人魚姫

 

 3


 

 

 急いで城の中を見回ると、城中が混乱で満ちていた。

 

 聖剣の勇者たちは城のあちこちで魔法を使っているようだ。城を守る兵士たちはモンスターと遭遇することが少ないため、魔法に慣れていないことが混乱に拍車をかけている。

 私は指示をとばしながら、城を駆け回る。

 城の被害を考えるとまずい状況だが、これはチャンスでもある。ここで聖剣の勇者を倒すことができれば、タナトス様の目的の障害はなくなるに等しい。

 ――ぜひとも、私の手で聖剣の勇者を倒したい!

 私はそう考え、兵士たちの報告を聞いて聖剣の勇者がいるという城の場所に向かう。

 だが、私が着いた頃には聖剣の勇者も移動している、ということが重なり、なかなか追いつかない。

 私が城の階段で舌打ちをしていると、聞きなれた声が意識に呼びかけてきた。

 ――ファウナッハ。

 「タナトス様!」

 私ははっと顔をあげる。

 ――ファウナッハ、城の中はもうよい。皇帝の間に戻ってこい。

 「ですが、聖剣の勇者は――」

 ――やつらは、レジスタンスのメンバーを救出し、その足で皇帝を倒すべく向かってきているようだ。

 私は自分が選択を誤ったことに気付いた。

 少し考えれば、聖剣の勇者の目的がレジスタンスの救出であることには気づけたはずだ。ならば、あのとき、レジスタンスたちが捕らえられている場所を離れなければ、勇者たちと対決することができたはずだ。

 私はチャンスを逃したことを悟った。だが、後悔していても仕方ない。タナトス様の命令は、私にとって絶対だ。

 「……わかりました。戻ります」

 私は渋々ながらも頷いた。タナトス様が笑う気配が、テレパシーで聞こえてくる。

 ――慌てずとも、いずれ聖剣の勇者と戦うときが巡ってくるであろう。そのときは、頼むぞ。

 その言葉で、私の沈んでいた意識は一気に浮上する。

 私は頬を赤くし、少女のような笑みではい、と頷いたのだった。

 

 

 皇帝の間に戻ると、皇帝とシーク、ゲシュタールが揃っていた。

 「タナトス様は?」

 私の問いに、シークが苦笑する。

 「お前は本当に、タナトスのことばかりだな。タナトスが捕らえている男――ディラックといったか。あいつに術をかけるとかで、いない。この場は任せると言われている」

 私は頷くと、皇帝に向き直った。

 「皇帝様、もうすぐここに勇者たちがやってくるでしょう。万が一のことがあってはいけませんから、今のうちに城から脱出を……」

 私の言葉に皇帝はけらけらと笑って答えた。

 「何、心配ない。それよりも、聖剣の勇者たちの顔を一度見てみたいのだ!」

 足手まといになるだろうから、今のうちにいなくなってほしいってことだったのよ!

 自分の顔が一瞬本音を隠しきれずに歪んだのがわかる。それが見えたのであろう、皇帝の肩越しに、苦笑いしているシークが見えた。
 
 ずっと黙っていたゲシュタールが呟いた。

 「……来た」

 その言葉に視線を扉に向けたときに、派手な音と共に衝撃が身体を襲った。

 「――ポポイ!いくらなんでも魔法で扉を破壊することないでしょ!」

 「だってさー。扉を開けた途端に攻撃されたらたまったもんじゃないじゃん。先制攻撃にもなってお得だろ!」

 もくもくと煙があがる中、かしましい声が聞こえてくる。

 「城が崩れたらポポイのせいだからな」

 ――え?この声……。

 私は眼を見張った。

 煙が晴れた後には、三つの人影があった。

 金髪にすらりとした体型の美少女。赤い髪の、小柄な子ども。

 そして……。

 栗色の髪に、幼い顔つき。そして、青空の色をした瞳。

 そこに立っていたのは、先程まで私が尋問をしていた少年だった。

 「お前は……?」

 「来たな、聖剣の勇者!」

 私の呟きは、ゲシュタールの鋭い声でかき消された。

 どういうこと?あのレジスタンスのメンバーの少年が、聖剣の勇者?

 混乱する私のほうを、勇者と呼ばれた少年が見るのがわかった。

 私はぎくりとする。

 深淵にのぞいているような瞳。星のない夜を思わせるようなその色。

 ――確かに、あの少年だ。

 聖剣の勇者が、レジスタンスのメンバーとして、一緒に捕らえられていた?なぜ?

 私の混乱をよそに、ゲシュタールが何事か喚いていた。

 「では、この場はお前に任せよう」

 皇帝の言葉にはっとする。いつのまにか、聖剣の勇者たちの相手は、ゲシュタールがするということになってしまったらしい。ゲシュタールには聖剣の勇者たちと遭遇しながらも倒せなかったという汚名がある。それを濯ぎたい気持ちが強いのだろう。

 困惑する私をよそに、私と皇帝はシークの魔力によって瞬間移動させられ、城を後にしたのだった。

 

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2009.12.10

 

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