永遠とは呼べないけれど

 

 

 「シャル……ロット?」

 おそるおそるかけられたケヴィンの声に、少女が反応した。

 日の光をあびて輝く金色の巻き毛、白いワンピースからのびる細い腕と足。

 精巧に作られた人形のように見えた横顔が動き、宝石のような瞳が彼らをとらえた途端、彼女の頬が薔薇色に染まった。かたちのよい唇が開き、鈴が鳴るような声を紡ぐ。

 「デュランしゃん、ケヴィンしゃん、ホークアイしゃん!久しぶりでちね!」

 その言葉に、デュランとホークアイはたたらを踏んだ。

 「シャルロット、お前なあ!見た目はともかく中身の年齢いくつだよ。いい加減、そのしゃべり方直したらどうなんだ?」

 「そうだぜ、シャル。せっかく美少女に育ったのに。一瞬誰だかわからなかったぜ」

 デュランがあきれたように言い、ホークアイがシャルロットの手を取りその甲にキスを降らす。

 シャルロットは慣れているのか、ふん、とじっとりとした目でホークアイを見た。

 「調子いいこと言って、相変わらずでちね、ホークアイしゃん。リースしゃんに報告するでち」

 「おっとそいつは勘弁!」

 デュランはじゃれ合っている二人から離れると、ぼうっと突っ立ったままのケヴィンの肩に手を置いた。

 「おい、いつまで見とれてるんだケヴィン」

 「み、見とれてたわけじゃっ」

 「わかるわかる。久しぶりのあの子との再会。成長している彼女に胸が高鳴る、定番じゃないか!」

 顔を真っ赤にするケヴィンに、ホークアイもからかいの言葉をかける。

 シャルロットも生来のいたずら好きが首をもたげてきたのか、ケヴィンの前に立つと上目づかいに彼を見上げた。

 「ケヴィンしゃん。シャル、そんなに綺麗になったでちか?」

 ケヴィンは顔をさらに赤くすると、もう何も考えられないようでただ頭をぶんぶん振って頷き返した。

 その様子を見てデュランとホークアイは声をあげて笑った。

 

 

