3 自惚れないで

 

 

 

 

 

 「私は行かないわよ!それでも行くの?」

 

「僕は、地底神殿に行く。それが僕の使命だから」

 

「いいわよ、もう!私一人で行くから!じゃあね!」

 

 

 

 

 

 売り言葉に買い言葉とはまさにこのことだ。

 

 「ちょっと、言い過ぎたかしら……」

 

 少し反省してみるものの、意見が真っ向から対立したことを思えば、辿り着いた末路は結局今と同じだっただろう。

 

 ゴブリンに捕まっていたマヌケな男の子――ランディ。

 

 パンドーラで思わぬ再会を果たした彼が、錆びてはいるもののずいぶんと立派な剣を持っていたことから、同行を命じた。

 

 父の策略で魔女討伐隊を率いることになり出発し、そのまま帰ってこない大切な恋人、ディラックを救いに行くために。

 

 だが、ランディは頑なにガイアのへそへ行くことにこだわり、とうとう二人は喧嘩別れしてしまったのだ。

 

 プリムは、一旦近くの村で装備を整えてから、妖魔の森へと向かっていた。

 

 後ろを振り返っている暇はない、自分はディラックを助けなければならないのだから。

 

 そう思って、気を取り直そうとするが、まとわりついてくるビーを蹴りでいなしながらも思考を占めるのは常におどおどしていた彼のことだ。

 

 そりゃあ、無理矢理付いてくって言ったのは私だけど。

 

 すぐ近くの妖魔の森に行くのにくらい、付き合ってくれたっていいじゃない。一応、助けてもらった恩があるでしょうに。

 

 討伐隊も敵わなかった魔女を相手にするのに、女の子一人で行けって、どういうことよ!

 

 「あああ、もう!!腹立つーー!!」

 

 プリムは八つ当たりに近い勢いでマイコニドにパンチを見舞った。

 

 

 

 

 

数時間後、プリムは妖魔の森の中で、焚いた火の前で膝を抱いていた。今夜はここで野宿である。

 

 小さい頃から、母がいなかったせいか父や家に住み込みで働く者たちに甘やかされて育ったという自覚はある。

 

 素直になれず、意地を張ってしまうのは、悪い癖だ。

 

 「……きちんと本当の気持ちを言って頼めば、一緒に来てくれたかしら」

 

 本当は、少し怖いのだと。

 

 自分一人では、魔女に勝てる自信が、ディラックを助け出す自信がないのだと。

 

 ランディは、再会してからこれまで、自分の意見をあまり言わず、ほとんどプリムの言いなりだった。それにいらいらすることもしばしばあったくらいだ。

 

 それが、ガイアのへそに行くと言ったときは妙にきっぱりしていた。

 

 自分の使命だと言って。

 

 「使命って……なんなのかしら」

 

 剣を扱う手が、まだまだ危なっかしかった。

 

 小さい頃から貴族として嗜みと護身のために武道を習っており、さらにディラックのような騎士たちを間近で見てきた自分にはよくわかる。

 

 彼が剣を手にしたのは最近だろうと。

 

戦闘センスは悪くないので、強くなる素養はあると思うが。

 

「あんないかにも一般人ってやつが……どうして剣なんて振り回してるのかしら」

 

呟くたび、自分はランディのことを何も知らなかったのだと思い知る。

 

いや、知ろうともしていなかった。

 

彼の事情も。彼の背景も。何も。

 

どうしてあんな剣を持ってるのかしら。どこの出身だろう?というか、何歳なのかしら……年下だとは思うけど。

 

「――……私、自分のことばかりだったのね」

 

夜は、人を後ろ向きにする。だが、優しくもする。

 

プリムは、もう一度ランディに会えたら、喧嘩のことを謝ろうと考えながら、浅い眠りに引き込まれていった。

 

 

 

 

 

翌日、プリムは精力的に不気味な森の中を進んでいく。

 

妖魔の森には、そこまで手強い敵はいなかった。

 

プリムはポロンが矢を弓にかけようとしている合間を狙って、攻撃を仕掛けて倒す。

 

もうすぐで、魔女の城のはず。

 

安堵に近い思いが、少しの隙を生み、近付いてきた複数の気配に気づくことが遅れた。

 

ヒュッという音に、プリムは不吉なものを感じ、慌てて後ろに飛んだ。

 

着地をすると同時に、蹴りを繰り出してきた相手を睨みつける。

 

そこには、銀色の毛並みをしたウェアウルフが二匹、立っていた。

 

プリムの背筋にじっとりと冷や汗がにじむ。

 

――やばい。こいつら、さっきまでのモンスターたちとは圧力が違う。

 

ウェアウルフの一匹が、さらに拳を繰り出してきた。プリムは咄嗟に左によけるが、そこにはもう一匹が待ち構えていた。慌てて身体をひねるが、間に合わない。

 

「っ!!」

 

重い拳がプリムの腹を捉えた。咳きこむ暇もなく、次は足払いをかけてこようとする。

 

寸でのところで飛んで回避する。だが、次の行動に移る前に、今度は右のウェアウルフの拳が耳元で風を切る音がし、咄嗟に腕を突き出して防御した。

 

攻撃を防げれば、相手には隙が生まれる。そこを攻撃したいのだが、もう一匹がそうさせてくれない。

 

このままでは、防戦一方だ。じわじわとダメージを与えられ、そのうちに決定的な一撃をくらってしまうだろう。

 

――ランディがいれば、分担して戦えるのに!

