赤い運命
5
ランディとジェマが剣を預けて会場に行ったときには、もうパーティーは始まっていた。入口で、警備につくジェマと別れ、プリムとポポイの姿を探す。多くの人がきらびやかな衣装で歓談を楽しんでいる一方、それと同じくらいの割合で、ランディと同じ白い服と甲冑を身につけた騎士たちが控えている。
幸い、騎士の一人だと思われているのか、ランディを聖剣の勇者だと騒ぎたてるものもおらず、ランディは胸を撫で下ろした。
「あ!アンちゃん!やっと来たー!」
上がった声に視線を向けると、白いローブを着たポポイが、右手で食事を口へと運び、左手でテーブルの料理を自分の皿に移すという器用なことをやっていた。
「遅かったねー、何やってたの?」
ポポイは食べ物で口をいっぱいにして言った。ランディは頭を抱えて言った。
「ポポイ……こういうパーティーは、あんまりお腹いっぱいに食べるんじゃなくて小腹を満たすくらいにして、あとはお酒を飲んでお話を楽しむもので……」
「へえー」
ポポイは全く聞く耳を持たず、着々と料理を胃袋に収めていく。
周りからの視線がとても痛かったが、ランディはもう放っておくことにして、先程のポポイの質問に答えることにした。
「ジェマと一緒に、聖剣を調べてたんだ」
「聖剣を?」
「うん。さっき、聖剣を他の人が触ったら電流みたいなのが走ることがわかって。他にも調べたら何かわかるんじゃないかなと思って、そうしたら」
ランディの言葉半ばで、周りから感嘆の声が上がった。
何事かと、ランディもポポイも顔を向ける。
人々の間をぬって、一人の女性が歩いてくるのが見えた。
長い金髪をアップにし、白いベアトップのドレスを着たプリムだ。
薄く施した化粧と、アクセサリーはいつも付けている大ぶりのピアスだけというシンプルさが、プリム自身が生来持つ華やかさを引き立てていた。
その歩みは優雅でそつがなく、パンドーラの貴族というプリムの生い立ちを思い起こさせる。会場中の視線を一身に受けながらも、慣れているのかプリムは物怖じせずに、きょろきょろと周りを見回していた。おそらく、ランディとポポイを探しているのだろう。
「……忘れてたけど、ネエちゃん、いいとこのお嬢さんなんだもんなー。こういう場所ではやっぱり映えるよな。な、アンちゃん」
ポポイがプリムに目をやりながら感心して言う。が、傍らから返事は返ってこない。
ポポイがランディの顔を見ると、ランディは呆けた顔でプリムの姿を目で追っていた。
「……アンちゃん?」
再びのポポイの声に、ランディははっとして「な、何?」と返す。
その頬がほんのりと染まっていることにポポイはにやりとした。
「……アンちゃん、もしかして見とれて」
「うわああああ!な、なんか暑いよね、ここ!僕が甲冑着てるからかな!?」
慌てるランディと、絶好のからかうネタを手に入れて喜々とするポポイの声が響く。
騒ぎを聞きつけたのか、プリムがこちらに向かってきた。
「あんたたち、何騒いでるの?すごく目立ってるわよ」
「い、いや!別に!何も!」
ぶんぶんと首を振るランディを見て、さらにポポイがにやにやとする。
ふうん、とプリムは言いながらも、ランディの全身を上から下まで見たあと、一言言った。
「馬子にも衣装ね」
その言葉に、ランディはがくりとうなだれる。旅に出る前に比べれば筋肉も付き、成長したといっても、まだ少年と呼べる体型で、同年代と比べても細身のランディにとって、タスマニカの騎士の正装は着ているというより着られている印象だ。
「ネエちゃんはすげーキレイだ!さすがだな!」
「あら、ありがと」
プリムに微笑んでさらりと受ける。そしていたずらっぽい顔でランディを見る。
「ランディは?どう?」
ドレスの裾をつまんでプリムが言う。
ランディはどぎまぎしながら「に、似合ってるよ」と口にする。