 世界に平和が戻って十年以上たち、最初のころは復興で精一杯だった各々の国もかなり落ち着きを取り戻しつつあった。

 世界の命運をかける戦いの中で知り合った六人の少年少女ももう立派な大人となり、国の中枢で働いている。

 そして今年、シャルロットが光の司祭の跡を継ぐことになった。以前から手伝いはこなしていたらしいが、正式に継承の儀式を執り行う運びとなったらしい。

 そこで、予定がなかなか合わない六人ながら、なんとか示し合わせてウェンデルに集まり、シャルロットを祝う宴を催すことになったのである。

 「えー、この集まりで堅苦しい挨拶しても仕方ないんで……今日は飲むぞー!はいかんぱーい!」

 ホークアイが乾杯の音頭をとると、真面目にやれよ、とデュランの罵声がとぶ。六人とも大笑いしながら、グラスを合わせた。

 「シャルロット、ちょっと見ない間にほーんと綺麗になったわよねー」

 「失礼な。シャルは今も昔も変わらず美少女でちよ」

 アンジェラの言葉にシャルロットはぷくっと頬をふくらませた。

 リースはそんな二人を見ながらくすくすと笑う。

 「でも本当、綺麗になりましたね。次期司祭様とは言え、殿方が放っておかないんではないですか?」

 「そうよ。そうだわ、ヒースはなんて言ってるの?もうプロポーズとかされた!?」

 「ヒースは結婚が決まったでちよ。おじいちゃんが紹介した都の子と」

 シャルロットが明日の天気を話すように言ったため、アンジェラとリースは危うく平然と相槌を打つところだった。

 「……え?」

 数秒たって二人が声をもらしたところで、彼女たちの肩を抱く腕が伸びてきた。

 「ほらほらリース!久しぶりに会った恋人を放っておかないでくれよー」

 「ホ、ホークアイ、ちょっと」

 「アンジェラ、おら、来いよ。酒ついでくれ」

 「デュラン!今それどころじゃないのよっ」

 アンジェラとリースが男二人に引きずられていく。抵抗していた二人だが、ホークアイがこっそりと「二人きりにしてやって」と言うと、大人しく従った。

 そして、その場に残されたのはシャルロットとケヴィンのみになった。

 「……なんでちか、あのバカップル二組は。年を考えろでち」

 「シャ、シャル、バルコニーに出ないか。オイラ、久しぶりにシャルと話ができるって楽しみにしてたんだ」

 ケヴィンが必死にそう言った。シャルロットはいいでち、と頷くとバルコニーに出た。

 夏の涼しい夜風が二人の頬を撫でる。

 「……聞こえたでちか、さっきの」

 シャルロットが静かにそう言う。ケヴィンは素直に頷く。

 「ケヴィンしゃんたち獣人の耳は人間とは比べ物にならないくらいいでちからね」

 「本当なのか。ヒースが結婚するって」

 「本当でちよ」

 シャルロットはバルコニーの手すりに肘をつき、手にしたグラスを揺らした。

 その気だるさの漂う仕草は、幼い口調とアンバランスに映る。

 「……それでいいの、シャルは」

 「ケヴィンしゃん、シャルをいくつだと思っているでちか。大人になったんでちよ、これでも」

 シャルロットはため息をつくと、ケヴィンを見つめた。

 「みんなだって大人になったでち。デュランしゃんはフォルセナの剣士って立場を捨てられず、アルテナの女王のアンジェラしゃんとは結婚できずにいるでち。ホークアイしゃんはナーバルを立て直すために世界中飛び回ってて、同じくローラントの復興で忙しいリースしゃんとはなかなか会えてもいない。
でも仕方ないでち。立場ってものがあるでち。それはシャルだって同じでち」

 「でも!」

 「ヒースのことは大好きでちよ。でも、ヒースは人間でち。シャルは人間とエルフのハーフでち」

 シャルロットの冷たい声に、ケヴィンは勢いこんで前に乗り出した身体を止めた。

 「今はよくても……そのうち、きっとずれが生じるでち。シャルに流れている時間と、他のみんなに流れている時間は違うでち。でも、それを見つめるのがシャルの仕事だと思っているでち」

 シャルロットはそう言って夜空を見上げた。そして、ため息をついて言う。

 「本当は……普通のしゃべり方だってできるの。でも、あの頃のままでいたい、変わりたくないって思って、わざとまだ、でちって言ってるの。馬鹿みたいかな、あたし」

 「そんなことない!!」

 ケヴィンが大きな声を出した。シャルロットが大きな瞳を瞬かせて彼を見た。

 「でち、って言うシャルロットも、今みたいに話すシャルロットも、オイラは大好きだ!」

 離れたところで、大好きだ、という部分だけが聞こえたのか、デュランがワインを吹き出し、ホークアイが口笛を吹く。女性陣がきゃあっと歓声をあげた。

 ケヴィンはちらりと騒ぐ四人を見やると、シャルロットに耳打ちする。

 「それに、デュランは今日アンジェラにプロポーズするって言ってた」

 「え」

 「リースも、そろそろ弟の戴冠式を行うって話が出ているらしい。そうしたら、ホークアイとももっと一緒にいられる」

 「……」

 「大人になるって、悪いことばかりじゃないよ」

 そう言ってケヴィンはシャルロットの手をとると、にっこりと微笑んだ。

 「シャルはすごい綺麗になったし」

 「……ケヴィンしゃんも、変わったでち。前はそんなこと言わなかったのに」

 「うん。オイラだって大人になるよ」

 シャルロットを安心させるように、ケヴィンは優しく言った。

 「でも、オイラは獣人だ。人間よりずーっと長生きする。だから、ずっとシャルの傍にいるよ」

 「ケヴィン、しゃん」

 「デュランが、ホークが、アンジェラが、リースが、ヒースがいなくなった後も。オイラはずっとシャルの傍にいる……いい、かな?」

 真剣なケヴィンの眼差しが、シャルロットを捕らえた。

 やがて、シャルロットがこくりと頷く。

 それを勝手に都合のいいようにとらえたのか、おおっと声をあげてデュランとホークアイがケヴィンに駆け寄る。

 「よかったなー、ケヴィン!」

 「ホークアイ、ちょ、苦しいっ」

 シャルロットのところにもアンジェラとリースがやってきて騒ぎ立てる。

 「今日はおめでたいことが重なったわねー!さあ、ケヴィンをいじって楽しみましょう」

 「アンジェラさん、それはちょっと……」

 シャルロットは浮かれるアンジェラとそれを諌めるリースを見ながら、きっと明日の朝、同じようにいじられるのはアンジェラしゃんでち、と言いたい気持ちを堪える。

 「さあ、宴はまだ始まったばかりだぜ!今夜は飲むぞー!」

 ホークアイの言葉に、六人は再度グラスを合わせた。

 


 リクエスト

2010.8.18 
 

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