ファーストインプレッション 

 

 


 「……なんか、おかしいわね」

 ここ数日から、森の様子がおかしくなった。以前からモンスターの出現はあったが、数が増えている。

 ざわざわと肌を射すような気配に、身震いをする。

 引き返したほうがいいかしら。

 立ち止まって思案する。

 恋人、ディラックが魔女討伐隊として魔女の城に出発した――……。

 その知らせを聞いて思わず国から飛び出してきてしまったため、装備も何もあったものではなかった。腕に覚えはあるが、もしもディラックの後を追いかけて妖魔の森に行くのなら、とても十分な準備ができているとは言えない。

 踵を返してパンドーラに向かおうとしたプリムは、もう一度振り返った。

 「……悲鳴?」

 気のせいかと思ったが、話し声ともみ合うような音が聞こえる。

 近くの木に背中をつけ、そっと声がしたほうを窺う。

 複数のゴブリンが、気絶した人間を運んでいる。髪の色や体つきはよく見えないが、男性のようだ。

 まさか。
 
 プリムの胸の鼓動が一気に跳ねた。

 プリムが知っているディラックは、ゴブリンにやられるような実力ではない。だが、これだけ多くの数のゴブリンに囲まれればわからない。

 今飛び出していっても、あの数を自分一人で相手するのはきつい。機会をうかがうほうがいい。

 プリムはゴブリンたちに気付かれないように、そっとその跡をつけた。

 

 

 ゴブリンたちは住処にしている村に戻ってくると、祭りの準備を始めたようだった。

 大きな鍋のような、壺のようなものに運んできた人間をいれ、水をいれて、火をつけてゆで始める。

 その様子を見ながら、プリムは大きくため息をついた。

 ――ディラックじゃないわ。

 運ばれてきた男の髪の色は栗色で、ディラックの金髪とは似ても似つかない。

 どうしてディラックだと思ったのかしら。

 プリムは徒労感にさいなまれながらも、ここまで来て見て見ぬふりをするわけにもいかないと腰をあげた。

 ちょうど見張りのゴブリンたちは始まった踊りの輪の中に入っていき、鍋の周りには誰もいなくなった。

 「ちょっと!」

 声をかけると、状況がわからず目を白黒させていた鍋の中の男がこちらを見た。

 頭にバンダナを巻いた、まだまだ幼く見える少年だった。

 「ばっかねえ。何やってるの?」

 プリムが、彼がディラックではなかった腹いせに八つ当たり気味に言うと、少年は泣き出しそうな顔になった。

 「助けてくれよう」

 よわよわしい声に思わず吹き出しそうになる。

 じっとしてて、と言うと少年に手を貸して壺の中から引き揚げる。

 ゴブリンに見つからないうちに、とすぐに彼の手をひいて駈け出した。

 

 

 「ありがとう」

 危機を脱してみると、ゴブリンに食べられかけた自分が恥ずかしくなったのか、少年は顔を赤らめて目を伏せながら頭を下げた。

 「いいわよ。最近森の様子がおかしいの。君も国に戻ったほうがいいよ」

 そう言うと、少年の瞳が揺らいだ。

 プリムは少し気になったものの、すぐにディラックのことへ意識が戻った。彼の跡を追いかけるのであれば、すぐにでも国に戻って支度をしなければならない。

 じゃあね、というと背を翻して走り出す。引き止める声が聞こえた気がしたが、かまっていられなかった。

 


 「……で、その後パンドーラでお見合いをさせられているときに再会して」

 プリムはそこで言葉を止めた。ポポイは腹をかかえてひーひーと声にならない声をあげ、ランディはずっと無言だ。誰もプリムの言葉を既に聞いていない。

 やっと笑いがおさまったポポイは浮かんだ涙を拭った。

 「ゴブリンに食べられそうになるなんて……すごい、アンちゃん、さすがだよー」

 「………」

 ポポイが「そういえば二人ってどこで知り合ったの?」と言ったため、プリムが初対面のときのエピソードを語り始めたのだ。頑なにその話をするのを拒んだランディは先程から黙ったままだ。

 ポポイは「ああ、おかしかった」とようやく人心地ついたのか、椅子に身体を沈める。

 「じゃあネエちゃんのアンちゃんへの第一印象って、『ゴブリンに食べられそうになってた人』なのか」

 「そうね。一言で言うと『マヌケ男』ね」

 ポポイが再び声を上げて笑い始めた。ランディはひたすらにテーブルの上の夕食を片づけているが、その耳が赤い。

 「じゃあ、アンちゃんは?ネエちゃんへの第一印象ってどうだった?」

 ポポイが言うと、ランディがようやく口を開いた。

 「……気が強そうな子だなあって感じかな。あとはずいぶん忙しない子だなって思った。慌てて走って行っちゃったから」

 ランディの声と、ふんふんと頷くポポイの声を聴きながら、プリムはふと思い出す。

 そういえば、どうしてランディのこと、ディラックだと思ったのかしら。

 ランディも出会ったときより身長が伸びたが、それでもディラックのほうが高い。体つきも少しランディのほうが華奢だ。髪の色も、瞳の色も、肌の色も違う。

 少し考えこんだが、まあ慌ててたからよね、と結論づけて、プリムはポポイと共にランディをからかうことに意識を移した。

 

リクエスト

2010.12.23
 

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