ゆうだち

 

 

 「海ーーーー!!」

 プリムが歓声をあげた。手に持っていた荷物を放り投げ、砂浜を駆けていく。

 「プ、プリムちょっと!」

 慌てて散らばった荷物を拾うランディなどお構いなしに、プリムはきゃっきゃっと楽しそうに靴を脱いで海に入っていってしまった。

 「気持ちいい!ランディも来なさいよ」

 プリムは子どものように足を海水につけ、無邪気な笑顔をランディに向ける。

 「ランディも海は初めてでしょ?」

 「うん、フラミーの上からは見たことはあるけど来たことは……って、プリムも?」

 「ええ。そうよねー、前の戦いのときには海で遊ぶ余裕なんてなかったわよね」

 ランディは二人分の荷物の重さに辟易しながらも、ここ最近見ていなかった無理のないプリムの笑顔にほっとする。

 二人は今、気軽に笑うこともできない状況にいた。

 

 

 マナを巡る戦いは、聖剣の勇者たちによって死を司る魔術師と神獣が倒されたことによって幕を閉じた。

 妖精は消えたが、世界には平和が訪れた。聖剣を眠りにつかせた勇者と、故郷に帰った令嬢も穏やかな生活に戻るはずだった。

 だが、それを許さない者たちがいた。

 世界各地には数は少ないながら、マナを用いて魔法を使っていた者たちがいたのだ。

 彼らは、神獣が消滅したことが原因でマナが供給されなくなり魔法が使えなくなったと憤慨し、神獣を倒した聖剣の勇者たちは大罪人であると糾弾したのだ。

 最初は、魔法について認知度が低かったので、世間の人々は魔法が使えなくなったと言われても誰も興味を示さなかった。

 だが、人間、もう二度と使えないと言われれば惜しくなるものだ。

 魔法の便利さが訴えられ、体力や傷を回復したり炎を生みだしたりするというその力に、人々は徐々に魅了された。それに伴いランディとプリムを責める声が大きくなった。

 二人の味方である人々が神獣を倒さなければ世界が滅んでいたのだといくら説明しても、一度盛り上がってしまった世論に歯止めはきかない。

 二人は裁判にかけられることになり、会うこともままならなくなった。見かねたジェマやクリス、ルカの手引きで裁判の前夜、二人は再会し逃げだした。

 そして現在、今後の宛てもなく逃亡生活中なのである。

 

 

 ぽつり、とランディの頬に雫がかかる。

 あれ、と呟いているうちに、晴れているはずの空からいくつもの雫が降ってきた。

 「夕立ね」

 プリムが視線をあげる。手の平を上に向けて雨の粒を掬うように掲げる。

 「どうしようか、どこか雨の凌げる場所に」

 ランディは慌ててぐるりと周囲を見るが、開けた風景の渚にそんな場所はあるはずもなかった。

 「大丈夫よ。すぐやむわ」

 プリムは微笑み、雨を浴びるように目を閉じる。

 金色の髪が雫に濡れ、それが光を反射してきらめく。

 ランディは息をのみ、思わず足を踏み出してプリムの腕を掴んでいた。

 「……ランディ?」

 プリムがいぶかしげな表情を返す。

 ランディは自分でもどうしてそんな行動をとってしまったのかわからず、困惑した顔で「ごめん」ともらした。

 「なんか……プリムが」

 消えてしまいそうな気がして。

 呟いた声は聞き取りにくいほど小さなものだったが、プリムの耳には届いてしまったらしい。

 プリムは顔を歪める。

 とりあえず勢いだけで逃げてきてしまったが、これからどうするのか、どうなるのか何もわからない。二人とも不安だった。

 ランディは自分がお互いの不安を煽るようなことを言ってしまったことに気付いて俯いた。

 何か明るくなるような話題を見つけようと逡巡したが、何も思いつかず、ランディはプリムの細い手首を掴む手にきゅっと力を込めた。

 「ごめん……抱きしめていい?」

 ランディの言葉にプリムは驚いた顔をしたが、おそるおそる頷いた。

 ランディはそっと手首から手を話し、左腕で彼女の腰を引き寄せた。

 濡れた肩を自分の胸に寄せる。

 「ごめん、不安なのは君も同じなのに。でも少しでも離れていると怖いんだ」

 裁判にかけられることも、罪人と糾弾されることもたいして怖くはなかった。

 なぜなら、ポポイが命を賭けてした選択を、二人とも信じているからだ。

 世界を救うためには、あのとき神獣を倒すしかなかった。一度は迷ったランディも、結局あの場面に戻れてもまた神獣を倒すだろうという結論に辿りついた。 

 そして、それをわかってくれる人たちもいる。

 怖いのは、罪に問われることで二人が引き離されることだ。

 ランディはきつく両腕に力を込めた。

 プリムもランディの背中に腕を回し、彼の服を握りしめた。

 「どうしたら……一緒にいられるのかしら。どこにいけば」

 プリムの言葉に、ランディは応える術を持たない。

 振りそそぐ雨の中、それを避けることもできない二人は、ただ強く抱きしめ合った。 

 

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2010.9.30

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