ふたりのレゾンデートル
2
倒れたランディを乗せ、フラミーは一旦タスマニカ王国に戻った。
ジェマは驚いた顔をしながらも、部屋と医者を用意してくれた。
城の一室で、ベッドに寝かされたランディに向かって、プリムが手をかざす。
「ヒールウォーター!」
手から淡い光が発し、ランディの身体を包む。
だが、ランディの顔から苦悶の表情は消えない。
「なんで!?さっきから何度も魔法かけてるのに……!」
プリムが泣きそうな顔をしながら叫ぶ。ポポイが気遣うようにその手を押さえた。
「ネエちゃん、もうやめなよ。魔力が尽きて、ネエちゃんまで倒れちゃうよ」
ベッドから一歩ひいた二人に代わり、ジェマがランディに近づく。
ジェマがランディの身体に触るが、どこにも目立った外傷はない。だが、身体を丸めるようにして苦しみ続けている。
「これは……一体」
「わからないの。どこにも怪我ないのに、ずっと痛がったままで、魔法をかけても変わらなくて」
ジェマは虚空を見上げると、声を張り上げた。
「ルカ様!見ておられるでしょう。ランディの症状に心当たりはありませんか」
すると少し間を置いて、空気が震えてルカからのテレパシーが届いた。
――呪い……と呼ばれるものかもしれん。魔界の力の一種じゃ。
「魔界!」
「ちくしょう、ってことはタナトスのせいかよ!」
プリムが悲鳴をあげるように叫び、ポポイが悔しそうに壁を拳で叩いた。
――恐らくは、呪いが脳に直接働きかけて痛みがあるように錯覚させているのだろう。だから外傷もないのに苦しみ続けているのだ。
ルカの言葉に、プリムがすがる。
「どうしたらいいの!?ヒールウォーターは効かないの!?」
――ヒールウォーターは聖なる水の力によって、その人の持つ生命力を高めて治療や回復を行う。だが、呪いを解くには人間の生命力ではいくら高めても限界があるので効果がないのだ。
「どうすればいいんだ!」
ポポイが勢い込んで尋ねる。
――呪いを解くには、魔法の力が呪いの力を上回らなければならない。ひとつだけ、それが可能な高度な魔法がある。
プリムとポポイは、固唾をのんでルカの言葉を待つ。
ルカが厳かにその名前を告げた。
――リバイブ。木の生命力をもたらす魔法。木の精霊、ドリアードの魔法じゃ。
部屋の中に沈黙が落ちた。
ランディの呻き声が響き、プリムとポポイははっとする。
「……ドリアードの魔法、ってことはオイラたちはまだ手に入れていないじゃないか!」
ポポイが焦ったように言って、ランディを見る。
ランディは呼吸すら苦しそうに、きつくベッドのシーツをつかみ、痛みに耐えている。
ランディは仲間に心配をかけまいと、怪我したことや具合が悪いことを隠そうとするのが常だ。そのため、こんな風に目に見えて辛そうなランディを見るのは初めてだった。
逆に言えば、虚勢を繕う余裕もないほど苦しいということだろう。
「ランディを治すには、マナの神殿に行って、ドリアードを仲間にするしかないってことね」
「絶対に帝国のやつらはいるだろうけど……仕方ないな」
プリムとポポイはお互いに視線を合わせてうなずきあった。
「おい。まさか、お前たち……!」
「行くわ。私とポポイの、二人で」
ジェマが慌てたように二人に近寄った。
「マナの神殿には、帝国の皇帝も四天王も向かっているんだぞ!ランディなしで危険すぎる!」
「だからって、このままランディを放っておくっていうの?」
プリムは目標が定まって覚悟が決まったのか、凛とした態度でジェマに言い返す。
「大丈夫だぜ!アンちゃんがいなくても、オイラの魔法で敵を蹴散らしてやる!」
「そうよ。ドリアードを仲間にして、ついでに皇帝もタナトスもまとめてやっつけてきて、ランディにあんたの出番なんてないわよって言ってやるわ!」
ジェマは二人が強がっていることに気付いたが、結局それしか方法がないだろうと引いた。
「わかった……ランディのことはわしに任せて、行ってこい」
そのとき、ランディのか細い声が聞こえた。
三人は一斉にベッドを振り向いた。
「ランディ?ランディ、大丈夫!?」
「ふた…りとも、だめだ」
ランディが途切れ途切れに言葉を発する。
「だめだ……いっちゃ」
そこまで言って再び痛みに突っ伏してしまう。
プリムはふっと慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、そっとランディの額の髪をかきあげると言った。
「ばか。あんたは今回、一回休み。自分の心配だけしてなさい」
ポポイはいたずらっぽく、ひひひと笑う。
「そうそう、アンちゃんは留守番。いってくるな、アンちゃん」
「ジェマ、ランディのこと、お願いね」
ジェマが「ああ」と返事をすると、二人はくるりと背を向けた。ランディに見せたものとは打って変わって、真剣な表情になる。
呪いは今すぐ死ぬことはないようだが、痛みを耐え続けるランディの精神がいつ限界になってもおかしくない。なるべく急いだほうがよい。
プリムとポポイはタスマニカの城の中庭に待たせたままだったフラミーの背に乗ると、「マナの神殿へ」と告げた。
2010.7.3