 

そう考えてしまってから、プリムはそんな自分に腹を立てた。

 

――なんなの、昨日から!私はディラックを助けに来たのに!

 

 

考えているのはランディのことばかりだ。

 

 

プリムがそう気付いたとき、ウェアウルフの強烈な回し蹴りが飛んできた。

 

よけようとして、先程のパンチのダメージが思ったよりもあったのか、ふらついて後ろに倒れ込んでしまった。

 

ウェアウルフが雄たけびと共に牙のある口を大きく開ける。

 

「――ランディのせいよ!!」

 

叫びながら、次の瞬間に襲ってくるだろう決定打を思い、思わず目をつぶった。

 

ザシュ、と嫌な音がした。

 

プリムはそれをウェアウルフの牙が自分の肌を捉えた音だと思ったのだが、痛みは襲ってこない。

 

「……?」

 

恐る恐る目を開ける。

 

そこには、剣を捧げ持った男が立っていた。

 

一匹のウェアウルフが胸を切り裂かれ、悲鳴をあげて崩れ落ちる。

 

男の剣の切っ先には血が付いている。先程の音は彼がウェアウルフを攻撃したものだったのだろう。

 

「…………ディ……」

 

プリムが名前を呼んだのに応えるかのように、男はこちらを振り返った。

 

「ごめん。ディラックさんじゃない。僕だよ」

 

苦笑しながら言ったのは、栗色の髪にバンダナを巻いた少年だった。

 

「ランディ!?なんで――!?」

 

ランディがそれに答えようとしたとき、その背後で気配が動いた。残ったウェアウルフが爪を振り上げ、ランディに襲いかかろうとしている。

 

「あぶな……!」

 

プリムの叫びが終らないうちに、スコーン!とやけに景気のいい音がしてウェアウルフが倒れた。

 

その音が、どこからか飛んできたブーメランがウェアウルフの頭に当たったものだとわかったときには、もうブーメランは反転して持ち主の元に帰って行く。

 

ぱしっとそれを受け止めたのは、赤い髪に羽根をつけているという奇抜な格好をした子どもだった。

 

「油断大敵だぜー、アンちゃん。仮にも聖剣の勇者が」

 

「ごめん、助かったよ、ポポイ」

 

首をすくめるランディに、赤い髪の子どもが生意気そうに言って近づいてくる。

 

プリムはぽかんとして子どもを見つめる。

 

「ランディ……」

 

「ん?」

 

「誰?このちっちゃい子」

 

プリムのちっちゃい、という言葉に、ポポイの眉がぴくりと動いた。

 

「アンちゃん……」

 

「なに?」

 

「オイラのこと、紹介してやってくれよ。この、けっばいネエちゃんに」

 

「なぁんですって!?」

 

「なんだと!!」

 

初対面早々口論を始めた二人に、ランディは頭を抱える。

 

ポポイはランディの影に避難すると、べーっと舌をプリムに出しながら言った。

 

「ふん!助けにきてやるんじゃなかったなぁ、アンちゃん!」

 

「ポポイ」

 

嗜めるように言ったランディを、プリムは驚いた瞳で見つめる。

 

「助けに……来てくれたの?」

 

ランディはあらぬ方向を見て答えない。

 

代わりにポポイが胸を反らせて言う。

 

「そうだぜ!本当はドワーフの村で一泊休もうって言ったのに、プリムが心配だから妖魔の森に向かうってアンちゃんが言うから!」

 

「いや、結局地底神殿に入るにはエリニースの助けがいるってわかったからってのもあるんだけど……」

 

しどろもどろに言うランディの顔が、少し赤い。それを見ているうちに、プリムの口から、感謝の言葉がするりと出ていた。

 

「ありがとね……」

 

ランディとポポイが、プリムをまじまじと見た。

 

やがて、ランディが微笑んで言う。

 

「いいんだよ。僕たち、仲間なんだから」

 

「オイラ、ポポイ!よろしくな!」

 

ランディとポポイがそれぞれ、手を差し出す。プリムは右手でランディの、左手でポポイの手を取って、立ちあがった。

 

「……ところで、何が僕のせいなの?」

 

ランディが首をかしげて言う。プリムは立ち上がったままの姿勢でぎくりと固まった。

 

「そういえば、あの大ピンチの場面で叫んでたよなぁ。ランディのせいよ!って」

 

「僕、なんかしたかな?」

 

上目遣いに怯えて聞いてくるランディを見て、プリムは頬を赤くして怒鳴った。

 

「――う、自惚れないでよ!」

 

ランディとポポイがぽかんとする。そして、「どういう意味?」と二人で顔を見合わせた。

 

プリムは「知らない!」と言い放って、ずんずん歩き始める。

 

二人がしつこくどういう意味か尋ねながら追いかけてくる。

 

 さっき、誰かが助けてくれたとわかったとき、プリムが真っ先に呼んだのは、ディラックの名前ではなく、ランディだった。 

本人が勘違いしてくれたようなのでよかった、とプリムは、胸を撫で下ろす。

 

  

喧嘩別れしてから、ランディのことばかり考えていたなんて。

 

だから、いまいち戦闘にも集中できなかったなんて。

 

ランディがいれば、と思ってしまったなんて。

 

……きっと、来てくれると信じていた、なんて。

 

ランディは自惚れるに決まっているんだから、絶対言ってやらない。 

 

心の中でそう決めながら歩くプリムの頭の中からは、ランディに謝ろうと思っていたことなど、綺麗に消えていた。

 

 

 

お題

 

 

あれ、すごくランプリになってしまった。

 

2009.2.20

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