慟哭

 

 

 

 

 

 神獣は失われたマナを回復することのできる唯一の生物。

 

 でもマナがあまりに急速に失われると、その反動で狂ったように暴れ始めてしまうのです。

 

 要塞と神獣がぶつかれば、世界は最後の時を迎えてしまいます。

 

回避する方法はただひとつ。聖剣……マナの剣によって神獣を倒してしまうしかありません。

 

 

 

突然、たくさんの情報が入ってきて、ランディは頭がついていかなかった。

 

 

 

そしてその剣はマナの種族と呼ばれる、精霊の血をひく一族によって受け継がれているのです。

 

そう、共和国の騎士であったあなたの父セリンが抜くべきはずだったのですが……

 

15年前の戦争で、魔界の力を得た皇帝と刺し違え、蘇った皇帝を倒すために……

 

最後の力を振り絞って聖剣を抜きにあのポトス村の森まで来たところで力尽きたようです……

 

 

 

あの幽霊が父さんだったなんて。

 

それだけで十分衝撃だったが、さらに驚く真実がランディを待ち受けていた。

 

 

 

あなたの父セリンは共和国の騎士でした。そして私はその妻……あなたの母だったのです……

 

 

 

この旅の中で会えたら、と思ってはいた。もしかしたら、と思ってはいた。

 

でも、本当に会えるとは思っていなかった。

 

 

 

私たちはマナの種族……

 

マナの種族の女は子孫を残すと、こうしてマナの木となり世界を見守り続ける運命……

 

マナの種族の男は、あなたの父とようにマナの剣をとり、平和と秩序を守らねばなりません。

 

私の最後の力を使って、封印を解かれてしまったすべてのマナの種子と聖剣を共鳴させてあげましょう……

 

 

 

最後の力、という言葉にようやくランディがはっとしたときには、もう、すべてが手遅れだった。

 

 

 

 

 

 聖剣が、淡い光を発し始めた。

 

 ランディは、慌ててマナの樹に、母に、そんなことをして大丈夫なのか、と叫ぶように言った。

 

 答えは返ってこない。剣の発する光が大きくなる。

 

 「い、いやだ……」

 

 ランディが激しく首を振る。

 

 「いやだよ、こんなの!やっと……やっと会えたのに!」

 

 ランディは咄嗟に両手を伸ばして、光を隠すように剣を抱え込んだ。刀身がむき出しだったが、そんなことにはかまっていられなかった。

 

 「やめてくれ!お願いだ!こんなの、こんなのいやだぁ!」

 

 「……ランディ……ごめんね……

 

母さん、お前には母親らしいこと、何ひとつしてやれなかった……」

 

 耳元で、囁くような母の声がした。

 

ランディは叫んだ。

 

「そんなの、そんなの……生きていればこれからいくらだってできるじゃないか!僕だって、息子らしいことなんて何もしてない!こんな終わりはいやだよ!母さん!母さぁん!」

 

 聖剣なんてどうでもいい。

 

 神獣なんて、要塞なんて――世界なんて、どうでもいい!

 

「やめてくれえ!母さん!」

 

光が爆発した。

 

 

 

 

 

 徐々に光が収束していく。辺りのものの輪郭が戻ってくる。

 

カラン、と音を立てて、聖剣が地面に転がった。

 

「――かあ……さん。母さん」

 

ランディのか細い声に、応える者はいなかった。

 

崩れ落ちるように、ランディがその場に膝をついた。

 

マナの樹を見つめたまま、ぴくりとも動かなくなる。

 

プリムとポポイは、何も声をかけることができず、ランディの背中を見つめて立ち尽くした。

 

荒野に吹く風が、マナの樹の葉を揺らした。

 

 

 

 やがて、プリムは水滴が落ちる音がすることに気がついた。

 

 ランディの手や腕から、血が流れ落ちている。無我夢中で聖剣をかき抱いたため、傷ついてしまったのだろう。

 

 プリムはそっと近寄ると、ランディの肩に手を置いた。

 

「ランディ。とりあえず、傷の手当を……」

 

「プリム。……ポポイ」

 

思ったよりもしっかりした声が返って来て、プリムは驚いた。思わずその横顔を見ると、涙の跡が頬に残っている以外は、普段と変わりなく見えた。

 

「僕は大丈夫。ただ少し……少し、一人にしておいてくれるかな」

 

でも、と言ったプリムに、ランディがさらにきっぱりと言った。

 

「お願いだ」

 

プリムは思わず口を噤む。弱った顔をしてポポイを窺う。

 

ポポイは難しい顔をしていたが、プリムと目が合うと溜息をついた。

 

「……わかったよ。向こうにいるから」

 

そう言ってポポイが踵を返す。

 

しばらく一人にしておいたほうが良いのだろう、と仕方なくプリムもその後を追った。

 

 ランディは返事も返さず、じっと座りこんだままだった。

 

 要塞の砲撃で、マナの樹を中心として円形上に森は姿を消してしまった。

 

 プリムとポポイはその円形が途切れ、再び森が始まるところまで歩いてきた。

 

 二人はそこで立ち止まった。

 

 少し、と言われてもいつまでかわからない。手持ち無沙汰だ。再び吹いた風が、ざわざわと木々を揺らした。

 

 「……寒いわね」

 

 プリムは言って、風の太鼓を取り出した。フラミーを呼んで、その羽毛の中に包まっていれば温かいだろうと思ったのである。どうせランディが戻ってきたら出発するのだし、今呼んでもいいだろう、と考え太鼓を鳴らす。

 

