人魚姫

 

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 「レジスタンスのメンバーの尋問を?」

 「はっ。タナトス様から、ファウナッハ様に一任するとのご命令です。レジスタンスの本拠地や内情、そして聖剣の勇者一味と接触している可能性があるので、探ってくれとのことでした」

 私の提案した作戦が功を奏し、レジスタンスのリーダーである少女と、その部下である数人の身柄を拘束することに成功した。

 私はタナトス様からの伝言を伝えてきた使者に尋ねる。

 「やはりリーダーの尋問からかしら。一番情報を持っているだろうし」

 「それが……レジスタンスの部下の男にうるさいやつがいて、リーダーを別室に連れていこうとすると暴れて手がつけられないんです。そいつを先に痛めつけてやってくれと。そうすれば、リーダーも大人しく話をするでしょう」

 「ふうん」

 私はわかったわ、といって使者のあとについて牢に向かう。

 レジスタンスのメンバーは聖剣の勇者につながるかもしれない貴重な情報源。その尋問を任されたということに、また誇らしい気持ちになる。

 だが、牢の並ぶ地下室に降りて行くにつれて、そんな私のいい気分を台無しにするような騒ぎ声が聞こえてきた。

 「こいつ!おとなしくしろ!」

 「応援を呼んで来い!」

 兵士がひとつの牢の前にかたまって騒いでいる。

 彼らは私の姿を目にとめると、ほっとしたような顔でこちらを見た。

 「ファウナッハ様!」

 「騒がしいわね、全く」

 「こいつが暴れて……リーダーを引き渡そうとしないんです」

 「帝国の兵士がこれだけ寄ってかかって敵わないの?情けないわね」

 私はきつく兵士たちを睨みつけてから、檻が開けられた牢の中をのぞく。

 そこには、数人の男女が寄り添うように固まっていた。

 金髪の一際年若い少女。これがレジスタンスのリーダーだろう。

 そして、その少女を守るように前に立った少年がいた。全身が傷だらけで、息があがっている。相当抵抗したのだろう。

 「私は帝国四天王の一人、ファウナッハ。いい、ここはあんたたちの敵の本拠地のど真ん中なのよ。いいかげんあきらめたら?どれだけ抵抗したって、辿る道は一緒よ」

 「うるさい!出ていけ!」

 少年は満身創痍にも関わらず、ぎらぎらした目で睨んできた。いつかかってこられてもいいように、構えをとっている。武器は取り上げられてないにもかかわらず、その姿には隙がない。

 へえ、レジスタンスにもできるやつがいるのね。

 私は感心しながら、口元を笑みの形に歪めた。

 「そ。口で言ってもわからないなら、力でわかってもらうしかないわね」

 私は少年の瞳をじっと見つめる。少年が異変に気づいて目をそらそうとするが、もう遅い。

 少年が驚愕の表情をする。

 私はにやりと笑う。彼は今、自分の身体が自分の意思で動かなくなっていることに驚いているのだろう。そう、もう彼の身体は私の思い通りなのだ。

 これがタナトス様のために、魔界と契約して得た私の力だ。

 「リーダーよりも先に、あんたを尋問するわ。ねえ、レジスタンスの本拠地は街のどこにあるの?」

 「――……っ!」

 少年は開きそうになる口を必死に閉じようとしている。金魚のように口をぱくぱくと開きながらも、声は出さない。

 意思の弱い人間ならすぐにしゃべってしまうのだが、なかなか手強い。

 「レジスタンスは全部で何人くらいいるの?」

 「……だれ、が、言うか!」

 「強情ねえ。聖剣の勇者には会ったことがある?」

 「うるさい!」

 少年は息を絶え絶えにしながらも、こちらの望む答えは返してこない。

 弱った。ここまで抵抗されたことは初めてだ。

 私は意地になり、なんとかこいつの口を割らせたい、と思った。そのためにはこのままでは埒があかない。少年を弱らせてから、もう一度尋ねれば陥落するだろう。

 ――肉体的に痛めつけて弱らせてもいいが、強固な意志を崩すためには精神的に痛めつけたほうが早い。

 そう考えた私は、少年の額に手を当てた。

 「そこまで強情を張るなら……あんたが一番、見られたくないもの、知られたくないものを暴いてやるわ」

 「何する……っ!」

 少年の叫び声を無視して、私は手に魔力を込める。

 少年の頭の中にある、見られたくない、知られたくない、忘れておきたい――そう思っている記憶を引き出してやる。

 「やめろおおおお!!」

 少年が悲鳴をあげた。

 私の頭の中に、記憶の断片が流れ込んでくる。

 少年は、貧しい村の生まれだった。

 だが、村の中では理不尽な扱いを受ける。

 少年には特に身に覚えがない。だが、村の中では異端扱いをされ、罵倒され、虐げられて育つ。

 成長してからもそれは変わらない。処世術を身につけ、息を殺して、身を小さくして暮らし続ける。

 だが、身の内では割り切れない思いが残ったまま。

 どうして、自分だけが。どうして。

 自分が何をした?何もしていないのに、どうして?

 いっそのこと。

 いっそのこと、こんな世界など、壊れてしまえばいい!

 「いやだあああっ!!」

 弾き出されるように、目の前が白くなり、私ははっと目を開いた。

 目の前で少年は頭を抱え、肩を揺らして息をしている。

 私は少年の額に当てていたはずの手の平を見つめた。火傷でもしたように、じくじくと痛む。

 まさか……。

 私は衝撃で次の行動を取ることも忘れていた。

 この私の魔力を持ってしても……跳ね返された……?

 「やめろ……やめてくれ……」

 少年は小さく呟いている。私は我に返り、とにかくもう一度術をかけようとかかがんで少年の髪をつかんで、顔をあげさせた。

 少年は気力を使いきったのか、ぼんやりとした瞳で私を見返してくる。

 「――さあ、もういいわよね?レジスタンスの本拠地はどこ?」

 術をかけようと瞳に魔力を持たせたときに、城が揺れた。

 「何だ!?」

 「今、揺れたか?」

 周りの兵士たちが動揺し始める。レジスタンスのメンバーたちも顔を見合わせている。

 「大変です!」

 地下の入り口から兵士が慌てた様子で走りこんできた。

 「聖剣の勇者が、レジスタンスを追ってやってたようです!取り押さえたのですが、見張りの兵を倒して逃げ出したらしく、城の中のそこら中で戦闘が起こっています!」

 私は舌打ちすると、仕方なく立ち上がった。レジスタンスの尋問よりも、こちらのほうが火急だろう。

 「あんたたちは牢を閉じて、しっかり見張っていなさい。勇者たちがレジスタンスを救出にくるかもしれないわ」

 「ファ、ファウナッハ様は……?」

 「私は城の中の勇者を探す。さあ、ぐずぐずせず配置につけ!」

 私の声に、兵士たちが慌てて動き出す。

 私は立ち上がり、牢から出る。そのまま急いで牢から離れようとしたが、一度振り向いてしまった。

 牢の中では、少年が力尽きたように寝そべっていた。

 一瞬だけ、少年と再び瞳が合った。

 少年の青い瞳は暗く淀んでいて、私はどきりとした。

 ――その瞳は、余りにも、鏡の中で見る私の瞳に似ていたのだ。

 

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2009.11.23

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