1 さあ、覚悟はいいかしら
「久しぶりのベッドー!」
ポポイが喜色満面にベッドに飛び込んだ。布団にすりすりと顔を寄せている。
ランディはそれを見て苦笑しながらも、自らも自分のベッドに腰掛けた。
ここのところ、連日野宿が続き、今日やっとこの村に辿り着いた。久しぶりに屋根のあるところで眠れるのがたまらなく嬉しい。
宿は少し古い造りだった。部屋も少なかったため、ランディとポポイが同室になったが、そんな細かいことはかまわなかった。プリムは隣の別室である。
「そして久しぶりにまともなものが食えるぞー!」
ポポイはごろんと仰向けになってそう叫んだ。
夕食は、宿が用意してくれることになっているのだ。
その言葉に、ランディとポポイの間に微妙な沈黙が落ちる。
しばらくして、ランディが恐る恐る言った。
「……ポポイも、あれ、まともな食べ物じゃないって、思ってたんだ?」
「……うん。も、ってことはアンちゃんも、だよな?」
「プリムの」「ネエちゃんの」
「手料理……」
二人の声が重なった。
「私が作る、ってはりきってくれるのはいいんだけど」
「オイラやアンちゃんが作ったほうがマシだよな」
「いくら言っても譲ってくれないんだよねー……」
「これも花嫁修業よ!って言ってな」
「見た目はキレイなんだよね」
「うん、すごくうまそう」
「たぶん、貴族のお嬢様だから一通りのことは習ってると思うんだ。だから、盛り付けとかはすごく上手なんだけど」
「オイラの見たところ、たぶん、なんとなくで材料ぶち込んでるのが悪いんだと思う」
「そうそう。素人の目分量って危険だよね」
「食べられないわけじゃないんだよなー」
「無理すればだけど」
野宿の間中、プリムの手料理に苦しめられながらも、本人を目の前にして何も言えなかった二人は、二人きりになったことで饒舌になっていた。
論議はどんどんヒートアップしていく。
「あれ、プリムはおいしいと思って食べてるのかなあ」
「いや、昨日のスープはさすがにネエちゃんでも残してたな。いつもは意地張って、絶対全部食べるんだけど」
「ああ……あのスープはねえ……僕、あまりの辛さに意識が飛ぶかと思ったよ」
「どうやったらあんなにまずくなるのかねえ」
「ごめんなさいね。まずくて」
不意に入り込んだ第三者の声に、二人は思わず背筋を伸ばし姿勢を正した。
そしてきょろきょろする。
「……今のポポイ?」
「いや。アンちゃん、じゃないよな?」
「じゃあ、幻聴?でも二人揃って……」
「こっちよ。こっち」
再び聞こえた声に、コツコツ、と壁を叩く音。
二人は慌ててそちらを見る。
プリムの部屋があるほうだった。
「この宿、古いからね。ずいぶんと壁が薄いみたい。それにあまりにも二人が楽しそうに話してるから、会話ぜーんぶ、丸聞こえよー」
ランディとポポイの顔から血の気が引いていく。
それに比例するように、プリムの声はどんどん上機嫌になっていくようだが、顔が見えないのが怖い。
「そうそう。さっき、宿のおかみさんに言われたんだけど。今日、村の寄り合いに行かなくちゃいけないから夕食は作れないんですって。台所と食材は好きに使っていい、って許可はもらったから、私が作るわね。異論はないわよね?」
二人は固まったまま、その場から動けない。
地を這うようなプリムの猫なで声が、壁を通じて、二人に届いた。
「さあ、覚悟はいいかしら、二人とも?」
2009.2.17