星になる
肉を断つ音がして、生温かい血液が身体に降りかかるのがわかった。だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
息を整える間もなく、背後から次のモンスターが襲ってくる気配がした。その正体を見極める余裕もなく、夢中で剣を振る。重たい物体が倒れる音がした。
自分の鼓動の音がうるさい。
「――……はぁ、はぁ、はぁ」
ランディは剣を構えなおし、辺りをぐるりと睨みつける。
先程まで森をびっしりと埋め尽くすほどのモンスターがいたのだが、今はだいぶ減った。
だが、ランディも満身創痍だった。今にも身体が崩れ落ちそうだ。それでも、そんな気配は微塵も見せず、モンスターたちを気迫で圧倒する。
モンスターたちは自分たちの不利を悟ったのだろう。ぱっと散って逃げていく。
完全にモンスターたちの姿がなくなった途端、ランディの膝から力が抜ける。剣が地面に落ちる音がした。かろうじて手をついて、完全に倒れることは防ぐ。今うずくまってしまったら、もう立てない気がした。
「……プリム、ポポイ」
地面についた手をぐっと握りしめると、ランディは顔をあげた。ふらふらの足取りながら、先程プリムとポポイを避難させた茂みにたどり着く。
町を出発して目的地に向かう途中で、尋常ではないモンスターたちに囲まれてしまったのだ。
戦いの中、プリムが重傷を負ってしまった。まもなく、魔法を使いすぎたのだろう、足取りが不安定になってきたところをモンスターに攻撃され、ポポイも気を失ってしまった。
ランディはプリムとポポイを茂みに移動させて隠し、なんとかモンスターを撃退したのだった。
茂みの中で、プリムとポポイはぐったりと木の幹に身体を預けていた。
プリムは腹部にモンスターの攻撃を受けたようだ。ランディは荷物から包帯を取り出し慌てて止血をするが、血は止まりそうにない。呼吸も弱くなっている。
ポポイのほうも、傷から来る痛みと熱に、苦しそうな息をしている。
「……どうしよう」
ランディはぽつりと呟いた。
ここから元いた町まではかなりかかる。半日かけてここまで移動してきたのだ。その距離を、ランディ一人で二人を運びながらでは、時間がかかりすぎてしまう。
二人とも危険な状態だ。特にプリムは今すぐにでも医者に見せなければいけないだろう。
「どうしよう……どうしよう!」
ランディはパニックになりそうだった。どうしよう、としか言えない自分がひどく情けない。
このままではプリムとポポイが死んでしまう。
そう考えただけで、手が震えてきそうだった。
「何やってるんだ、僕は!早く何とかしないと!」
そう自分を叱咤するが、浮かんでくるのは、出発をもう少し早めていれば、あのとき別の道を通ることにしていれば、プリムが怪我をしそうになったときにすぐに助けに入っていれば、などの後悔ばかりだった。
――残っているのが、僕じゃなくてプリムだったらよかったのに!
プリムであれば、回復魔法を使って傷を治すことができる。ポポイが残っていてもなんとかなっただろう。効き目は薄いかもしれないが、魔法が使える以上、ヒールウォーターを使うことはできるはずだ。
――二人がいるから、自分が魔法を使えないことを不便に思ったことはなかったけど……こんなことになるなんて!
ランディは、役に立たない自分に歯噛みした。
――聖剣を抜いたあなたには、魔法を使うことはできません。
ウンディーネの言葉が苦々しくよみがえる。
聖剣の勇者、なんて言っても、命を奪い取ることにしかできない、役立たずだ。自分の仲間すら、助けることができない。
そのとき、ふと、ウンディーネに言われた言葉の続きがよみがえった。
――聖剣の持ち主が魔法を使うと、剣の力とぶつかって、命を落とすかもしれないの……。
「……まさか」
ランディは思いついた一つの仮定に、身震いした。
ウンディーネに、魔法は使えない、と聞いてその言葉を鵜呑みにしていた。
だが、よく考えれば、使うとランディが命を落とす危険があるから、使うことはできない、という意味ではないか?
「使うことはできる、ってこと、だよね……?」
ランディの呟きに答えるものはいない。
かなりリスクの高い賭けであることはわかっていた。例え魔法が使えたとしても、一度も魔法を使ったことのない者であるランディが、うまく使いこなせるとは限らない。プリムとポポイの傷も治らず、ランディも魔法を使った反動で死んでしまう可能性もある。
――それでも。
プリムを、ポポイを、失いたくない。
こんな風に、誰かの無事を望むのは、初めてのことだった。
ランディはすう、と息を整える。
プリムに、魔法を使うのってどんな気分?と聞いたことがある。
そのとき、プリムは水の魔法なら、水を、火の魔法なら、火をイメージするのだ、と言っていた。
ランディは必死に、心の中に水の映像を思い浮かべる。聖剣の森で、滝に落ちたときに感じた、水の冷たさ。水の神殿に行くと聞こえる、心地よい水の流れる音。
「お願いだ、ウンディーネ。僕に力を貸してくれ!」
ランディは、身体の中から力が湧きあがってくるのを感じた。
――これが魔力?
戸惑いながらも、その力が手の平に集まって行く気がした。そっと、両の手をプリムとポポイにかざす。
「ヒールウォーター!」
ランディの呪文を唱える声に呼応するように、手の平が熱くなった。
同時に、身体が抉られるような衝撃が、ランディを襲う。
何がどうなっているのかわからない。
衝撃に耐えられず、ランディの口から悲鳴があがり、意識が遠くなる。
――もし、みんな無事に助かったら。
きっと、プリムとポポイにすごく怒られるんだろうな。
でも、いいや。二人が無事なら。
ランディはふっと苦笑すると、同時に、意識を失った。
「星にはならない」の前のお話。
2009.11.15