリムは思わず絶句した。

 

 ランディの全身は血まみれだった。甲冑は元のかたちを保っておらず、白い服とマントは赤く染まっている。

 

 左手に握り締めた聖剣からは、血が滴っている。傍らには、スパイの男が、血だまりに力の抜けた身体を浸していた。一目で死骸とわかる。

 

 遅れてやって来たジェマとその部下たちも、息をのんだ。凄惨な場面を見慣れているタスマニカの騎士たちでも衝撃は強かったのか、畏怖の目でランディを見つめる。

 

 「アンちゃん……」

 

 「大丈夫。全部、返り血だから」

 

 ポポイの心配する声を遮り、ランディがぎこちなく微笑んだ。

 

 だが、いつも夏の青空のように澄んでいる瞳は、嵐が来た夜の色のように澱んでいて、見ている者を不安にさせた。

 

「僕は、大丈夫。本当に返り血だけだよ。苦戦したけどね、ほとんど怪我してない」

 

いつになく饒舌なランディの姿は、人々の目に奇異に映る。

 

ジェマも眉をひそめた。

 

「本当、大丈夫。ああ、でも、どうしよう、服。借りたものなのに、困ったな。これ、洗っても落ちないよね、弁償かなぁ」

 

聖剣の勇者になって、ただ我武者羅に戦ってきた。

 

そして、多くの敵の命を奪った。

 

――お前のように、何の覚悟もなく、ただ流されて聖剣の勇者になり剣を振るっているよりは、幾分マシかと思うがね?

 

ああ、男の言う通りだ。自分は、流されているだけだ。

 

今だって、殺すつもりだったわけではない。聖剣に命を助けられたようなものだ。

 

だが、殺したのも、助かったのも、自分の意思があったわけじゃない。流されているだけだ。

 

プリムとポポイには、戦う理由がある。

 

あのスパイの男にもあった。おそらく、帝国の者たちにもあるのだろう。ランディには到底理解できない理由だとしても。

 

故に彼らは覚悟している。自分が罪に問われることも、血にまみれることも。

 

だからこそ、ランディは思うのだ。覚悟のできていない自分が命を奪うことこそが、真に罪深いのではないかと。

 

だから、罪に問われるのも、血にまみれるのも、自分一人であるべきなのだ。

 

「びっくりしたよー。僕が願ったら、聖剣が手の中に戻って来てさ。空間をいじったとか言ってたのに、本当びっくりした」

 

ランディは、熱に浮かされたように益体のないことを言い連ねる。

 

 「ランディ!」

 

 プリムが怒ったように、ランディに向かって手を伸ばした。すると、ランディは素早く後ずさった。

 

 「触るな!」

 

鋭い声が響いた。

 

それが、ランディが発したものだということに気付くのに、プリムとポポイは数秒かかった。

 

ランディは打って変わって顔を蒼白にしていた。

 

「触ったら、だめだ。プリムとポポイは何もしてないのに。これは、僕がやったことだから、だめだ。触ったら二人まで」

 

汚れてしまう。

 

そう言ったランディの言葉に、プリムとポポイの目が険しくなった。

 

次の瞬間、プリムがぐいっとランディの手を引き、その背中に両手を回した。ポポイも同じく、腰のあたりに手を回す。

 

ランディに付いた乾ききっていない血が、プリムのドレスやポポイのローブに染み込む。

 

呆然としていたランディはそれに気付くと、慌てて二人の手から逃れようと暴れ出した。

 

「ふ、二人とも!服!汚れるから――!」

 

「ふざけるんじゃないわよ」

 

プリムの鋭い声に、ランディはぴたりと動きを止めた。

 

「どうしてあんたは一人で抱え込むの!」

 

「仕方無いよ、アンちゃんだからなー」

 

心底呆れた、といった二人の口調はいつもと変わらない。

 

ランディの身体から強張りが抜けていく。

 

「ねえ、ランディ。どうしていつも一人で全部背負おうとするの?私たちは何のためにいるのよ?」

 

「アンちゃんが何考えてるか、全部はわからないけどさ。聖剣の勇者は自分一人だって言ったんだって?」

 

ランディがびくりと震える。

 

「確かにそうかもしれないけど。オイラたち、今まで一緒に戦ってきただろ。敵を倒したのも、殺したのも……全部一緒だったじゃないか。アンちゃんが一人で全部背負う必要はないんだよ」

 

「そうよ。私たちにも背負わせなさい。あんたの、その、聖剣の勇者っていう重荷」

 

ランディがぶんぶんと首を振る。

 

「でも、でも……僕は、二人を巻き込みたくないんだ」

 

「例えあんたがそう思ってても。私たちは、無理矢理にでも巻きまれるわよ」

 

「そうそう。もう遅いよ。だってオイラたち」

 

仲間なんだから。

 

ポポイの力強い声に、聖剣が床に落ちる音が重なった。

 

ランディが垂らしていた腕を二人の背中に回す。

 

ジェマやタスマニカの騎士たちが、抱き合う三人を見つめていた。

 

 

 

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2009.3.29

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