ろうそくが照らす

   

   

   

「あ、すみません。私ケーキと紅茶、追加で」
 店員を呼びとめたプリムが、メニュー表の隅に書かれた文字を指さしながら告げる。
 メモをとった店員が去った後は怪訝な顔をしたランディとポポイが残された。
「プリム、食後のデザート? 珍しいね」
「いつも夜に食べたら太る! って言って夕食の後は甘いもの食べないじゃん」
 ランディとポポイが口ぐちに疑問をぶつける。ランディは食事とセットで出されたコーヒーを飲んでいるところだが、ポポイは依然食事中で、口の周りを汚しながらピラフを食べている。
 プリムは手近にあったナプキンを手に取ると、ポポイの口元をぬぐう。
「もう、チビちゃんったら行儀悪い……たまにはね」
 プリムは年頃の女の子らしく甘いものには目がないが、食べるとすると昼食の後が多い。そこも年頃の女の子らしく太ることを気にしているらしい。
 ただ、彼女は普通の女の子と違って戦闘でかなりエネルギーを消費しているし、もともとスレンダーな体型をしているのでそれほど気にする必要はないのではないかとランディやポポイは思っているのだが、プリムいわく「油断しているとすぐに太る」のだそうだ。
 ただでさえ旅の回復アイテムは甘いものばかりなので気にしすぎるくらいでちょうどよいのだと言う。
 それでもたまに誘惑に負けるときは口にしていたが、よっぽどおいしそうな甘いものがあるときだけだった。前回は確か、ゴールドタウンの高い林檎を使った名物ゴールデンアップルパイだった。懐が痛むほどの値段だったのでランディもよく覚えている。けれど絶品だったようで、これなら太ってもいいわ、と言っていた。
 そんな彼女が夜にケーキというのは驚きであった。
 店員が持ってきたケーキは生クリームにイチゴが乗ったオーソドックスなものだった。作ってから時間が経っているのか表面が乾いている。あまりおいしそうには見えず、プリムが太ってもいいと思うほどの代物とはとても思えない。
 プリムはフォークを取るとそれを無表情で食べ始める。一口口にいれて顔をしかめるところを見ると、お嬢様のプリムの舌に敵う味では到底なかったようだ。
 ランディはますます疑問の表情を浮かべる。
 プリムが甘いものを食べることを自分に許すときはよっぽどのときだ。なぜ今夜突然なのかとランディは思考を巡らす。
 ケーキをどうしても食べなければいけない、その理由とはなんだろう。やがてランディが「あ」と声をもらすと同時にポポイがああっと大声をあげた。
「ネエちゃん、もしかして誕生日?」
 途端にプリムがむせた。
 どうやら図星らしいと確信すると、二人は意気込んだ。
「なんで言ってくれなかったんだよ、プリム!」
「そうだよネエちゃん! 知ってたらそれを口実にもっとご馳走たくさん食べられたのに!」
 ポポイ、本音漏れてるわよ、と言いながらふたりを落ち着かせるようにプリムは手をはらった。
「今日私誕生日なの、なんてちょっと恥ずかしいじゃない。でも自分へのご褒美にケーキくらい食べてもいいかなって思ったんだけど。気を遣わないでいいのよ」
「気を遣うとかじゃないよ!」
 ランディが勢いこんで言った。普段の彼らしからぬ大きな声に、プリムもそしてポポイも目を丸くする。
「プリムは僕にとって初めての大事な仲間なんだ。だ、大事な仲間の誕生日だから、お祝いしたいって思うんだ。気を遣ってるわけじゃない、僕が祝いたいんだ」
 ランディは声を張り上げて言ったが、途中で恥ずかしくなったらしい。顔を赤くして最後のほうは知りつぼみになっていく。
 その様子を見ていてプリムまでが頬を赤く染めたが、やがて朗らかに微笑んだ。
「ありがとう、ランディ。その気持ちだけで嬉しいわよ」
「……誕生日おめでとう、プリム」
「ありがとう」
 ぽそりと言われた言葉に、プリムは笑みを深めた。ランディが続けてはっと顔をあげる。
「ポポイは? ポポイは誕生日終わったの?」
「オイラ? オイラは妖精だから誕生日とかないなあ。アンちゃんは?」
 今度はランディがきょとんとする。今気が付いた、というように茫然と呟く。
「あ……僕も誕生日わからない」
「ええ?」
 村長から自分の出自に聞かされたのは最近のことだ。それまでは村長や周りへの遠慮があり、何も聞けなかったため、誕生日というものも意識していなかった。村長は慈しみを持って自分を育ててくれたが、そういったことには疎いところがあった。
「年齢だけは聞かされていたけど……村長も知らないと思う。今までは新しい年になったら年齢に一を足していただけだったよ」
 ランディの言葉にプリムが顔をしかめる。
「……二人とも誕生日がわからないのに、私だけ祝われるのもなんだか嫌だわ。もう面倒だから、三人共今日ってことにして祝い合いましょう」
「おおー」
 彼女が高らかに宣言すると、ランディとポポイが名案だというように歓声をあげた。
「じゃあせっかくだしホールケーキ注文しようぜ!」
「蝋燭さして火をつけてもらってみんなで消しましょう! で、みんなで歌うわよ」
「う、歌? 歌うの?」
 三人はがやがやと騒ぎながら店員を呼び、ケーキをひとつ丸ごと持ってきてもらえるか尋ねる。
 僕たち今日誕生日なんです、という三人の言葉に、似ていないけれど三つ子かしらと首を傾げながら宿屋の女主人がケーキを持ってきてくれる。明日の仕込みの途中だったらしく、ちょうど焼きあがったところだったという。
 何事だと周りの客も集まり始める。
「おお、あんたたち今日誕生日なのか?」
「そうなんだ! 大魔法使いポポイ様とその子分の生誕祭!盛大に祝わせてやってもいいんだぜー!」
 ポポイが大声で笑うのをランディが必死で止める。人が次々に集まっておめでとう、と囃し立てる。階下の騒ぎに部屋に戻った宿屋の客たちもやってくる。
 その間にケーキにさした蝋燭に日が灯され、誰かが気を利かせてくれたのか、食堂のランプから火を消えた。
「じゃあ消すわよー!」
 先ほどまで少し恥ずかしそうに誕生日のことを言っていたプリムも開き直ったのか酔ったようにはしゃいでいる。
 ランディは初めての体験に胸の鼓動の音がうるさいほど鳴っていた。
 蝋燭の火に照らされた、プリムとポポイの笑顔が見える。
 ランディはすうっと息を吸い込んだ。
 落ちた暗闇の中、周りの人々の拍手と歓声が響く。
「……来年も、同じ日にお祝いできるといいねえ」
 なぜか切なげに聞こえたポポイのほうを見たが、灯りが再び灯ると、いつもと変わらぬポポイの笑みがそこにあるだけだった。

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20周年のお祝いに書いたもの。

 

2013.9.13

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