赤い運命
3
王との謁見の間は、ぴりぴりとした空気が漂っていた。
多くの騎士たちがずらりと並び、入ってきたランディを一斉にぎろりと睨む。
ランディは委縮しながらも、ジェマと共に歩みを進める。
「そこで止まれ」
騎士の中の一人が出したのであろう、野太い声が、ランディの足を止めさせた。
前方には玉座に座った王の姿があるが、ランディとの距離は顔が判別できるかできないかといったところだ。もしかすると普段はもう少し近くまで行けるのかもしれないが、今日は危害を加えようとしてもすぐには届かない距離までしか近づくことが許されないのだろう。
「陛下。聖剣の勇者、ランディを連れて参りました」
「うむ。そなたがランディか」
ジェマの言葉に鷹揚に王が答え、ランディに話しかけた。ランディは慌ててはい、と言ってぺこりと頭を下げる。
王はジェマと同じくらいか、少し上の年齢だろうと思われた。恰幅の良い体つきが、貫禄をにじませている。
「……はて。滞在しているのは三人、と聞いておるが。他の二人はどうしたのだ?」
王の言葉に、ジェマが答えようとした。が、素早くランディが口を開く。
「聖剣の勇者は、僕一人です」
そのはっきりとした口調に、ジェマが少し驚いてランディを見た。ランディは真っ直ぐ王を見つめていた。
「他の二人は、目的が一致するところがあるので僕と行動を共にしているだけです。聖剣の勇者を呼んでほしい、とおっしゃられたようなので、僕一人で来ました」
いつもの弱気な様子は微塵も見せず、はきはきと答えるランディと、その言葉の内容に、ジェマが訝しげな顔をする。
「では、聖剣の勇者はそなた一人。そういった認識でいいのだな?」
「はい。そうです」
ランディがうなずいた。王はふむ、と思案したあと、言った。
「実は、一度聖剣をこの目で見てみたいと思っておっての。見せてくれるか?」
「あ、はい」
ランディは柄に手をかけた。条件反射なのか、周りの騎士たちが緊張した様子を見せた。
ランディがすらりと剣を抜く。磨き上げられた刀身に、王が子どものように感嘆した声をあげる。
「見事だな。ぜひ近くで見たいのだが……」
王は腰を上げかけたが、考え直して座る。同時に、近くで控えていた年かさの騎士が慌てて言った。
「陛下!今の状況を鑑みてくださいませ。いくら勇者殿と言えど、武器を持った者に近づくことはおやめください」
「……そうだな。だが、ジェマならよかろう。ジェマ、その聖剣を借りてここまで持って来てくれんか」
ランディとジェマは困って顔を見合わせた。ランディは恐る恐る言う。
「その……できることならそうしたいのですが」
「陛下、聖剣は抜いた者にしか扱えないのです。つまり、ランディしか持つことはできない。ランディが近づくことを許されない以上、陛下の目前に聖剣を持っていくことは不可能なのです」
ジェマの言葉に、王は、では仕方ないか、と残念そうな声を出した。だが、すぐに笑顔になって言う。
「無理を言って悪かった。今夜は、聖剣の勇者を迎える宴を用意させておるので、楽しんでくれ」
さらりと言われた言葉にランディはきょとんとする。
「うたげ……?あ、え、でも、僕たち……」
「ジャッハという人物を探しているのであろう?パーティーとなれば、人も集まる。情報も集めやすかろう」
すぐ出発するつもりでいたのですが、と言おうとしたランディだが、王の言葉に何も言えなくなった。王が、自分たちのために好意で行うものだということがわかったからだ。
代わりに口を開いたのはジェマだ。
「陛下!差し出がましいようですが、現在の状況をお考えくださいませ。陛下は城内に潜んでいる賊に狙われているのです。パーティーなど開けば、襲ってくださいと言っているようなものです」
丁寧な言葉を崩さないものの、ジェマの口調には呆れとも苛立ちともつかないものが窺えた。周りの騎士たちもパーティーのことは聞かされていなかったのか、動揺が広がっている。
王は高く笑うと言った。
