この話は、「重傷を負った二人のために、ランディが回復魔法を使う」という話です。
以前に活動なさっていた聖剣2のサイト様にそのような内容の漫画があり、それを元に妄想をふくらませて書いたものです。
現在、そのサイト様は閉鎖なさってしまったのでネタの使用についての許可が取れなくなっています。
よって、話の展開や結末は私が書いたものですが、ネタ元は別にあることを明記しておきます。
星にはならない
ぼんやりと目を開くと、見慣れない木目の天井が目に入った。
「……?」
ランディは瞼を二、三度瞬かせる。
首を回すと、小綺麗な部屋の様子が目に入った。どこかの宿屋らしい。だが、やはり見覚えはない。
「……あ、れ?」
おかしい。意識を失う前に何をしていたのかが思い出せない。
窓から差し込む淡い光は、既に昼過ぎあたりであることを推測させた。常であれば、こんな時間まで寝ているはずがなかった。仲間二人が起こしに来ないことがおかしい。
そうだ。プリムとポポイは?
見たところ、部屋の中にはランディしかいない。
とにかく一度起きようと、身体を起こそうとした。
――え?
腕も手も指さえも、ぴくりとも動かない。
「え、な、なんで……?」
必死に力を込めて、なんとか肘を立てる。肘に体重をかけて、身体をゆっくりと起こす。
それだけのことで、全身がぎしぎしと悲鳴をあげた。
足を床につけ、立ちあがろうとする。
だが、冗談かと思うほど足に力が入らない。浮遊感を感じたときには、床に倒れ込んでいた。派手な音が、どこか他人事のように耳に入る。
再び起き上がろうとするが、また指の先さえ動かない。
そのとき、ドアの向こうからばたばたという足音と、何やら騒がしい声が聞こえた。
「――ランディ!?」
ドアが勢いよく開けられる音と共に、自分を呼ぶ声が響いた。
何とか首を回すと、焦った表情をしたプリムとポポイが立っていた。
「ちょっと、何でおとなしくしてないのよ!」
プリムが慌ててランディの身体を支える。
「よかった、アンちゃん、目が覚めたんだな」
ポポイがほっとした様子で言う。
ランディは朦朧としながらも、なぜかプリムとポポイの姿にひどく安心した。
――ああ、よかった。二人とも無事で。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
「……二人とも、怪我、ない?」
ランディは無意識のうちにそう言っていた。今だに自分たちに何があったのか記憶はつながらないが、そう聞いておかなければ気が済まない気がしたのだ。
だが、その言葉を聞いた途端、プリムとポポイがさっと顔色を変えた。
二人の反応にランディはぽかんとする。
次の瞬間、鈍い音が部屋中に響き渡り、ランディの身体は再び床に崩れ落ちていた。
「ネエちゃん!」
ポポイの慌てた声がする。
「あんたは……!どうしてそうやって、いつもいつも……!」
プリムの声がだんだん遠ざかる。
ああ、殴られたのか。
そう理解したときには、再びランディの意識は闇の中に沈んでいこうとしていた。
霞む視界の中、プリムの眼尻に光るものがあるのが見えた気がした。
「アンちゃん……大丈夫?」
再び意識を取り戻した頃には夜になっていた。
先程よりは体力も戻り、ランディはベッドの上で身体を起こしている。
プリムに殴られた跡を氷で冷やしているが、腫れは数日ひきそうになかった。
ポポイの心配そうな顔に、ランディは苦笑して見せた。
「うん。さすがにプリムの本気の拳は痛かったけどね」
部屋の中にはランディとポポイの姿しかなかった。さすがに気まずいのだろう。プリムは顔を見せていない。
「……でも、ネエちゃんが殴らなかったら、オイラがアンちゃんのこと殴ってたよ、たぶん」
ポポイの呟きに、ランディは首を傾げる。
「あのさ、ポポイ。僕、何があったのか全然覚えてないんだけど……」
「うん。衝撃で一部の記憶も吹っ飛んじゃったんだろうって、ウンディーネが言ってた」
「え?」
突然出てきた水の精霊の名前に、ランディの混乱は増すばかりだ。
「アンちゃん、魔法を使ったんだよ」
「え」
「昨日の戦闘中にね。ネエちゃんもオイラも気を失ってたから、具体的には何があったのかわからないんだけど」
昨日、今いる町を出発した三人は、町からかなり離れた場所で大量のモンスターに囲まれてしまったらしい。
必死に応戦したが、プリムが重傷を負ってしまった。さらに、ポポイも力尽きてしまったらしい。
そこから後は推測でしかない、と前置きしつつ、ポポイはぽつりぽつりと語った。
「アンちゃんは、なんとかモンスターを一掃したんだけど、ネエちゃんとオイラはかなり危険な状態だったみたいなんだ。町に運ぶにしても遠いし、手遅れになる可能性が高かった。それで、アンちゃんは……」
「魔法を使った……?」
ポポイがこくりと頷く。
――聖剣を抜いたあなたには、魔法を使うことはできません。聖剣の持ち主が魔法を使うと、剣の力とぶつかって、命を落とすかもしれないの……。
初めて会ったときにウンディーネから聞いた言葉が蘇る。
ウンディーネは、魔法を使えない、と言ったわけではなかった。使うと危険だ、と言ったのだ。
ということは、使うことはできるということだ。
ウンディーネの力を借りる、回復の魔法……ヒールウォーターも。
「そっか……」