 鳴き声がして、すぐにフラミーがやってくる。翼をひとつ打ち鳴らすと、ふわりと着地した。

 

 フラミーがプリムとポポイに顔を向けた。大きくあどけない緑の瞳が二人を捉えたが、すぐにそれは不思議そうな色に変わる。

 

 フラミーが一声鳴いた。ポポイがそれに反応し、言葉を返す。妖精である所以なのか、ポポイは他の二人よりもフラミーの意思を汲み取るのがうまい。

 

 「アンちゃんは、ちょっと向こうにいる。少し時間がかかるから、待ってくれるか?」

 

どうやらフラミーはランディがいないことを疑問に思ったようだった。

 

納得したのか、フラミーはひとつうなずくと翼をたたんでその場に落ち着いた。

 

プリムとポポイはフラミーによりかかって休む。ドラゴンたちを倒してきた疲労が、今になって襲いかかってきていた。

 

だが、いくらも経たないうちにフラミーがぴくりと顔を上げた。それに伴い身体も動く。プリムとポポイはフラミーの落ち着かない様子に、首を傾げた。

 

「どうしたの、フラミー」

 

プリムの問いかけにフラミーは何かを必死に訴えかけようと、キューキューと泣き始めた。

 

プリムは意味が分からずますます困惑していくのに対し、ポポイはすぐに真剣な顔になった。

 

「フラミー、なんて言ってるの?」

 

プリムが尋ねると、ポポイは一瞬黙ったが、ぽつりと言った。

 

「……アンちゃんが、泣いてるって」

 

プリムははっとした。白竜のフラミーは、人間や妖精よりも格段に耳がいい。この距離では聞こえないものも、フラミーには聞こえるのだろう。

 

「ランディが泣いてるのに、どうして二人はここにいるの、って言ってる」

 

ポポイが複雑な表情をして言った。プリムは困った顔をして、フラミーに言った。

 

「フラミー、あのね。それは、ランディが一人にしてくれって言ったから……」

 

プリムの言葉半ばで、フラミーが激しく首を振って、鳴き続ける。

 

お手上げだわ、というようにプリムがポポイを見ると、ポポイは地面をじっと地面を見ながら考え込んでいたが、やがて顔をあげた。

 

「アンちゃんは、オイラが村をなくしたとき、一緒に泣いてくれた」

 

その静かだが力強い声が、プリムの心を捉えた。

 

「ネエちゃん。帝国の古代遺跡のとき……アンちゃんは、自分には関係ないのに、ネエちゃんのために本気で怒ったよな」

 

プリムはうなずく。

 

フラミーも同意するように、何度も鳴き声を上げる。

 

「そうだな。フラミーの母ちゃんが死んじまったときも、励ましてくれたよな」

 

ポポイは興奮するように声を大きくして言った。

 

「フラミーの言う通りだ。オイラたちが辛いとき、悲しいとき、アンちゃんは必ず傍にいてくれた。今、アンちゃんを一人にしちゃだめだ。例え、それがアンちゃんの望みでも、絶対、だめだ」

 

プリムの瞳にも、強い光が戻ってくる。

 

「……そうね。素直にランディの言うこときいてやる必要なんてどこにもないわよね」

 

プリムとポポイは、ひとつ、しっかりとうなずいた。

 

そのまま一目散に駆け出す。

 

その後を、嬉しそうにフラミーが低空飛行で追った。

 

二人は自分の走れる最高の速度で駆けて行く。

 

やがて、マナの樹の根本にランディの背中が見えた。

 

「ランディ!」

 

「アンちゃん!」

 

二人の声と足音、フラミーの鳴き声にランディが涙の流れる顔で振り返った。

 

二人は体当たりするようにランディに飛びついた。

 

「ええ、な、何!?モンスターでも出たの!?」

 

ランディは慌てて尋ねるが、二人はランディの首に手を回したまま動かない。顔も見えないため、何を考えているのかも読み取れない。

 

ランディは困惑しながらも言った。

 

「ねえ、二人とも、どうしたのさ。僕は大丈夫だから、しばらく一人に……」

 

「大丈夫だなんて言うな」

 

ポポイの涙声が聞こえて、ランディは驚いて言葉を止めた。

 

「一人にしてくれなんて、言うなよ。アンちゃん」

 

「そうよ。あんた、一人じゃないのよ」

 

プリムの声まで鼻が詰まっているようで、ランディも動けなくなった。

 

「一人で泣いたりするな。アンちゃん」

 

「私たち、ずっと三人で頑張ってきたんじゃない。だから、泣くときだって三人一緒よ。あんたに拒否する権利なんてないんだから」

 

ポポイの優しく命令する声と、プリムの高慢な中にも思いやりのある声。

 

フラミーが同調するように鳴いた。

 

「プリム……ポポイ……」

 

ランディは、片腕のひとつずつをプリムとポポイの背中に回した。フラミーをじっと見ていたその瞳から次第に涙が溢れてくる。

 

二人の背中に回った手に力がこもる。

 

ランディの叫ぶような嗚咽が、響き渡った。

 

 

 

 

 

「アンちゃん、しっかりしろよ」

 

「……うん」

 

「お母さんの言葉、無駄にする気じゃないでしょう?」

 

「うん」

 

「聖剣の勇者だろ。おまけにマナの種族なんだろ」

 

「うん」

 

「お父さんと、お母さんの遺志を継いで……倒すんでしょ。タナトスも、神獣も」

 

「うん……うん、ごめん。ありがとう、二人とも」

 

ひとかたまりになっている三人を、フラミーだけが、優しく見つめていた。

 

 

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2009.3.3

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