ホットミルク

 

 2

 

 「はい、どうぞ」

 

 クリスはにっこりと笑ってコップをランディに差し出した。ランディは礼を言って受け取る。

 

 二人はクリスの部屋にあるベランダに立っていた。

 

 比較的北に位置するノースタウンの夜は肌寒い。二人はそれぞれカーディガンを肩にかけていた。

 

 話しをしないかという誘いにランディがうなずくと、クリスは一人で広間に入って行った。酔っ払いたちを適当にあしらう声が聞こえたあと、ほどなくして、台所で用意したのであろう飲み物の入ったコップを両手にひとつずつ持って現れた。

 

 ランディはコップに口をつける。中身はホットミルクだった。ただ牛乳を温めただけではなく、砂糖が足されているようで、ほどよい甘さが口に広がる。

 

 クリスが苦笑いをしながら口を開く。

 

 「突然誘って、ぶしつけだったかな」

 

 「いや、そんな」

 

 「私、実は楽しみにしてたの。ジェマ様から聖剣の勇者は君と同じくらいの年だって聞いて。レジスタンスのリーダーになってからは、同年代の子と話すことって少なくなっていたから」

 ランディは昼間、レジスタンスのアジトにいた人々に聞いた話を思い出す。

 

 ――クリスの父親は、帝国との戦いで命を落としたんだ。

 

 ――彼女は死んだお父さんの跡を継いで、我々を導いてくれている。

 

 ――年頃の娘だから、本当は、おしゃれしたり、遊んだり、したいだろうにね。立派な子だが、不憫でならないよ。

 

 ――クリスねえちゃんが、泣いているのを見たことがあるよ。

 

 「……ごめんなさい」

 

 ぽつりとクリスが言った言葉が、ランディを思考から引き揚げる。

 

 「お酒が入っているとはいえ、あんなこと……。最近、帝国の監視が厳しくて、なかなか自由に動き回れなくて、みんなストレスが溜まってるの。リーダーとして、謝る」

 

 ランディはぶんぶんと頭を振った。

 

 「い、いや、全然いいんだ。気にしてない」

 

 二人の上に沈黙が落ちた。

 

 「……ごめん。思いっきり気にしてます、って顔してるのは僕だよね」

 

 その言葉にクリスが吹き出し、二人は顔を見合せて笑い合った。

 

 「でも、ああいうことはよく言われるし、慣れてるんだ。僕が逆の立場でも、こんなのが聖剣の勇者で大丈夫か、って絶対思うし。だから、本当に気にしてない」

 

 一気に言ったあと、ランディは付け足すように口を開いた。

 

 「自分でも、どうして僕が聖剣の勇者なんだ、って思うことは、あるし」

 

 再び沈黙が落ちる。ランディは間をもたせるために、ホットミルクに再び口をつけた。

 

 「ひとつ、聞きたいことがあるの」

 

 今度はクリスが沈黙を破った。

 

 「ランディはどうして、聖剣の勇者をしているの?」

 

 クリスの質問に、ランディは困惑した顔を向ける。

 

 「それは……僕にしか聖剣は扱えないから、」

 

 「ああ、いや、そうじゃないの」

 

 クリスはランディの言葉を止めると、少し考えてから話し始めた。

 

 「確かに、聖剣を使えるのはランディだけよね。でも、世界を救えるのはランディだけじゃないでしょう。マナの種子のことは抜きにして、世界を救うことイコール帝国の暴走を止めること、と考えれば私たちレジスタンスに任せてもいい。ジェマ様やルカ様に頼んでもいいし、パンドーラとタスマニカに動いてもらってもいい。あなたが逃げて、すべて放り出しても、聖剣に頼らない方法でどうにかしようとする人は少なからずいる」

 

 クリスの碧い瞳がランディをまっすぐ見つめる。

 

 「ジェマ様から話を聞いて驚いた。私の肩にはレジスタンスがかかってる。でも、同じくらいの年の男の子が、もっと重い、世界なんてものを背負っているなんて。望んで聖剣の勇者になったわけでも、望まれて聖剣の勇者になったわけでもないのに。命をかけて、逃げることも、放り出すこともせず、戦っている。どうして耐えられるのか――あなたに会ったら、それを聞いてみたかったの」

 

 

 

 クリスがコップを傾けて喉を潤すのを、ランディはじっと見ていた。

 

 「……僕が、聖剣の勇者をしているのは」

 

 ランディの声にクリスは顔を向けた。

 

 「プリムやポポイ、ジェマやルカ様、それからもちろんクリスも。この戦いで出会ったいろんな人たちが生きているこの世界を守りたいから……」

 

 ランディは、言いながら、自分の声がどんどん小さくなっていくのを自覚した。

 

 クリスはランディの顔をじっと見つめている。ランディはいたたまれなくなって、顔をそむけた。

 

 「……ごめん。今のは、建前。理由のひとつではあるけど、一番大きな理由じゃない」

 

 クリスになら、言ってしまおうか、と考える。

 

 今まで誰にも言ったことのなかった本音。

 

 最も信頼している、一緒に旅をしている二人にも話したことはなかった。

 

 最愛の恋人を、すべてをかけて想っているプリムには、

 

 自分のように帰る場所を失う者を、もう出さないために戦っているポポイには、

 

 とても言えない本音。

 

 「僕は」

 

 ランディは目を閉じて、意を決したように呟いた。

 

 「僕は、必要とされるために聖剣の勇者をやっているんだ」

 

 

 

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結果的には「世界を救うこと=神獣を倒すこと」だったので必ず聖剣が必要なのですが。

この時点ではわかっていないので、こう考えるのもアリかな、と。

 

2009.2.6

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