「だからこそ、だ。隠れているのは性に合わんのだよ。襲うならさっさとやってもらって、そなたたちにスパイを捕まえてもらいたいと考えておるのだ。我がタスマニカ共和国の騎士団は、みすみす王を殺されるような実力ではないはずだ。加えて今夜は聖剣の勇者もいる」
「しかし」
「それとも、自信がないか?ジェマ」
ジェマはぐっと詰まった。そこまで言われれば、ジェマが反対することはできないだろう。
「……わかりました。ありがとうございます」
黙ってしまったジェマに代わり、ランディはもう一度頭を下げた。
二人は謁見の間から下がり、廊下を歩いていた。先程プリムとポポイと約束した合流地点に向かっているところだ。
「王様、随分大胆な人なんだね」
「ああ。しかし、パーティーのことといい、聖剣を見せてくれと言ったことといい……普段は私たちを困らせるような無茶を言うお人ではないのだがなぁ」
「命を狙われて神経をすり減らしてるから、少し我儘になってる、とか」
「うーむ……」
考え込んでしまったジェマに、ランディも無言で廊下を進む。
ふいに、ジェマが顔を上げた。
「ランディ」
「ん?何?」
「聞こうと思っておったのだが……どうして聖剣の勇者は自分一人だと強調したのだ?一人で王に謁見に行ったのも、それを言いたかったからなのだろう」
ランディは足を止めた。困った顔をして、ジェマを見上げる。
「……理由、言わないといけない?」
「言わなければ、プリムとポポイに聞く」
ジェマの言葉に、ランディは弱ったというと顔をした。しばらく迷っていたが、やがてぽつりと言う。
「……プリムとポポイには内緒にしておいてくれる?」
「よかろう」
ランディはさらに少し逡巡し、うつむいて言った。
「……その、戦いが終ったときのことを、考えたら、さ」
「うむ」
「次に恐れられるのは誰だと思う?」
ランディの言葉に、ジェマははっとする。ランディは、顔を上げない。
「今は、世界を手中に収めようとする帝国が恐れられていて、それを阻止しようとする聖剣の勇者は讃えられている。でも、もしも僕たちが帝国を倒すことに成功して、平和が世の中に訪れたら……次に人々が恐れるのは誰だろう?」
ランディの、拳を作る指が、白くなるほど握られていた。
「……それは、聖剣の勇者じゃないのかな」
聖剣の勇者が帝国を倒した。すると、聖剣の勇者は帝国以上の力を持っていることになる。
その聖剣の勇者が、帝国と同じように、力をもってして世界を掌握しようとしたら?誰も止められないのでは?
そう、恐れる者もいるのではないか。
人間は気まぐれだ。今日の英雄が明日、悪者になることなど珍しくない。聖剣の勇者が糾弾される側になる可能性は、少なくない。
「考えすぎだ、って言われたらそれまでだけど。もしそういう事態が訪れたら、プリムとポポイを巻き込むことだけはしたくないんだ。だから、王様っていう影響力のある人に、一度きちんと言っておきたかったんだ。聖剣の勇者は僕一人だって」
まあ、行く先々で、三人で行動しているところは見られちゃってるから、今更なんだけどね。しかもあの二人、目立つし。
顔を上げたランディは、わざとらしく明るく言った。そして、付け足す。
「二人には言わないで。何バカなこと言ってるんだ、って怒られるからさ」
そうしてジェマを追い抜き、再び歩みを始めた。
ジェマは、ランディの背中に、真剣さをにじませて言う。
「……聖剣の勇者が疎まれるような、そんな事態は、私が起こさせない。何も心配するな」
言いながら、ジェマは自分で何の根拠もないことを言っているなと自嘲した。各地に顔が利くとは言え、所詮自分は、一介の騎士に過ぎないのだ。
それでも、言っておきたかったのだ。
ランディが一瞬身体を止めた。そして、振り向かないまま答える。
「うん。わかってる」
廊下の向こうから、姿を表さない二人に業を煮やして探しに来たのであろう、プリムとポポイがやってくるのが見えた。
プリムは容姿端麗だし、ポポイは小さい上に羽根とか頬にペイントとかしてて、相当目立つだろうなと思います。ランディは背景並に目立ちません、きっと(笑)
2009.3.23