さいわい

 

 

 私はタスマニカ共和国の宮廷画家だ。

 王の命令で王族や、共和国に貢献した者の絵を描くのが仕事だ。

 画家仲間には、命令で絵を描くなんてという者もいるが、私の性に合っていると思う。

 絵の技術が平凡な私の唯一の特技は、一度見た人の顔を忘れないことだ。

 目の前にモデルがいなくても、絵を使ってその人の姿を再現することができるのだ。

 帝国を巡る戦いから世界が混乱から抜け出し、共和国も落ち着きを取り戻した頃、私は王から呼び出された。

 「聖剣の勇者の絵を……ですか?」

 「ああ、今回の帝国との戦いを後世に残すために必要だと考えた」

 王の命令は世界に平和が訪れた記念に、聖剣の勇者の絵画を残したいといことだった。

 確かに、今回の戦いは共和国建国以来の未曾有の危機であった。今後、歴史家はこの戦いについての経緯をまとめていくことになるだろうし、そのためには勇者がどのような人物だったのか、絵の記録も必要だ。

 私の絵がその役割を担えるということは光栄だ。私ははわかりましたと答え、すぐにアトリエに戻り、キャンバスにスケッチを始める。

 聖剣の勇者たちの姿なら、見たことがあった。

 帝国との戦いが激化していた頃、何日間か彼らが共和国に滞在していたことがあったのだ。

 あのときには、王がスパイに化けていことが発覚して大騒ぎだったなと回想する。

 勇者は平凡な容姿の少年だった。

 記憶を頼りに、少年の姿を描き出す。

 ほどなく、聖剣を捧げ持つ少年の姿が描き終わった。

 「……?」

 なんとなく、違和感を感じた。

 こうではない、これは正しくない、という感覚だ。

 デッサンが狂っているわけではない。

 では、記憶の中の彼をうまく表現できなかったのだろうか。

 私は首を傾げると、キャンバスを持って騎士団の詰め所に向かう。

 共和国の騎士の中でも名声名高いジェマを捕まえると、絵を見せた。

 ジェマはすぐに「おお、これはランディだな」と言った。

 「さすがですね。一度か二度しか見かけたことがないはずなのに、よくここまで描けますね。彼の特徴がよく出ている」

 「そうですか……」

 せっかくジェマからのお墨付きをもらっても、素直に喜ぶことができなかった。

 絵が実在の彼に似ていない、というわけではないのだということが証明された。では、この違和感はなんだろう。

 考え込んでしまった私にジェマが不思議そうな顔を向ける。

 「どうされたのですか」

 「いえ……自分でもうまく描けたと思うのですが、なぜかその絵ではだめだ、という気がするんです」

 私は自分が感じている焦燥をわかってもらいたくて更に言葉を続けようとするが、何も言えずに結局俯いた。

 ジェマが困った顔をしているのがわかる。何と言葉をかけたらいいのかわからないと言った様子だ。

 私は絵を受け取ると、礼を言って部屋を出た。

 

 

 王は期限を設けはしなかったが、あまりにも長い時間をかけるわけにはいかない。

 結局私は最初のデッサンに色を付け、王に献上した。

 王は私の仕事に満足していただけたご様子だったが、私の中にはしこりが残った。

 あの絵では、だめなのだ。

 だが、何がだめなのかわからない。

 ある休みの午後、私はもう一度落ち着いて考えてみようと城の中を歩く。

 彼らを見かけたのはどこだったか――そうだ、店が立ち並ぶ一角でのはずだ。

 休日、商店街は人々でごったがえしていた。私は記憶を呼び起こしながらゆっくりと歩く。

 「ネエちゃん、どこだよ!」

 そうだ、最初に聞こえたのは幼い子どもの声だ。

 「こっちよ、ポポイ!もう、食べ物ばかり見ているからはぐれるのよ」

 「違うよ!アンちゃんとネエちゃんがどんどん先に進んじゃうのが悪いんじゃんか」

 赤い髪の奇妙の格好をした子どもが頬を膨らませ、その手を金髪の美少女がとる。

 「あれ?アンちゃんは?」

 「え、さっきまで一緒にいたのよ。ランディ!ランディ!」

 「ちょっと、二人とも、大声で呼ばないで……うわあ!」

 二人の背後から、少年が現れる。両手には抱えきれないほどの荷物を持ち、人波の中をぬってやってきたが、つまづいたらしい。

 転倒しそうになったところを、少女と子どもが支えた。

 「何してるのよ、ばか!」

 「そうだぞ!オイラの食糧が落ちるところだったじゃないか!」

 「ポポイちょっと、僕の心配は……?」

 「ほらほら、さっさと行くわよ」

 少年の言葉に、少女と子どもがけらけらと笑う。ランディと呼ばれていた少年は、仕方がないなという顔をしつつ、いつの間にか微笑むと二人の後をついていく。

 その光景を見ていた私と、少年の肩がぶつかる。すいません、という小さな声がして、三人は遠ざかっていく。

 そのとき、ふいに周りのざわめきが蘇ってきた。

 私ははっとして現実に引き戻されると、後を向く。

 当然そこに、あの三人の姿はない。だが。

 ――わかった、気がする。

 私は足早にアトリエに戻ると、筆をとった。

 

 

 翌日、私は完成させた絵を持って、ジェマの元に行った。

 ジェマがお茶を出そうとするが、私はそれを遮ると、絵を取りだした。

 「どうしても、あなたに見てもらいたかった」

 そう言って、以前に完成させた勇者の絵とは一回りも小さいキャンバスをジェマに向けた。

 ジェマが息をのんだ。

 そこに描き出されているのは、笑顔の少女と子ども、そしてそれにつられて笑う少年の笑顔だ。

 「やっとわかったんです。何がだめだったのか。――何が足りなかったのか」

 すっきりとした顔で言う私に、ジェマが笑みをこぼした。

 「そう……ですね。前の絵もよかったが、こちらの絵は、よりランディの本質を描き出している……とても、いい絵です」

 私はその言葉にとても嬉しくなり、ジェマに向かって絵を差し出した。

 「もしよかったら、この絵をもらっていただけませんか」

 「私が?」

 「既に王に絵は献上してしまいましたし、今さらこちらを、というわけにもいきません。ジェマ様にもらっていただくのが一番よいかと」

 私の言葉に、ジェマは頷くと、絵を受け取った。

 

 

 今、その絵は城の目立たない場所にひっそりと飾られている。

 小さく、目立たない絵だが、少しでも目に入ると人々は立ち止まるのだと、ジェマが言っていた。

 そして、言うのだそうだ。

 とても幸せそうな絵ですね、と。

 

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2010.7.10

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