何があったのか思い出せたわけではないが、理解はできた。同じ状況に陥ったときに、自分が同じ行動を取るであろうことは予想がついた。
そしてウンディーネの言葉通り、聖剣の力と魔法がぶつかりあってランディを襲ったのだろう。かろうじてプリムとポポイの傷は治ったようだが、ランディの身体は魂が丸ごと削られたような疲労感が付きまとっている。
命がけではあったが、二人が無事でよかったと、ランディは息をついた。
そんなランディの様子に、ポポイが表情を歪めた。
「アンちゃん、なんでネエちゃんがあんなに怒ったのか……本当にわかってる?」
「え?」
「アンちゃんさ、反省してないだろ。結局皆無事だったからよかったって思ってるだろ」
いつになく厳しいポポイの言葉に、ランディは戸惑う。
「一歩間違えば、死ぬところだったんだよ?」
ポポイの顔は泣くことをこらえるようにしかめられていた。
「今回のことは、元はと言えば、ネエちゃんとオイラがやられちゃったのが原因だよ。でも、どうしていつもアンちゃんは自分ことを省みないんだよ。どうして他の方法も模索せず、死ぬかもしれない危険を冒して魔法を使うんだよ」
ポポイは俯き、表情を隠す。
「アンちゃん、怖かったんだと思う。オイラたちが死ぬんじゃないかって思って。でも、でもさ……オイラたちもすごく怖かったよ。意識を取り戻したら、怪我が全部治ってて、でも、それと引き換えみたいにアンちゃんが倒れてて、いくら呼びかけても反応しなくて。
何があったのか理解した途端、すごく怖くなった。アンちゃんが死ぬんじゃないかって。どうしてこんな無茶したんだって、罵って、でも、アンちゃん、ずっとずっと目が覚めなくて……」
しかも起きたら起きたで、自分のことなんかそっちのけで、いきなりオイラ達に怪我ないか、なんて聞くし。
ポポイの鼻をすする音が聞こえる。
「アンちゃん、頼むから……もっと自分のこと大事にしてくれよ……」
ポポイはとうとう泣いていることを隠そうともせず、目元をごしごしとこすった。
ランディはその手をそっと取り、ごめん、と囁く。
「その場限りの謝罪なんて、き、聞きたくないよ。ほんと、に、わかってるのかよ!」
ポポイが涙でぐしゃぐしゃの顔を向ける。
ランディはポポイの頭に手をやり、撫でた。ごめん、と何度も言いながら。
「もう、歩いても平気なの」
こちらが声をかける前に、強張った背中の主は口を開いた。
ランディは「うん」と答える。
宿屋の庭。プリムはそこで、体育座りをして佇んでいた。
ランディはその背後で、それ以上近寄ることもできず、彼女の背中に向かって話しかけた。
「……ごめん」
「何で謝るのよ」
プリムの声は刺々しい。
「……まだ、怒ってる?」
「怒ってるわよ。でも、あんたが魔法を使ったことに怒ってるんじゃないわ。あんたが、」
プリムの声が一旦途切れた。そのことで、プリムがしゃくりあげていることがわかり、ランディは少し狼狽する。
「あんたが……!私がなんで怒ってるのか、わかってないから、怒ってるのよ!」
「……うん。そうだね」
ランディは静かに言う。
「でも、ポポイが教えてくれた。僕が自分のことを大事にしないから、だろ?」
プリムの肩がぴくりと跳ねる。
「だから、ごめん。二人にも心配かけたよね」
ランディは、一歩、プリムに歩み寄った。
「ずっと、お前なんていなくなればいいって言われてばかりだったから。本当は今でも不思議なんだ、どうして二人が僕のことをそんなに心配してくれるのか。大事にしてくれるのか」
「あんたは!」
プリムが振り向き、立ち上がった。
「あんたは……私やポポイのこと、魔法を使ってまで助けたことに、理由なんて、あるの?」
「……ない、と思う。覚えてないけど」
「私たちにだってないわよ。あんたが昔、どんな風に村の人たちに思われてたかも、関係ない。ただ、大事だからよ。心配だからよっ」
プリムの瞳は少し潤んでいた。
「あんたは、いつもいつも……どうして、自分のことは後回しなのよ。私たち、いつもハラハラさせられっぱなし。お願いだから……」
ランディは、プリムに向かってもう一歩踏み出す。そのとき、ふわりと全身から力が抜けた。
「――っ!」
倒れそうになったところを、プリムが支えた。
「まだ平気じゃないじゃない!この馬鹿!」
「ご、ごめん」
「謝るくらいなら、もっと自分のこと大事にしてよ!じゃないと」
あんたのこと大事にしてる人たちは、どうなるのよ。
プリムの言葉に、ランディは顔を上げた。
「私やポポイだけじゃないわ。ジェマも、ルカ様も、いろんな人があんたのこと大事に思ってるのに……どうしてあんた自身が、自分のことを大事にしないのよ。じゃないと、あんたのことを大事にしている人たちが、馬鹿みたいじゃない!」
ランディは、プリムをしっかり見て、再び言った。
「……ごめん」
「今度こそ本当にわかったんでしょうね」
「うん」
なら、いいわ。
やっとプリムは微笑んで、ランディの肩に腕を回した。
「ひ、一人で歩けるよ」
「そうやって強がらないで、人の手を借りなさい!」
宿屋に戻る二人を、月の光が淡く照らしていた。
拍手だった当時は、3ページに分かれていました。
タイトルの「星」の意味は、「よだかの星」から。よだかのように、自分を犠牲にして「星」にはならない、というランディの決意です。
2009.8.20