ふたりのレゾンデートル

 

1


 「ポポイ!魔法を!」

 「魔法っていっても!命中させられるかどうか」

 「僕が隙をつくるから!プリムは防御を頼む」

 「くっ……まさか、空の上で攻撃されるなんて想定していなかったわ」

 三人はフラミーの背の上にいた。

 ただ、いつもと違うのは周りをずらりとモンスターに囲まれていることだ。

 今までフラミーで移動しているときに襲われたことはなかった。空にはモンスターは生息していないからだ。

 ――おそらくは、タナトスの差し金だ。

 ランディは焦りながらも冷静に分析する。

 目の前の雲のかたちのモンスターたちは目の焦点が定まっていない。タナトスの魔力に支配されていたときのパメラやディラックと様子が似ている。おそらくは操られて、ランディたちを攻撃するように仕向けられているのだろう。

 「倒せなくてもいい、なんとか振り切ってマナの神殿にたどり着ければ……!」

 ランディはそう言って、鞘から剣を引き抜いて構えた。

 三人は、マナの神殿に向かっているところだったのだ。

 帝国よりも早くマナの神殿に着いて、マナの種子を封印しなければならない。

 帝国側が何らかの邪魔をしてくるとは考えていたが、まさか空中で襲われるとは考えていなかった。迂闊だった、とランディは唇を噛みしめる。

 だが、帝国側が既にマナの神殿に着いているのであれば、ランディたちを足止めする必要もないはずだ。つまり、敵もまだ神殿にはたどり着いていないということだ。

 ランディははやる気持ちを抑えると、近づいてきた雲たちに聖剣をふるった。しかけてくる魔法にはプリムが魔法で防壁を作って防ぐ。

 ポポイが魔法を唱えて敵に向かって放つが、地面とは違う不安定な足場のせいか、なかなか命中せず敵の数は減らない。

 フラミーも必死に先に進もうとしているのだが、モンスターの数が減らないのでなかなか動けない。

 空中での戦いにくさにランディが内心の焦りを必死に押し殺していると、正面にいたモンスターの目がきらりと光った。

 え、とランディはその瞳を見つめてしまった。

 ――あれ……どこかで、同じものを。

 次の瞬間、ぶあっと黒い霧のようなものが広がった。

 「え!?」

 「何!?」

 プリムとポポイも、とっさには反応できなかった。

 そして、その霧は一番先頭にいたランディに向かっていく。

 身体をひねれば避けられるな。

 時間にすれば一瞬のことだったが、ランディは頭の中でゆっくり時間が進むかのように考えをまとめていた。

 でも、避けたら、プリムかポポイに当たるか……フラミーに被害が行く。

 大丈夫、見た目からして死ぬまでのダメージは受けないはずだ。

 ランディは覚悟を決め、目をつぶった。

 プリムとポポイの悲鳴が響き、ランディの身体を衝撃が襲った。

 フラミーの背中で倒れ伏すランディの耳に、嘲笑が聞こえてきた。

 それは、忘れることのできない呪術師のものだった。

 ――本当に馬鹿だねえ、聖剣の勇者は。避けられるのに避けないだろうと思ったんだ。読み通りだったよ。

 うるさい、と言おうとしたが、口が動かない。プリムとポポイが自分を呼ぶ声がする。

 二人には、タナトスの声が聞こえないのだろうか。

 テレパシーのようなもので話しかけられているのだろう、と不愉快な状況にランディは眉をひそめた。

 ――この襲撃は、君を痛めつけることが目的だったんだ。一時でも君を行動不能にすれば、私の目的は達成されるからね。

 うるさい、うるさい!

 ランディは沈みそうな意識の中で、必死に抵いの声をあげる。

 こんな怪我くらい、すぐにプリムに治してもらう。そしてすぐにお前たち帝国を倒しにいってやる。

 ランディの声にならない思考はタナトスに伝わったらしい。タナトスが鼻で笑う気配がした。

 ――あのお嬢さんの魔法では治らないと思うよ。ちょっと特殊な術なのでね。

 なんだと、と思うのと同時に、タナトスがさも愉快だというようにあげる笑い声が聞こえた。

 ――しかし、君も健気だね。そして、実に愚かだ。仲間をかばうなんて。

 そんなの、当たり前だ。二人とも、僕にとってとても大切な仲間なんだから。

 ランディの噛みつくような返答に、タナトスの嘲りのこもった声が響く。

 ――君にとってはそうかもしれないけれど。二人はどうなんだろうね。

 何が言いたい。

 ――君が二人に大切にされるのは、君が聖剣の勇者だからだろう。お嬢さんは恋人を救う力を持った君を宛にしているだけだし、妖精の子どもだって、復讐に力が必要だから君の近くにいるだけだ。

 そんな――そんなことはない。

 ――今だけだ。君が仲間の二人に、水の神官や共和国の騎士や、各国の王たちに必要とされるのは。戦いが終わったら、君など用済みだ。

 ちがう!

 ――いいや、違わない。戦いが終わったら、君は、必要ないんだよ。

 ちがう……。

 そう反論しようとしたのも束の間、ランディの意識は闇に沈んでいく。

 モンスターの目の中に見えた光が、タナトスの仮面の穴から見えるものにそっくりだったことに気づいたときには、完全に意識を失っていた。

 

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2010.7.1

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