プリムは、もうちょっと工夫して褒めないと女の子は口説けないわよ、と返し、再びランディはうなだれた。その様子にプリムとポポイが声をあげて笑う。
そのとき、拍手が沸き起こった。三人が目をやると、王が檀上に上がって挨拶するところだった。
「本日はお集りいただき、誠に光栄である!」
人々が皆口をつぐみ、王の言葉に耳を傾ける。
「今日の主役は、聖剣の勇者、ランディだ!」
王がランディのほうへ目をやった。会場の注目がランディに集まる。ランディは狼狽し、とりあえずへらへらと笑った。続けて、王が声を低めて言った。
「今は、世界は未曽有の危機の中にある。このタスマニカ共和国も例外ではない。実は、今、この城の中には帝国のスパイが潜んでいるという」
着飾った人々に動揺が広がる。スパイの件は機密事項のはずだ。まさか王が言うと思わなかったのか、騎士たちもざわめき始めた。
だが王はにこにこと笑顔を絶やさない。
「心配しなくても良い!もうスパイの正体はつかめておる!」
ランディとプリム、ポポイは顔を見合わせた。王が何を考えているかわからない。
だが、次の瞬間、三人の表情は凍りついた。
「それは、本日の主役のことだ!今日のパーティーは、スパイである聖剣の勇者を捕えるために催したものである!」
周りが一斉にランディを見る。ランディは驚きで身体が動かない。
「な!?何馬鹿なこと言ってるのよ!」
プリムが言葉遣いも忘れて叫ぶ。王は高く笑いながら言った。
「馬鹿なこと?何を言う!聖剣の勇者が国に入った途端に、スパイが潜入したという情報が入ったのだ。疑う余地はあるまい!ひっ捕らえよ!」
王の言葉に、半信半疑ながらも騎士たちが剣に手をかけた。
ランディは自分も聖剣を手に取ろうと左手を動かして、それが空を切ったことに歯噛みする。パーティーは、聖剣をランディに疑いを持たせずに手放させるための口実だったのだ。
プリムとポポイが、さっとランディの前に出た。武器がない今、二人の魔法で何とかするしかない。
できることなら、タスマニカの騎士を傷つけたくはない。だが、王の命令である以上、彼らはランディたちに襲いかかるだろう。そして、王の誤解は簡単に解けそうもない。
どうすればいい?なぜこんなことに?ランディは頭を回転させるが、何も思いつかない。
三人と騎士たちの間に、一触即発の空気が流れる。
そのとき、ジェマの朗々とした声が響いた。
「待て!お前は王ではないな!見ろ、影がない!」
その言葉に、注目が王に移る。
豪勢なシャンデリアに照らされたその身体の後ろに、あるべきはずの影がない。
「おかしいと思っていたのだ!聖剣を見せろと言いながら、椅子から立ち上がらなかったのも、影がないことに気付かれたくなかったからだな!――お前こそが、スパイだ!」
ジェマの確信に満ちた言葉に、騎士たちが身体を反転させて、王に武器を向ける。彼らも薄々おかしいと思っていたのだろう。
王は無表情のまま、立っていたが、やがて口を開いた。
「……暗殺の訓練を受けた者は、ターゲットに近寄っても気づかれないように影を消している。それが仇となったようだ」
「!!」
それまでの王の声とは全く違う、低く暗い声に、人々が瞠目した。
ランディたち三人や騎士たちが行動に移る前に、王の姿をした男は、パチンと指を鳴らした。
次の瞬間、ランディの周りから人々が一斉に消えた。
「――え!?」
テーブルやその上に乗った豪勢な料理と花が残された会場に、ランディとスパイだけが立っていた。
すぐ側にいたプリムとポポイの姿も既にない。
「タスマニカの騎士、ジェマ……私の正体を見破ったことは見事だ。ただ、おしいのは……私の狙いは王ではなく、聖剣の勇者だったということに気付かなかったことだな」
男が王の顔で歪んだ笑いを作った。
2009.3.25