2 生憎と普通の女じゃないの
この辺りでは大きめの、活気のある街。
子どもたちはそろそろベッドに入る時間にも関わらず、明るく照らし出されているのは、繁華街と呼ばれる一帯だ。
その一角にある古いバーはかなり混んでいた。仕事帰りの男たちが煙草をふかし、やかましく酒を飲んでいる。ざわめく店内で、カウンターの一つの席だけが、侵し難い空気を醸し出していた。
そこに座っているのは、豊かな金髪を腰までおろした女性だった。長い睫毛に縁どられたアメジストに似た紫の瞳、すっきりと通った鼻筋、桜色に膨らんだ唇が、凛とした横顔を作り出している。
たおやかな指が、カクテルが入ったグラスをなぞる。その所作のひとつひとつに、艶めかしさが宿っている。
バーの男たちはちらちらとそちらを気にしているものの、彼女の自分たちとは格が違う雰囲気に誰一人として話しかけられずにいた。
だが、中には例外もいる。その雰囲気を理解せず、軽薄そうな若者が彼女に近づいて行く。よく言えば勇気ある、悪く言えば無謀な行動だ。
「ねえ、キミ、一人?こんなとこで何してんの?」
若者は女性の隣に腰掛け、馴れ馴れしく肩を抱く。
女性は胡乱そうに若者を見る。
「……別に。お酒を飲んでるだけよ」
「へえ、サミシイねえ。彼氏はどうしたの?」
若者の何気ない一言に、彼女はぴくりと反応する。
「今は、遠いところにいるわ」
「キミみたいな美人な恋人がいるのに?そりゃ、ダメな男だなー」
言いつつ、手が彼女の腰に回る。
「オレもサミシイひとり者なんだ。ねえ、こんな男臭いバーよりさ、普通の女の子が好きそうなオシャレなところ、オレ、知ってんだ。これから――」
若者の言葉半ばで、彼女は彼の手を取った。
若者はそれを承諾と解釈し、自分ではとっておきと思っている笑顔を向ける。
彼女もそれに応えるように大輪の花が咲いたような笑顔を見せた。
次の瞬間、彼女の手が、一気に彼の手首をひねり上げる。
若者は、悲鳴を上げる暇もなく、地面に叩きつけられた。
店中に響いた轟音に、客が皆視線を向ける。
彼女はそれをものともせず、少し多めの代金を置くと、席から立ち上がった。
痛みからか涙目で見上げてくる若者に対して、彼女は鋭い視線を投げかけた。
「生憎と――」
彼女――プリムは、流れるような髪を一つにまとめると、さらりとかきあげて、言った。
「私、普通の女じゃないの。普通の女の子が喜ぶようなところなんて、お断りよ」
「プリム!」
夜の街を一人で帰路につくプリムの元へ、ランディとポポイが駆けてくる。プリムは目を丸くした。
「何してるの、あんたたち。宿屋で待ってなさいって言ったじゃない」
「だってプリム、また騒ぎ起こしただろう!」
「すぐ宿にまで伝わってくるほどの噂になってるぞ」
「あいつベタベタ触って来て嫌だったんだもの!自分の身は自分で守らないとね」
どこか誇らしげに言うプリムに、ランディは頭を抱える。
「ねえ、やっぱり、今度からバーでの情報収集には僕が行くよ。プリムだと目立って仕方ない。噂が大きくなって帝国の耳に届いたら、僕らの動きが向こうに丸わかりになっちゃうよ」
「何言ってるのよ。この間の街で、ここは子どもの来るところじゃないって言われて追い出されたのは誰だったっけ?」
「うっ……それは……」
プリムが小馬鹿にするように言う。ランディは本当のことのため反論できない。
「ところで、ネエちゃん、何か収穫あった?」
「え、ちょっと、僕は納得してな」
「ええ。ずっと客の会話を聞いていたら、気になることを言ってた人がいたのよ。なんでもついこの間、帝国が……」
「無視して話を進めないでよ!」
三人は、喧々諤々言いながら、宿屋へと向かうのだった。
バーは一番情報の集まるところだと思うのですが、ランディは童顔のため入れない。
ポポイは元より問題外。
結果、プリムが一人で行くわけですが、行った街々で伝説を残していきます。
ランディは、本当はプリムが女の子なのであんまり危ない目に合ってほしくないのです。恥ずかしいから言わないけど。
2009.2.18