ひとみを閉じて

 

 

 

 

  

 最初にプリムの目に入ったのは、静謐な冬の空で瞬く星のような煌めきだった。

 

 それが、積もった雪が日の光に反射して生みだされているものだと気付くと、徐々に意識が浮上する。

 

 プリムは何度か長い睫毛を震わせ、やがて完全に目を開くと、むくりと起き上がった。

 

 まだはっきりしない頭を二三度振り、周りを見渡す。そこには一面の雪原が広がっていた。

 

 ここはどこだろう。というか、自分はなぜこんなところにいるのだったか。

 

 ――私は、確か、家を飛び出して。ディラックを助けるために。

 

 そうだ。

 

 要塞。タナトス。ダークリッチ。……ディラック。

 

 彼の名前を思い浮かべた途端、プリムは叫び出しそうになったが、なんとか堪える。

 

 ああ、彼はいなくなってしまったのだ。

 

 プリムはうつむきそうになる顔を無理矢理あげた。

 

 ――そうだ、ランディ。ランディは……。

 

 仲間を探して視線をあちこちにさまよわせる。おそらくは標高の高い山の中の、開けた場所なのだろう。やがて、随分遠くに黒っぽいものが見えた。

 

胸がざわりとし、走り出す。

 

徐々に近づき、それが人であるとわかると、プリムは「ランディ!」と叫んでいた。

 

確信は正しく、かけよったそこには見慣れた栗色の髪の少年が倒れていた。

 

彼の体の周りの雪が、ところどころ血で染まっていて、プリムは息を呑んだ。

 

全身がボロボロで、至るところに傷があった。特に聖剣をしっかりと握った左の腕は、深い傷がむき出しになっている。

 

ランディのまぶたはぴったりと閉ざされ、目覚める気配がない。

 

プリムは慌てて「ヒールウォーター!」と呪文を唱えると、ランディの体に手をかざす。

 

だが、何も起こらなかった。

 

プリムは遅ればせながら、魔法を使うようになってから身にまとうように感じることのできた、大気中のマナの流れがつかめなくなっているのに気付く。

 

プリムは狼狽し、目を閉じ集中してマナの流れを感じようとした。

 

だが、手が空をさまように何も感じられない。

 

奈落に落とされたような心細さが一気にプリムを襲った。

 

「マナが……消えた?」

 

プリムは立ち上がると、泣きそうな表情でいくつも魔法を唱えた。

 

「ヒールウォーター!ファイアカクテル!セイントビーム!マナ……!」

 

だが、やはり何も起こらず、プリムはランディの傍らにへたりこんだ。

 

「マナが消えた、なら……」

 

 

死ぬわけじゃないよ。

 

会えなくなるだけ。

 

 

涙を目の端に溜めながら、それでも満面の笑みで笑ってみせた妖精の子ども。

 

「ポポイ…」

 

魔法が使えないということは、マナが消えてしまったということ。

 

マナが消えてしまったということは、妖精の子どもがいなくなってしまったということだ。

 

そこまで思い至り、プリムの胸に言いようのない焦燥感が湧きあがった。たまらず、ランディの肩に手をかけて揺さぶる。

 

「ランディ!ランディ、起きてよ!あんたまでいなくなっちゃったら私…!」

 

プリムはランディにすがりつき、顔をうずめて叫ぶ。

 

ふと、後頭部にぬくもりを感じ、はっと顔をあげると、ランディがやわらかく微笑んでいた。

 

彼の手が移動し、プリムの頬を包む。

 

「……大丈夫。生きてるよ」

 

「ほ、本当に?」

 

「うん。ちょっと、起き上がれそうにはないけど」

 

プリムは胸を撫で下ろした。だが、安心すると、次にはひどく焦った姿を見せてしまった羞恥心から顔が赤くなった。ごまかすために両の拳で彼を叩く。

 

「もう!だったらなんですぐ目開けないのよ!」

 

「うわ、ちょっと!僕怪我人だよ!い、痛い、プリム、いてててて!」

 

 「それだけ口がきけるなら大丈夫でしょ!心配かけさせて!」

 

 プリムはひとしきりランディをぽかぽか殴ると、気が済んだところで息をついた。

 

 「……ランディ。ごめんね。魔法が使えないから、怪我、治せないの」

 

 「……そっか」

 

 「魔法が、使えないの」

 

 プリムの泣きそうな声に、ランディは目を空へ泳がせた。

 

 「そっか……ポポイ、もう行ってしまったんだね。まだ、さよならも言ってないよ……」

 

 ランディの呟きに、プリムはうつむいた。

 

 いつも一緒にいた、太陽のような妖精の子どもはもういない。

 

 プリムがずっと追いかけてきたディラックも。

 

 ランディがずっと焦がれてきた母――マナの樹も。

 

 大きな喪失感が、二人の胸を締め付ける。

 

 「あ、雪?」

 

 「え?」

 

 ランディの声に、プリムは顔をあげる。確かに晴れ渡った空から、いくつもの白い輝きが降りてきていた。

 

 だが、ランディの手の平に落ちたそれらは、融ける様子を見せない。大きさも、雪というには不揃いで、粒が大きかった。

 

「違うわ……これ、神獣のかけらよ」

 

 プリムの声に応えるように、かけらはきらりと日の光を反射して光った。

 

 「――……終ったんだね、何もかも」

 

 「うん……」

 

 ランディの呟きに、プリムが答えた。

 

 二人の間に沈黙が落ちる。

 

 「ねえ、プリム」

 

 「なあに?」

 

 「気が抜けちゃった。少し、眠ってもいいかな」

 

 「うん。私も眠いわ。疲れちゃった」

 

 ここから帰る方法を考えるのは、休んだあとでいいわ。

 

 プリムはそう言って、ランディの隣に同じように横たわると、彼の手をつかんだ。

 

 ランディがいぶかしげな様子でプリムを見ると、プリムはいたずらっぽく笑い、二人の指を絡める。

 

 「プ、プリム!?」

 

 「ちょっとだけ。いいでしょ、このくらい」

 

 「いや、僕はいいけど、むしろうれし……ああいや、でも」

 

 「うるさい!ほら、寝るんでしょ!」

 

 プリムは一喝すると、目を閉じた。

 

 「おやすみ、ランディ」

 

 「……おやすみ、プリム」

 

 ランディは頬が赤くなっていることを自覚しながら、自分もまぶたをおろした。

 

 

 眠る二人の上に、神獣のかけらが降り注いでいた。

 

 

 

text

 

 

神獣戦では、ランディの聖剣でしかダメージを与えられないので、ランディは一人で前に出て戦っていたと思うのです。

なので怪我多し。私はランディに夢を見すぎてる。

そしてツンデレプリムさん。

このあと、捜索隊を組織したジェマが迎えにきてくれます。

 

2009.2.7

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